2025.04.02

超高齢社会における「ジェロントロジー」活用の可能性

後期・単身高齢者の増加に対応する新たな社会システムの構築に向けて

石井 悠平 

総務省の統計によると、日本は65歳以上人口が総人口の29.3%を占める[1]。中でも後期高齢者の増加が顕著で、2024年9月時点で75歳以上人口は総人口の16.8%になり、その割合は2000年の2倍以上に達している。また、単身世帯の高齢者の増加も顕著であり、高齢者世帯の構造は大きく変化している。 超高齢社会を取り巻く課題として無視できないのが、高齢者の社会性・認知機能・身体機能の低下による脆弱性を指す「フレイル」の問題だ。ほかにも、認知症患者数や社会コストの増加、孤独死・孤立死など喫緊の課題も多い。
そのような中、「ジェロントロジー」という加齢をテーマとした学問を活用した取り組みが注目されている。例えば、認知症早期発見・支援のための地域包括的な取り組みや、テクノロジーを活用し高齢者の能力を拡張する「ジェロンテクノロジー」による社会参画促進が検討されている。これら取り組みにより、増加する後期高齢者や単身高齢者のQOL向上が期待できる。
そこで本稿では、顧客に高齢者が多数存在する金融・交通・福祉業界等の企業向けに、超高齢社会の課題解決に向けたジェロントロジーの活用について解説する。

日本の超高齢社会の状況

2024年9月時点で65歳以上人口は3,625万人に達し、総人口の29.3%を占める。この数値は他の主要国(例えばイタリアの24.6%やドイツの23.2%)を大幅に上回る。また、2000年では総人口の7.1%だった75歳以上人口割合も、2024年9月時点で16.8%と2倍以上になり、後期高齢者の割合が増加している。また厚生労働省の国民生活基礎調査によると2023年時点の「65歳以上の者のいる世帯」は全世帯の49.5%を占め、2,695万1千世帯となっており、そのうち単独世帯855万3千世帯を占める。2013年と比較して単身世帯は約50%増加[2]しているが、この傾向の背景には未婚、子供がいない世帯の増加、家族間の繋がりが希薄化していることが考えられる。

日本の超高齢社会における課題

後期高齢者・単身高齢者の増加が進行する社会では、「フレイル」と呼ばれる、高齢者が社会的・精神的・身体的に脆弱化する可能性が高まると考えられる。本章では、フレイルについて解説し、それがもたらす課題について検討する。

厚労省の「高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン」によれば、フレイルは「加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態を表す“frailty”の日本語訳として日本老年医学会が提唱した用語」であり、「要介護状態に至る前段階として位置づけられるが、身体的脆弱性のみならず精神心理的脆弱性や社会的脆弱性などの多面的な問題を抱えやすく、自立障害や死亡を含む健康障害を招きやすいハイリスク状態を意味する」と定義されている[3](図1)。また、フレイルは健常状態と要介護状態の間に位置付けられ可逆性があり、介入することによって要介護状態に至るまでの時間を遅延させ、健常状態への回復を目指せる点がポイントである。

東京大学高齢社会総合研究機構・飯島勝矢ら作図をもとに著者作成(厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合化学研究事業)「虚弱・サルコペニアモデルを踏まえた高齢者食生活支援の枠組みと包括的介護予防プログラムの考案および検証を目的とした調査研究」)

図1:フレイルの多面的構造

 

以降、「社会性」「認知機能」「身体機能」それぞれの脆弱性について説明する。

社会性の虚弱

IOG(東京大学高齢社会総合研究機構)の提唱する「フレイル・ドミノ」(図2)によれば、社会的孤立を発端とし、認知機能、身体的機能に低下が生ずるとされており、高齢者が社会性を維持することは重要な課題である。令和6年高齢社会対策大綱には「年齢に関わりなく希望に応じて働くことができる環境の整備」や「地域における社会参画活動の推進」等、高齢者の就業や社会参画に関する指針が示された[4]。一部地域ではすでに施策の実行が始まっているが、これらのケーススタディをほか地域に横展開し、高齢者と社会の繋がりを維持できるかが課題となる。一方で、社会的な繋がりのない中で人生を終える「孤独死・孤立死」の実態も明らかになってきている。警察庁は2024年の1月~6月の半年間の全国の警察取扱死体数約10万体の内、自宅で死後1カ月以上経って発見された一人暮らしの65歳以上の高齢者が約4,000体存在したという調査を発表した[5]。このような調査からも、高齢者と社会の繋がりを維持していくことは喫緊の課題といえる。

東京大学高齢社会総合研究機構・飯島勝矢ら作図をもとに著者作成(厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合化学研究事業)「虚弱・サルコペニアモデルを踏まえた高齢者食生活支援の枠組みと包括的介護予防プログラムの考案および検証を目的とした調査研究」)

図2:フレイル・ドミノ

 

認知機能の虚弱

後期高齢者、単身世帯が増加する未来においては、高齢者の認知能力の低下を予防・早期発見することがますます重要な課題になる。2024年の厚生労働省の調査班の発表では、2022年における65歳以上の認知症有病率は12.3%、患者数は443.2万人と推計されている。MCI(軽度認知障害)の有病率は15.5%で患者数558.5万人、両者を合計すると約1,002万人が認知機能の低下している状態にある。これは高齢者人口の27.8%に相当し、高齢者の約3人に1人は認知機能に問題がある実態が明らかになった。また、「団塊ジュニア世代」が65歳に達する2040年には65歳以上の認知症有病率は14.9%に達し、患者数は584.2万人と推計されている。MCIの有病率は15.6%で患者数612.8万人、両者を合計すると約1,197万人が認知機能障害を有する状態が想定されている[6]。また、2030年の認知症の社会コスト(医療費・介護費・インフォーマルケアコストの合計)は21.4兆に達すると推計されており[7]、この数字は、近年の国家予算(約110兆円)の約2割弱に相当し、認知機能の低下を予防、早期発見することは喫緊の課題である。

身体機能の虚弱

高齢者の身体能力の低下を遅延、改善することも重要な課題だ。代表的な身体機能の虚弱としては、心血管系の老化、骨の老化、骨格筋の老化等が挙げられ、いずれも要介護状態に至る原因として重要である。内閣府の「令和4年高齢社会白書」によると、介護が必要になった主な原因のうち、「脳血管疾患(脳卒中)」「心疾患(心臓病)」が19.7%「骨折・転倒」「関節疾患」の外科的な原因が24%となっており、身体的な原因が半数近くを占める[8]。また、サルコペニア(加齢性筋肉減弱症)と呼ばれる加齢に伴う骨格筋の筋繊維の減少と萎縮に、身体活動の低下が加わることで引き起こされる身体機能の虚弱もフレイルの要素の一つとして考えられており、要介護に至る原因としてサルコペニアの予防・改善も課題と考えられる。

超高齢社会におけるジェロントロジーの活用可能性

上述のような課題を克服し、長寿時代を前向きにとらえて人生を送るための解決策が求められている。本稿の最終章では、高齢社会の課題解決の基盤となる学問「ジェロントロジー」について紹介し、ジェロントロジーを活用した課題解決の可能性について検討したい。
 

ジェロントロジーとは

IOGは、ジェロントロジーについて、「“AGING(加齢・高齢化)”が研究テーマであり、加齢に伴う心身の変化を研究し、高齢社会に起こる個人と社会の様々な課題を解決する事が目的」と説明している[9]。ギリシャ語の「geron(老人)」と「-logy(学問)」を語源とし、日本では「老年学」等と訳されるのが一般的である。その研究対象は幅広く、医学・心理学・社会学・経済学・工学など多様な学問分野を横断する特徴がある。上述したフレイルに関する知見もジェロントロジーの成果の一つであり、学際的な視点で研究が進められている。
 

地域包括的な取り組みによる超高齢社会の課題解決の可能性

令和6年1月に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行され、同法第11条第1項に基づく「認知症施策推進基本計画」が令和6年12月に閣議決定されたが、基本計画の一つに「多様な主体の連携」が挙げられている[10]。指針を解釈すると、認知症の人や家族など当事者とともにプライバシーなどに留意しながら、交通・医療・福祉・金融等の分野を横断する形で総合的に認知症早期発見・支援の推進が期待されていると考えられる。つまり社会構造の変化に伴い、企業によっては家族や地域コミュニティ以上に高齢者との接点を有する主体に変化しつつあり、この構造の変化をどのようにビジネスとアラインできるかが問われている。
 
高齢者の日常生活と関係の深い場所は、さまざまなサービスや支援を提供するハブとなり得る。例えば、金融機関は高齢者の認知機能の低下を発見する場として期待されている。具体的には、認知機能低下の可能性がある高齢者を特定し、地域包括支援センターや自治体等に連携する役割だ。とはいえ、金融機関側で業務の傍らに認知能力の見極めを実施するのは、難易度やリソースの面で課題となる。すでに「長谷川式簡易知能評価(HDS-R)」など認知能力のスクリーニングツールは存在するが、近年ではAIを活用し、高齢者の目線や描画動作等から認知機能の低下を測定する研究等が進んでおり、実用化に向けてはサービス提供の過程で自然に認知機能低下を検知可能な仕組みが必要となるであろう。
*1974年に長谷川和夫らによって開発され、1991年に改訂された認知症のスクリーニングを目的とした質問票。9つの質問からなり、30点中20点以下で認知症の疑いがあると判断される。
 
また、交通業界でも高齢者の移動に関わる課題に対応する取り組みが各自治体や企業と連携して行われている。商業集積地の変化、公共交通機関の運営難による減便・廃止、高齢者の運転免許自主返納の促進等を背景として、高齢者向けの新たな移動手段の必要性が高まっている。これは前述した、高齢者の社会性の脆弱に繋がる課題と考えられ、フレイル・ドミノの入り口にあたる「社会との繋がり」「生活範囲」の減少を引き起こす可能性がある、看過できない問題だ。高齢者の移動は、近隣の買い物・病院・介護施設・地域の集まり等の近隣への移動が多く、このラストワンマイルを支援することが社会性を保つことに繋がる。
 
ラストワンマイルの提供手段としては、定時運行型の乗合タクシー・コミュニティバスや、利用者の予約状況に応じて運行経路や時刻を柔軟に変更するデマンド型交通、ゴルフ場のカートのようなイメージで地域住民と会話しながら移動を楽しめるグリーンスローモビリティ等多様な手段が存在するため、地域の特徴に合わせた移動手段や交通網の設計が行われている。このように、今後は幅広い業界で高齢化に纏わる社会課題の解決を目的とした事業開発がますます進むと考えられる。
 

身体・認知感覚の拡張による社会参画の促進

ジェロントロジーには機械の力を借りて高齢者の能力を拡張することで、高齢者の社会参画を促進する研究分野が存在する。ジェロンテクノロジーと呼ばれ、ジェロントロジーとテクノロジーを合わせた造語だ。この分野の根底には「サイバネティクス」という概念が存在する。人間の「感覚」「脳」「運動」という情報ループのどこかに老化等による異常や障害が生じた場合に、機械による人間の能力の拡張によって、その障害を克服する概念である。身近な例でいうと「老眼鏡」「補聴器」「義足」等が該当するだろう。衰えた感覚、運動の機能を機械の助けによって拡張し、高齢者の社会参画の促進がなされてきたのは述べるまでもないが、近年サイバネティック・アバターと呼ばれる、物理的なロボットや仮想的な3Dアバターを活用し高齢者を含めたあらゆる人の社会参画を促進する、非常に挑戦的な研究が実施されている。内閣府が主導する「ムーンショット型研究開発制度」の「ムーンショット目標1」では、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」を目指し、以下ターゲットが設定されている[11]。
*従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発のこと

  • 2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。
  • 2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

ムーンショット型研究開発制度の目指すところは、高齢社会の課題解決にとどまるものではないが、このようなテクノロジーの発達により、元気な高齢者のさらなる社会参画の機会や、虚弱高齢者の社会参画の可能性が広がるため、企業には従来の価値観に縛られない雇用機会の検討等が求められることになる。

おわりに

世界に先駆け高齢化が進行する日本では課題解決に向けて前例のない挑戦が続いている。課題は山積しているが、ジェロントロジーの知見やテクノロジーの力を応用して、これを新たなチャンスや成長機会と捉えることが社会としてますます重要になると筆者は考える。

 

参考文献
  • 東京大学高齢社会総合研究機構(著/編集),『東大がつくった高齢社会の教科書: 長寿時代の人生設計と社会創造』,(東京大学出版会)
  • 駒村康平(編集),『エッセンシャル金融ジェロントロジー 第2版:高齢者の暮らし・健康・資産を考える』,(慶應義塾大学出版会)
  1. [1] 総務省(2024), “統計トピックス No.142 統計からみた我が国の高齢者 -「敬老の日」にちなんで-”, https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics142.pdf(参照2025年3月4日)
  2. [2] 厚生労働省(2023), “2023(令和5年)国民生活基礎調査の概況”,
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa23/dl/02.pdf
    (参照2025年3月4日)
  3. [3] 厚生労働省(2018), “高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン別冊参考資料”,
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000201985.pdf
    (参照2025年3月4日)
  4. [4] 内閣府(2024), “高齢社会対策大綱(令和6年9月13日閣議決定)”,
    https://www8.cao.go.jp/kourei/measure/taikou/pdf/p_honbun_r06.pdf
    (参照2025年3月4日)
  5. [5] 警察庁(2024), “令和6年上半期(1~6月分)(暫定値)における死体取扱状況(警察取扱死体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの者)について”,
    https://www.npa.go.jp/news/release/2024/20240821001.html
    (参照2025年3月4日)
  6. [6] 厚生労働省(2024), “認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計”, https://www.mhlw.go.jp/content/001279920.pdf(参照2025年3月4日)
  7. [7] 内閣府(2017), “2030年展望と改革 タスクフォース報告書(参考資料集)”, https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/2030tf/report/reference.pdf(参照2025年3月4日)
  8. [8] 内閣府(2022), “令和4年版高齢社会白書”, https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_2_2.html(参照2025年3月4日)
  9. [9] 東京大学高齢社会総合研究機構(著/編集),“東大がつくった高齢社会の教科書: 長寿時代の人生設計と社会創造”(東京大学出版会)
  10. [10] 厚生労働省(2024), “認知症施策推進基本計画”, https://www.mhlw.go.jp/content/001344090.pdf(参照2025年3月4日)
  11. [11] 内閣府(2023), “ムーンショット目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現”, https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html(参照2025年3月4日)

石井 悠平

デジタルトランスフォーメーション担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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