2025.04.17
なぜ人事制度は形骸化するのか?機能させる3段階と陥りやすい落とし穴
ジョブ型を取り入れる前に考えておきたいこと
齋五澤 孝之

等級制度、評価制度、報酬制度は、従業員の処遇を決定する上で不可欠な施策であり、一般には基幹人事制度(以下「人事制度」)として位置付けられている。
多くの企業が時流に応じて人事制度を打ち立てる一方、新たな人事制度が形骸化してしまうケースが散見される。この背景として、人事制度の活用は「設計」「導入」「運用」という3つの段階に大別されるが、多くの企業が「設計」段階に注力するあまり、導入や運用の準備が十分に行われていないことが挙げられる。各段階の課題を正確に把握し、施策を丁寧に構築することが不可欠であり、これにより人事制度は本来期待される効果を発揮する。
この重要性は、2024年に内閣官房から発表された「ジョブ型人事指針」[1] にも示されている。ジョブ型人事の導入は企業のさらなる発展に必要不可欠だが、日本企業は各社の経営戦略や歴史の多様性を踏まえ、自社に適した導入方法を慎重に検討する必要があると強調される。こうした背景から、企業が多様な人材を経営戦略に沿って効果的に活用するためには、人事制度が経営戦略と連動し、明確な判断基準を提示するとともに、一貫したストーリーとして統合されることが重要だ。
本稿では、筆者が考える「人事制度が正しく機能するための3つの成功要件」と、各段階における具体的な施策・注意点について提言する。
人事制度のサイクルと制度が機能するための3つの成功要件
前述の通り人事制度は「設計」「導入」「運用」の3段階に分かれ、設計はその一段階に過ぎない。各段階が連携し、円滑なサイクルを構築することで、人事制度は効果的に機能する(図1)。

図1:人事制度の活用3段階
設計・導入・運用の各段階において、人事制度には経営戦略と整合し、組織および従業員にとって判断基準として機能することが求められる。また、各施策は個別に実行されるのではなく、一貫したストーリーを通じて全体を統合する役割を担うことが必要である。これらを踏まえ、筆者は人事制度が適切に機能するためには、以下の3つの要件を満たすことが欠かせないと考える。

図2:人事制度が適切に機能するための3つの成功要件
各要件について具体的に説明する。
1つ目の「経営戦略と連動している」では、企業の競争力向上や目標達成のため、最適な人材配置と育成を支える仕組みとして、経営戦略と一体化していることが求められる。
2つ目の「判断の根拠基準となる」では、組織で働く従業員が迷ったときの道標として機能することが求められる。等級、評価、報酬といった各制度が明確な指針を示すことで、従業員は自身の行動や成果の評価基準を把握し、目標達成へのモチベーションを高める仕組みとなる。
3つ目の「ストーリーとしての一貫性がある」は、従業員の理解を深めるため、一貫した姿勢(ストーリー)を保っていることが求められる。等級制度、評価制度、報酬制度が互いに関連し、組織全体に統一感をもたらすことで、従業員が経営戦略と自らの役割を実感できる環境が整う。
段階ごとの条件・施策例・陥りやすい落とし穴
ここからは、「設計」「導入」「運用」の各段階において、3つの成功要件を満たすための「条件」「施策例」「陥りやすい落とし穴」について解説する。
1.設計段階

図3:設計段階における3要件
■経営戦略と連動させるためには
条件:
求める人材像を経営戦略に紐づけ、従業員にも伝わるように明文化することが求められる。
施策例:
- 経営戦略実現に必要な人材要素(知識、能力、行動、経験など)を、カッツモデル(コンセプチュアル、ヒューマン、テクニカル)などのフレームワークを用いて整理する。
- 整理した要素をもとに、組織全体としての理想の(TO-BE)人材像を抽象的に定義し、将来的なスキルや行動特性の方向性を示す。
- 定義した抽象的な人材像を等級ごとに分解し具体化する。各等級の役割や責務、必要な知識・能力・行動・経験を明確に記述する。それぞれのレベルで必要な知識・能力・行動・経験を具体的に記述することで、等級定義を策定する。
なおジョブ型人事制度の導入事例では、まず広範な人材定義(等級定義など)を設定し、その後に職務記述書を作成し、職務評価を通じて人材像と連携させる手法が多く採用されている。初期段階で職務記述書を詳細に作り込みすぎると、運用時の手直しリスクが高まるため、経営戦略に沿った人材像の策定と、作成・適用・改善を繰り返すアプローチが効果的だ。
陥りやすい落とし穴:
施策例3の人材像を等級ごとに分解して具体化する段階で抽象度が高すぎると、従業員に具体的なイメージが伝わらなくなる。各等級の役割や責務の違いを明確にすることが重要だ。

図4:カッツモデルをベースに必要な要素を検討する場合
■判断の根拠基準として機能するためには
条件:
人材像が従業員の判断材料として適切に機能するよう、表現を明確にすることが求められる。
施策例:
作成した人材像(等級定義など)を現場と協議しながら、会社の状況に合った独自の表現に調整・改善することで、従業員にとって理解しやすい内容にする。また、経営戦略に沿った内容を保ちながら、現場との対話を重ねて調整を進めることが重要である。
陥りやすい落とし穴:
現場の意見に引きずられて、経営戦略から乖離した等級定義になるリスクがある。そのため、現場の意見を取り入れる際には、内容を十分に精査する必要がある。あわせて、社員にとってわかりやすい表現にする目的や、制度の意図を事前に現場へ共有しておくことも欠かせない。
■ストーリーとしての一貫性をもたせるためには
条件:
従業員が経営戦略と自分の役割とのつながりを正しく理解できるよう、経営戦略から人材像の整理までの流れを明文化することが求められる。
施策例:
経営戦略を図解し、各段階での人事制度の役割を説明する資料を作成する。その準備として、経営層が経営戦略から人事戦略までをストーリーとして語れるよう、1日がかりのワークショップを実施する。このワークショップでは、経営戦略を簡潔で力強く伝えるための言葉を設定する。
陥りやすい落とし穴:
使用する用語やストーリーが難解だったり複雑すぎたりすると、従業員にとって理解が難しくなる。シンプルでわかりやすい言葉を使い、明確なストーリーを作ることが欠かせない。
2.導入段階

図5:導入段階における3要件
■経営戦略と連動させるためには
条件:
従業員が経営戦略を正しく理解することが求められる。
施策例:
全従業員を対象に経営戦略説明会を開き、経営戦略と人事制度のつながりを伝える。また、経営層が各拠点を訪問し、会社の現状や将来像を自分の言葉で直接従業員に伝えることも、従業員に経営戦略を自分事として捉えさせる有効な手段となる。
陥りやすい落とし穴:
説明会が一方的な情報提供に終わり、従業員の理解が不十分になることがある。双方向のコミュニケーションを重視し、質疑応答の時間を十分に確保することが重要である。
■判断の根拠基準として機能するためには
条件:
評価者が被評価者の職務を的確に評価するスキルを身につけることが求められる。
施策例:
実際の評価場面を想定したロールプレイング(1対1の面談や評価結果のフィードバック)を取り入れる。評価スキルの向上には、評価者への継続的な支援が必要であり、学び、実践し、改善するサイクルを続けることが重要だ。
陥りやすい落とし穴:
研修が形骸化し、評価者が評価基準を正しく理解できず、実務でうまく活用できないことがある。研修後には評価者へのフォローアップを丁寧に行い、評価基準を定着させることが欠かせない。
■ストーリーとしての一貫性をもたせるためには
条件:
経営戦略から人事制度へと至るストーリーを従業員に浸透させることが求められる。
施策例:
人事制度の改定に至るストーリーを動画や漫画にし、視覚的に把握できるようにして理解を促進する。
陥りやすい落とし穴:
ハンドブック等を配布するだけでは従業員に活用されず、内容が浸透しないことがある。そのため、導入時の説明会やフォローアップの場を設け、理解を深めることが必要だ。

図6:評価職務スキル向上のプロセス例
3.運用段階

図7:運用段階における3要件
■経営戦略と連動させるためには
条件:
経営戦略に沿った人事制度になっているかどうか、整合性を定期的に確認することが求められる。
施策例:
人事制度の経営確認を半期ごとに行い、経営層が経営戦略と人事制度のつながりを確認する。
陥りやすい落とし穴:
定期的な確認が行われないことで、人事制度が戦略からずれて形骸化してしまうことがある。そのため、経営層に人事制度の重要性を理解してもらい、会議の実施を徹底し、継続的に改善を進めることが欠かせない。
■判断の根拠基準として機能するためには
条件:
人事制度が従業員の判断基準として適切に機能しているかを把握し、その浸透度をモニタリングしながら改善策を講じることが求められる。
施策例:
四半期ごとに簡易サーベイを実施して従業員からフィードバックを集める。集まった情報をもとに課題を整理し、優先順位をつけることで、効果的な施策を立案・実行する。
陥りやすい落とし穴:
サーベイ結果が従業員に共有されないと、参加意欲が低下することがある。結果を開示し、具体的な改善策を提案・実施することが大切だ。
■ストーリーとしての一貫性をもたせるためには
条件:
内部コミュニケーションを強化し、共通の目標やストーリーを継続的に共有することが求められる。
施策例:
ストーリーテリングワークショップを定期的に開催し、従業員が経営戦略と自分の役割を関連づけて説明できる場を設ける。
陥りやすい落とし穴:
従業員が経営戦略と自分の業務を結びつけて語れないことがある。そのため、説明会やワークショップを定期的に開催し、理解を深める機会を設けることが重要だ。

図8:ストーリーテリングワークショップ例
おわりに
人事制度の改定という全社的改革は、各部署が連携・協働することで、「経営戦略と連動していること」「判断の根拠となること」「一貫したストーリーとして統合されること」という要件を満たし、企業の競争力強化に直結する。自社の状況に応じた柔軟なカスタマイズに加え、組織間の認識の齟齬を最小限に抑えるための議論を深めることで、単なる制度設計にとどまらず、組織全体の課題を的確に把握し、本質的な解決策を導き出すことが可能となる。変化の激しい環境下では、企画の迅速化、運用開始、検証・改善のスピーディな実行が求められる。こうした状況下では、妥当性検証や一般論の強化を踏まえ、外部専門家の意見を取り入れることも有効な手段となり得るだろう。
加えて、生成AIをはじめとする最新テクノロジーは、人事関連プロダクトの進化に大きな影響を与えており、人事のあり方は今後さらに大きく変化していくと考えられる。こうしたテクノロジーの活用を見据えた「設計」「導入」「運用」の再構築は、これからの人事部門にとって極めて重要なテーマとなる。
こうした環境下で、人事部門には、急速な変化に迅速に対応し、経営ニーズを的確に捉えながら、周囲の組織を巻き込んで改革を推進する役割が、これまで以上に強く求められている。
- [1] 内閣官房(2024), “ジョブ型人事指針”, https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/jobgatajinji.pdf (参照2024年10月16日)