2025.03.10

調達購買部門改革の新しいロードマップ

調達購買部門のMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)作成と全体改革の推進

野町 直弘 

調達購買改革の従来の手法は、業務時間、業務プロセス、組織体制、支出分析などの現状分析を行い、そこから課題を抽出してTo Be(あるべき姿)を設定したあと、施策への落し込みを行って課題解決を進めるというやり方であった。しかし、この手法だと調達購買改革を実行し、新たな調達購買部門の機能役割を果たすには限界があることがわかってきた。なぜなら従来は調達購買機能に求められるのはコスト削減であった。しかし近年は調達購買機能に対し、「調達クライシス」と呼ばれる供給力不足による調達競争や、「イノベーション調達」といった経営や事業の競争力強化につながる調達購買機能、人件費などのコスト高騰への対応、サプライチェーン全体におけるサステナビリティの配慮などさまざまな環境変化により、求められる機能・役割が変わってきている。そうした環境変化の下、従来にはない改革アプローチが求められている。それは、調達購買部門におけるMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)の作成と、それに基づき全体改革テーマを抽出し、課題解決のための施策に取り組んでいくことだ。
ここでは、新しい調達購買部門改革手法である部門のMVV作成と全体改革の推進アプローチについて、筆者の見解を示していく。

従来の調達購買改革手法

調達購買改革のコンサルティングは大きく2種類に分けられる。1つは課題がある程度明確で、その課題に対して解決策を実行していく「重点課題型」だ。もう1つは課題があまり明確になっておらず、調達購買部門の現状からいくつかの課題を抽出し、それらに優先順位をつけて解決していく「全体課題型」である。筆者は20年以上の調達購買改革のコンサルティングをしており、全体課題型の調達購買部門改革についても多くのプロジェクトを経験してきた。従来、全体課題型の調達購買部門改革は現状分析からスタートする。調達購買部門の現状分析には、4種類の分析手法がある。
 
1つ目は、どのような業務にどれ位の時間をかけているか、といった業務時間分析である。これによってVA(Value Added:付加価値)業務にどの程度時間がかけられているのかを測定し、業務改革やシステム化を進めることで、BVA(Business Value Added:ビジネス付加価値)業務を減らし、VA業務に割く時間を増やすことで、改革を進めていくものだ。
 
2つ目は業務プロセス分析だ。これは主にソーシング業務と購買実行業務をどのようなプロセスで進めているのかを分析し、業務プロセス改革を進めていくものだ。
 
3つ目は組織体制の現状調査である。組織体制は事業や製品ごとの購買組織と品種やサプライヤーごとの購買組織になっているが、それらの組織が事業と上手く連携しているかどうか、購買組織が横串を刺しボリューム交渉ができているかなどを分析していく。
 
そして4つ目は支出分析だ。支出分析では何をどこからどれくらい、いくらで購入しているかを分析し、この分析を基に全社の支出全体像を把握し、コスト削減戦略などを品目・サプライヤー別に検討していく。従来の全体課題型の改革では、このような現状分析を行った上で課題を抽出し、To Be像(あるべき姿)を検討する。さらにそれを実現するための施策を洗い出した上で、施策を実行し、課題解決につなげていく進め方が一般的であった。
 
しかし近年、これらのアプローチには限界が見えてきた。事業環境の変化や新たな経営課題に対応するためには、従来の方法では不十分となってきたからだ。例えば調達クライシス(供給力不足による調達競争)、イノベーション調達への取り組み、人件費やエネルギー費、円安による値上げへの対応、ESG経営に見られるサプライチェーン全体でのサステナビリティの配慮などは、調達購買部門の現状課題からのアプローチでは解決できず、全社を巻き込んだ仕組みづくりなどが求められる。これらの新しい課題に効果的に対応するためには、調達購買部門の新しい役割・機能が求められるため、新しい手法が必要とされる。
 
新しい手法として注目されているのが調達購買部門のMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を策定し、それに基づいて全体改革テーマを抽出し、具体的な施策へ落し込み実行するアプローチである。このアプローチをとることで、従来の方法ではできなかった調達購買部門の新しい役割や機能が明確になり、全社でのサプライチェーン課題に対して自立的な改革への取り組みが可能となり、より一層の収益貢献といった効果を見込むことができる。このようにMVVを策定し、全体課題を解決していく改革の進め方を、筆者はMVVアプローチと呼んでいる。

MVVアプローチのステップ

MVVアプローチは、1. インプット情報の収集、2. 調達部門メンバーによるワークショップの実施、3. 業務課題の優先順位付けとアクションプランの作成、4. 定例会議での進捗フォローおよび月次進捗報告会の実施、5. 業務課題の追加や見直しの検討、といったステップで進める。
 
インプット情報の収集では、外部情報や全社でのMVVの情報などだけでなく、さまざまなステークホルダー(マネジメント、ユーザー、営業、技術、サプライヤー)からヒアリングし、改めて調達購買部門に対する期待やニーズを確認するプロセスになる。このようなヒアリングを改めて行うことで、自身がどのような機能・役割を果たすべきかを明確にできる。
 
ワークショップの実施については自部門のさまざまなメンバーを集め、通常3-4回のセッションをできれば缶詰め方式で進める。ここでのアウトプットは課題の抽出から入り、ミッションへ落としこむことでミッションの集約と明文化がビジョンにつながり、果たすべき役割がバリューへとつながる。重要なのはMVVだけでなく、再度業務課題へ落とし込むことだ。業務課題はワークショップの後半で優先順位付けし、各業務課題を解決するためのミニプロジェクトチームの体制を整備のうえ、アクションプランを作成して課題解決を進めていく。その後は定例会議や月次での部門長に対する報告会を通じ、進捗管理を進めていく。また、業務課題は優先順位やその時点での新しい課題の抽出など、継続的な活動につなげていくのが望ましい。

MVVアプローチの4つのポイント

MVVアプローチを進めていく上で重要なポイントは以下の4点である。
 
①合意形成型ビジョンづくり
MVVアプローチの第一のポイントは、合意形成型ビジョンづくりだ。これは部門全体で共有されるビジョンを作り上げるために、組織内のキーパーソンやステークホルダー、若手などを巻き込み、ワークショップやディスカッションを通じて意見を集約し、合意形成していくプロセスである。こうした合意形成により全員が同じ目標に向かって進むことができ、統一感のある改革やその礎となるビジョンの作成が可能となる。
 
②優先順位づけ
次に重要なのは、優先順位をつけることだ。多くの企業の調達購買部員は多忙であり、また昨今の調達購買部門が直面する課題は多岐にわたるため、すべての課題を一度に対応することは不可能だ。そのため課題の重要性と緊急性を評価し、最も影響力の大きいものから順に取り組むことが求められる。例えば、今後重要性が高くなると考えられる「サプライチェーンにおけるサステナブル材料の定義と採用」や、人的リソースの工数を確保するための「業務効率化の推進」などについてを優先的に推進するなどだ。これにより人的リソースを効果的に活用し、迅速かつ確実に成果を上げることができる。
 
③組織全体の巻き込み
改革を成功させるためには、組織全体を巻き込むことが不可欠である。特にMVV策定後、全体課題を抽出し、ミニプロジェクトチームを結成して施策を進めていくのだが、これらのプロジェクトには現在関わっている人員だけでなく、関わっていない人員も上手く巻き込んでいく必要がある。筆者が推奨しているのは大課題から中課題に枝分かれさせて、その中課題の解決に新しいメンバーを選任するなど、MVV実現に向けた関係者を段階的に増やしていくというやり方だ。また、それ以外にも月1度の部門全体会議の冒頭で調達購買部門のMVVと現行業務に乖離がないかを確認したり、当番制で特定の人にMVVと自身の業務を絡めて話をしてもらったりすることで、部門全体の巻き込みを図っていくことが有効である。また、部門内だけでなく経営層や事業部、ほかの関連部門などのユーザー部門と連携し、全社として一体感を持って進めることも重要だ。具体的には、経営や事業のニーズがどのようになっていくかを把握したうえで、自分たちの役割を理解し、定期的に改革進捗を報告するなどが挙げられる。
 
④サプライチェーン全体に対する感度の向上
最後に、サプライチェーン全体に対する感度の向上も重要だ。これは外部環境の変化や市場動向を敏感に察知し、それらに迅速かつ柔軟に対応できる能力を養うものだ。具体的には定期的な情報収集や分析、情報発信などを通じて視野を広げ、全体最適を目指す視点を持つことなどが挙げられる。
 
従来、調達購買部門は直接取引があるサプライヤーである商社としかコミュニケーションを取っていなかった。しかし現代においては川上側のメーカーや、より川上の企業がどういう事業戦略や営業戦略をとっていくのか、また川下側である得意先(販売先)や、より川下であるOEMメーカーや消費者の動向についても無頓着ではいられなくなっている。調達購買部門のMVVは時代によって変えていくべきであり、MVV実現に向けては常に新しい課題が出てくる。このような環境変化を敏感に察知し、MVVや業務課題テーマの修正をしていくことが求められる。

ある企業でのMVV改革事例

長期にわたるプロジェクトで確実な成果を上げるためには、適切な手法と継続的な改善が必要である。以下はある企業が実施したMVV改革に関する事例だ。
 
当該企業の調達購買部門から最初に来た相談は、人材育成についての悩みだった。具体的には、調達購買部門の人員約70名の中にはベテランもいれば、まだ経験の浅い部員も多い。そのため人材能力にバラツキがあり、それを平準化したいというものだった。当初は自分たちで改革を進めようとしていたものの、多くの部員は忙しく、特にスキルが高いベテラン層は日々の業務に追われており、経験の浅い部員に対する育成やケアもできていないということだった。相談者は最近他部門から着任したキーパーソンであったが、当企業の調達購買業務は主にモノやサービスを買う手続きが中心であり、経営への貢献や事業への貢献はあまりできていない状況であったため、部門改革をしなければならないと考えていた。
 
そこで筆者が提案したのがMVVづくりである。なぜならMVVを策定することで、人材育成の仕組みやスキルの平準化をすすめるだけでなく、今まで取り組みが遅れていた経営や事業の収益への貢献や、そのための具体的な日々の取り組みの推進といった新たな機能強化などが見込めるからだ。実際にこの企業はMVVを策定することにより、コンサルティング機能の強化や、そのための調達購買部員のスキル向上などの効果が見られた。そしてMVV策定における大きな成功要因の一つとして、問題意識の高いキーパーソンを巻き込みながら、プロジェクトをスタートできたことも大きい。まずは、数人のキーパーソンを入れてプロジェクトチームを結成し、プロジェクトメンバーで今後目指すべき調達購買部門の姿や持つべきスキルや意識改革といった想いを共有し、メンバー全員の意識を合わせた後にプロジェクトを開始した。
 
次にトップダウンではなく合意形成型のMVV策定を目的として、合計3回のワークショップを実施した。このワークショップでは、意識が高い若手メンバー中心に、20人ほどをワークショップメンバーとして選定して開催した。これにより若手メンバーの当事者意識を芽生えさせ、企業を取り巻く将来像を見据えた合意形成型のビジョン策定ができた。また、ワークショップのインプットとして、社内外のさまざまなステークホルダーから当該企業の調達購買部門に対する期待やニーズについて、時間をかけてヒアリングをおこなった。当企業ではVoS(Voice of Supplier)という取り組みで、数社の主要サプライヤーからもヒアリングをおこなった。そこで出てきた意見は、とても辛辣なものであった。
 
「昔の購買部門は、一緒に汗をかいてくれ、尊敬できる企業だった。今はこのような関係性も希薄になり、コミュニケーションもうまく取れていない」
 
ステークホルダーからのヒアリングは、改めて気づきを与えてくれた。これらの声は当該企業とサプライヤー間のコミュニケーション不足などの課題を浮き彫りにし、ビジョン策定や業務改善施策の立案につながった。
 
当社の支援は最終的には3年半続いた。当初4テーマからスタートした業務課題テーマは最終的には13テーマまで増え、約70名の部員のうち、およそ半数は何らかのテーマを担当することで当プロジェクトに関わることとなった。策定されたMVVをもとに設定した改革課題テーマの中で、興味深いものを紹介しよう。
 
1つ目は「コンサルティング機能の強化」だ。これは、MVVで対ユーザーへの上流関与を調達部門のミッションとして設定したことから生まれたテーマだ。単に手配業務をするだけでなく、要求元に対する仕様提案や、新規サプライヤーやサプライヤーが持つ新技術の提案を行い、要求元に役立てていくという機能を調達購買部門の「コンサルティング機能」と定義し、これを強化することで経営や事業への貢献を進めていくものだ。コンサルティング機能の強化に関しては、技術的なスキルだけでなく、コミュニケーションスキルも重要だ。これらのスキルを高めるための教育を実施するだけでなく、年に1回CS(顧客満足度)調査を実施し、迅速に改善策をうった。CS調査結果が刺激となって部員の姿勢・スキルへの意識向上につながり、2年目のCS調査ではコンサルティング機能への評価が大きく改善した。
 
「コンサルティング機能の強化」にも関わる技術スキルは身に着けることが難しい。そこで、この企業は自発的に事例発表会を始めた。自発的というのは部員が発起人になり、日常業務に差しさわりのないように、月1回定期的に「コンサルティング機能」の好事例を共有するようになった。当初はベテラン社員の事例共有から開始し、その後は経験の浅い人や、若手の部員が事例共有を行っている。これはMVV作成後5年以上経過した今でも続いていると聞く。これだけ続いていることは意義があることの証であり、部員が正に自分事としてMVVや改革を捉えていると言えよう。
 
2つ目は「インテリジェンス機能強化」だ。インテリジェンス機能は、さまざまなサプライヤー、市況、景況などの情報を収集・分析し、共有する機能を指す。調達購買部門は、その業務特性上、多くのサプライヤーや商社から、さまざまな情報が集まりやすい。同社では調達購買部門の担当者がこれらの情報を収集・分析し、定期的に全社へニュースレターやレポートを作成・発表しはじめた。ニュースレターの発行はMVV作成時からスタートし、今でも続いているそうだ。このような地道な取り組みの継続で、関連部門だけでなくマネジメント層からも「参考になった」「最新の情報を教えてほしい」などの声が出ており、調達部門のプレゼンス向上につながっている。

おわりに

このように、調達購買部門の改革において、ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)の策定とそれに基づく全体改革は、大変効果的である。特にキーパーソンの巻き込みや、プロジェクトチームの結成、ワークショップの実施、部門全体の巻き込みが成功の鍵となる。MVV作成からの調達購買改革アプローチは、部門全体の意識改革を促し、経営や事業への貢献を強化するための重要なステップとなる。
 
本稿の事例企業における取り組みが、調達購買部門改革の一助となれば幸甚だ。

野町 直弘

調達購買・BPO担当

マスタープリンシパル

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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