2025.04.04
「守り」と「攻め」のサプライチェーンファイナンス
【第2回】サプライチェーンファイナンスがビジネスのあり方を変える
井戸 謙人

第1回では、まず、サプライチェーンファイナンスがなぜ注目されるのかを皮切りに、サプライチェーンファイナンスの導入による資金の調達側・出し手側それぞれの効果などを説明した。今回はサプライチェーンファイナンスを導入する際の対応事項や、サプライチェーンファイナンスのニーズが高い業種について、効率的な資金調達手法としての「守り」の観点と、新たなビジネス創出の「攻め」の観点から説明する。
サプライチェーンファイナンスを導入するには
サプライチェーンファイナンスを導入するには、どのように進めればよいだろうか。
まずサプライチェーンファイナンスを導入するには、その構想策定段階において導入目的を整理し、想定効果を分析する。導入目的と想定効果を明示できるようにすることは、サプライチェーンファイナンスの適切な導入の推進、社内外の関係者との調整においても重要となる。そのうえで、自社の事業におけるサプライチェーンを前提としたサプライチェーンファイナンスのモデル検討を進めていく。そのため、サプライチェーンマネジメントに紐付けて検討することも重要であり、自社内での関連部署(財務部門に限らず、経営企画部門、事業開発部門、購買部門、営業部門等)との連携や規則・手続きの制定、人員確保等の準備を行っていく。
また、サプライチェーンの当事者の合意を得たうえ、必要に応じて金融機関等もサプライチェーンファイナンスに関わってもらうことが重要になる。加えて、売買や在庫管理、支払管理等システムを通してのサプライチェーンファイナンスの業務運用や管理も想定されるため、システムベンダーも参画しながらシステムの構築や改修が必要となる場合もある。ある トレジャリーマネジメントシステム(TMS)のクラウドサービスを提供するシステムベンダーからはサプライチェーンファイナンスの機能も提供されているため、当該サービスの活用も一案となる。
そして資金の出し手になるケースにおいては、サプライチェーンファイナンスのスキーム次第ではあるが、貸金業法等の関連法規制への対応が必要になることに注意が必要である。さらに、2024年1月1日以降に開始する事業年度からは、IAS第7号およびIFRS第7号の改訂により、IFRS適用企業はサプライヤーファイナンス契約に関する新たな情報開示が求められているのでその対応も必要となる。

図1:サプライチェーンファイナンス導入における対応事項
サプライチェーンファイナンスのニーズの高い業種
ここでクニエの知見に基づき、資金の調達側および出し手側としてサプライチェーンファイナンスのニーズが特に高いと考えられる業種を複数例示して紹介する。
仕入れ値が上昇している業種
資金の調達側では、特に価格高騰に伴う仕入れ資金が必要となっている金属産業(鉄鋼・非鉄金属)や石油・石油製品、供給不足による一括仕入れの需要が高い半導体産業において、サプライチェーンファイナンスのニーズが高いと考える。また、これら産業は仕入れ値上昇によるコストへの影響だけでなく、在庫の負担が増えることで、バランスシート(貸借対照表)の資産と負債が増加し、投下資本利益率(ROIC)や総資産利益率(ROA)といった経営指標を悪化させている。これらを踏まえ、仕入れ値が上昇している業種は、資金の調達側としてのサプライチェーンファイナンスのニーズは高いと考えられる。
専門商社やリース会社、物流会社
資金の出し手側においては、前項の商品などを扱う専門商社や、商品などの価値判断や売買に知見があり既存ビジネスとの親和性が高いリース会社、商流の情報を蓄積している物流会社が既存のサプライチェーンを活用して、余剰資金の供与などによる資金の出し手側としてのサプライチェーンファイナンスのニーズが高いと考える。とりわけリース会社は、2027年4月以降に強制適用される日本の新リース会計基準により、オペレーティングリースも含めすべてのリース取引が原則としてオンバランス化(貸借対照表に計上)されることで、自社の事業が大きな影響を受けることになる。そこでサプライチェーンファイナンスにより、新たな事業機会を探ろうと取り組んでいる。既存のビジネスにサプライチェーンファイナンスのソリューションを加えることで、サプライヤー、バイヤー、物流会社の荷送人や荷受人などをはじめとした既存顧客からのさらなる収益源の獲得や新たな顧客開拓、さらには新規事業の創造に繋がる。
シェアードサービスセンター(SSC)
筆者は1990年代初頭から大手日本企業にて導入が進められているSSC企業にも、サプライチェーンファイナンスのニーズがあると考える。なぜ、グループにおける経理業務や総務業務を集約・標準化するSSC企業にニーズがあるのだろうか。それはSSC企業がグループ各社の支払いを代行し、その親会社の豊富な資金力や高い信用力を前提にグループ各社のサプライヤーに対して早期に支払いを行うことで、短縮期間にかかる金利相当分を支払い額から割り引く等、資金の出し手側として、新たな収益源を獲得することができるからである。グループ各社はこれまで通りの支払い条件でサプライヤーではなくSSC企業に支払いをすればよく、SSC企業にとってもグループ各社から支払いがされる限り、いわゆる与信リスクは基本的にゼロということになる。
SSC企業は、経理業務や総務業務といったコストセンター業務を担っているが、サプライチェーンファイナンスに取り組むことでプロフィットセンターに変革できる可能性を秘めているのである。

図2:サプライチェーンファイナンスの需要が高まっている業界例
サプライチェーンファイナンス・ナビゲーター(SCF Navigator)による分析結果
クニエは、サプライチェーンファイナンスによる資金の調達側の対象を検討するにあたって、ROICや棚卸資産、キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)といった経営指標に着目をした「サプライチェーンファイナンス・ナビゲーター(SCF Navigator)」という独自のツールを考案した。図3は、上場企業の財務情報をもとにプロットした企業だ。右下のエリアの半導体産業をはじめとした精密機器関連の企業を中心に、サプライチェーンファイナンスにおける資金の調達側としてのニーズが高いことを示している。

図3:サプライチェーンファイナンス・ナビゲーター(SCF Navigator)
これらの企業は、投下資本に占める棚卸資産の比率が高く、ROICが低迷しており、CCCの日数が大きい状態である。専門商社、リース会社、物流会社、SSC等の視点で見ると、資金の出し手側としてサプライチェーンファイナンスに取り組む場合、新しいビジネスの拡大先としてニーズの高い候補となる。
おわりに
クニエでは3年ほど前からサプライチェーンファイナンスについて着目し始めていたが、当時は2016年以降のマイナス金利政策が続いており、企業の財務担当の方に話を伺うと「当社のメインバンクであるメガバンクがいつでも低利で運転資金を貸してくれるので、他の調達手段を検討する必要性はない」とのことであった。そのため、日本では、サプライチェーンファイナンスは時期尚早という認識を持っていた。しかしながら、これまで本記事で述べたとおり、今日における企業を取り巻く環境の複雑性と不確実性の高まりとその変化は、各社のサプライチェーンにも大きな影響を与えている。そのため既存の手法にとらわれず、サプライチェーン全体における財務の最適化を取り組んでいくべきとクニエは考える。
次回以降は、今回紹介した業種ごとに、何を目的としてどのようにサプライチェーンファイナンスに取り組んでいるのか、述べていきたい。
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