2025.02.20
製造業のM&A:成功のカギを握るのは“ECM/SCMのPMI”
できているようでできていない、やっているようでやりきれていないPMIから脱却する
武井 晋介
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日本の製造業の成長ドライバーとして、自社製品の継続的な改善・改良以上にM&Aが有効な手段となっている。しかし、M&Aを成功させる重要な要素であるPMI(Post Merger Integration)は検討範囲の広さ、検討をリードする役割の難しさなどから、組織・人事・経営管理までに留め、ものづくりまで踏み込んだPMIになっていないことが多いようだ。M&Aの目的によってはそれで十分な場合もあるが、相互にシナジーを得ようとすると、M&Aの狙いを十分に実現できない要因になる。
本稿では、ものづくり企業として取り組むべきECM/SCM(Engineering Chain Management/Supply Chain Management)レベルのPMIの進め方を解説する。
1. 製造業において重要性が高まるM&A
筆者らは、特に組立加工型製造業における業務改革、現場改善、システム導入を中心にコンサルティングサービスを提供している。その中で、顧客企業がM&Aに積極的に臨む様子を実体験として見てきた。それと同時にM&A後のPMIの重要性やPMIの難しさも目の当たりにしてきた。そのことが、本稿執筆に至った経緯である。
製造業においてM&Aが増えていることは、読者の皆さまも感じておられるだろう。製造業に限ったことではないが、実際にそのような報道・統計情報を目にすることが増えた。また、筆者らのコンサルティングサービスでもPMIの事例が増えている。M&AにおいてPMIがより重要で難易度が増すのが、合弁会社設立や新設合併する場合である。買収や吸収合併であれば、買収元・合併時のベースとなる企業の業務・データ・ITシステムをそのまま移行することになるが、合弁会社設立・新設合併の場合、出資元双方との連携を意識した業務・データ・ITシステム設計が必要になるからだ。製造業の合弁会社設立のケースとして、例えば国内外限らず自動車業界では電気自動車(EV)開発や自動運転技術の開発において、競合会社間の合弁会社設立や自動車メーカーとITなどの他業種との合弁会社設立が進んでいる。
日本の製造業は、QCサークル(小集団改善活動)に代表されるような現場レベルの改善を得意としてきた。このような活動がとても大切であることは言うまでもないが、事業や製品の改善を繰り返すこのアプローチだけでは、顧客ニーズや競争環境、社会的要請など、変化の頻度も量も多い現在のビジネス環境には不十分である。日本の製造業にとってM&Aは、経営リスクを減らしつつ、事業構造の転換を含む顧客提供価値の大幅な向上や自社の売上・資源の成長拡大に非常に有効なツールである。企業の製品やサービス、技術力を急激に成長・変化させた事例の多くにM&Aが貢献している。
また、日本の製造業は人材不足にも悩まされている。少子高齢化・人手不足が叫ばれるようになったが、日本の製造業はそれ以前から人材不足の問題を抱えている。工場という大規模な施設を持つ必要があるため、都心部ではなく郊外に立地せざるを得ないという事情があるからだ。そのため買収・売却等を通じて経営をスリム化したり、合弁会社を設立して生産・物流拠点集約を進めたりしている。
このようなM&Aが増える傾向は今後も続くことが容易に想像でき、同時にPMIの重要性がますます高まっていくことになる。
2. PMIの現状・問題点を振り返る
一般的なM&Aは、M&A戦略立案、ディール、PMIという流れで進むことが多い。そして、ディールとPMIの間に断絶があり、M&Aの成功と失敗を分ける要因になっている(図1)。
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図1:M&Aの大まかな流れとPMIが難しくなるポイント
役職や部門の担当業務領域、専門性の観点からM&A戦略立案やディールについては、経営層や経営戦略部門がリードすることが多く、PMIになると個々の業務部門やIT部門がリードすることが多い。同じ役割に対してプレーヤーが変わり、M&Aに対するモチベーション、目的の理解に温度差が出てくる。M&Aはオーナー企業が成功しやすいと言われる理由がここにある。オーナー企業の場合、プレーヤーを変えずオーナーが一貫してリーダーシップを執れるからだ。
また、M&A戦略立案やディールには法律事務所や会計事務所、戦略コンサルタントのような専門の相談先がある。しかしECMとSCM領域まで含めたPMIになると、そのような受け皿は少ない。企業においても自分たちの業務である以上、外部に相談するのではなく自分たちで解決すべきという考え方もあろう。ただし、企業にいるのは自社業務を推進・改善するプロフェッショナルであり、複数の企業の業務・データ・ITシステムを統一、連携させるためのプロフェッショナルではない点には注意が必要だ。
買収や合併、合弁会社設立までは完了しているが、PMIになると組織・人事・経営管理までは済んでいても、肝心なものづくり業務(ECM/SCM)のデータ・業務・ITシステムの統合に手がついておらず、現場の個人的な人脈や手作業で連携しているような状況であることが多い。このような状況が長期間にわたって放置され、M&Aの成果やM&Aした会社や拠点ごとの状況がまったく見えずに困っているという読者も多いのではないだろうか。PMIだけが要因ではないだろうが、M&A後に損失を計上してしまったケースも多く確認できる。
それゆえに、筆者らはものづくりの実務まで踏み込んだPMIを完遂することの重要性やその方法を改めて提唱したい。
3. PMIをやりきるために必要なこととは?
PMIはA:PMI構想検討、B:PMI計画立案、C:PMI実行の三つの段階に分けて進めていく(表1)。
表1:PMI推進フレームワーク
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A)PMI構想検討
PMI構想では、PMI計画・実行を進める上でのスコープや論点、役割、規模感の見積もりなどを行い整理する。M&A成立前に実施することが望ましいが、ガン・ジャンピング規制などに抵触しないようにM&A対象の会社の情報共有には特段の配慮が必要になる。もちろん、価格情報や取引先・取引条件などの情報までは不要だ。
PMI構想検討では以下のような観点で会社間の業務・データ・ITのギャップを洗い出す(表1のA-1ギャップ・アセスメント)。そして、それらのギャップに対し、移行方針を検討する(表1のA-2インテグレーション・ブループリント)。その際、規制を順守し、お互いの情報を相手方に開示することなく、PMI実行時の論点だけを抽出できるように、間に第三者機関を入れて、情報にマスキングするといった配慮が必要だ。
PMI構想検討で論点を洗い出す主な観点
■業務プロセス
- ECM/SCMを実行している組織とその役割・人数規模
- 図面や部品表の変更管理方法
- 開発ゲート管理
- 需給調整の業務ルール
- 生産上の制約(工場の規模・設備・周辺の取引先など)
- 工場内・工場外の在庫管理ポイント
- 原価管理
- 製品・部品のトレーサビリティ要件
- 品質保証
- 品質管理基準(ISO9001等)
■データ
- ECM/SCMの主要なマスターデータである品番と部品表の構造
- ドキュメント管理ルール(ドキュメント番号、フォーマット等)
■ITシステム
- ECMに関わるITシステム(CAD/PLM等)
- SCMに関わるITシステム(ERP/SCP/MES/CPQ/SFA等)
- その他業務共通システム(ETL/DWH/会計等)
例えば、同じ組織名でも役割が違っていたり、同じ組織・役割でも業務量が異なっていたりする。同じパッケージシステムでも標準機能の使用範囲が合わなかったり、アドオン開発していたりする。このような違いを洗い出し、PMI計画立案・実行時の論点を明確にする。筆者らが経験した一例としては、類似する製品を開発・生産・販売している二社間のM&Aにおいて、購買部門の業務機能は同じであったが、人員数や購買品目が大きく異なっていた。これはBOM構造の違いに起因するもので、工場の広さの違いから部品倉庫に格納できる品目のサイズや量に制約があったほか、導入されていた生産設備の違いから組立・加工できる品目にも違いがあった。PMI方針検討ではBOMや取引先、取引条件の共有まではしないが、部門の役割・人数規模から類推することができる。
またM&A前に生産していた製品をM&A後はどのように扱うか、業務・データ・ITシステムはまったく新しく作るか、あるいはいずれかの企業をベースにするかの方針も決める。多くの場合、業務・データ・ITシステムを刷新すること自体がM&Aの目的になることは少なく、買収元、出資比率の大小、主要な製品の有無などの観点からいずれかの企業がベースになることが多い。
このような検討は、PMI構想検討という目的に限らず、実務レベルから見たM&Aのスコープや契約条件の検討という側面もある。業務機能やシステムごとにPMIの方向性が見えてくるため、ディールにおける重要なインプット情報になる。
B)PMI計画立案
ここからはM&A契約締結後に着手する。締結が社内外に公表されることで実務メンバーの参画を促せるようになり、詳細な検討が加速する。A)PMI構想検討で作成した論点、業務・データ・ITシステムの統合方針を基にして、M&A完了後の姿を描いていく(表1のB-1マイグレーション・プランニング)。
M&A完了後の姿を考える視点として以下の組み合わせで検討すると整理しやすい。
- 業務領域
- M&A完了後の最終的な業務・データ・ITシステム(TOBE)
- 上記の最終的な状態に至るまでの業務・データ・ITシステム(CANBE)
- M&A完了後に開発生産される製品
- M&A完了前から各社で開発生産されている製品
当社では、上記の組み合わせに対してECM/SCM観点のアセスメント項目(表2)を持っており、検討の抜け漏れが生じないようにしている。このようなアセスメント項目がない企業においても、事前に関係会社間で討議してアセスメント項目を洗い出し、実務メンバー間でその内容を検討して、PMI実行計画を立案する。A)PMI構想検討で業務・データ・ITシステムのベースとなる企業を決めている場合が多いので、それに合わせるような実行計画を立てることになる。PMIの統合度合いを考えると、「統合しない」「システムを統合」「システムとデータを統合」「システムとデータと業務を統合」の順で統合度合いが強くなる。PMIを推進するからと言ってすべてを統合する必要はなく、M&Aの目的実現性に合わせて考えていくことが大切だ。設計変更のような業務は統一させる方が好ましいし、製造業務であれば工場の広さや設備、周辺取引先の状況次第では統一自体が非効率になる場合がある。
表2:PMI構想検討やPMI計画立案で討議する項目の例(クニエのテンプレートの一部を記載)
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上記のような検討を通じて、投資承認を得るためにPMIの費用対効果を算出する。M&A契約締結後からM&A完了までに発生する費用とM&A完了後に発生する費用の2つがあり、後者については企業間の負担調整が必要になる。なお、費用対効果は、PMI構想時にもラフに試算する。こちらは、デューデリジェンス観点、M&Aの可否加点での評価になる。
C)PMI実行
PMI実行は、通常の業務改革やシステム導入プロジェクトと変わらない。プロジェクト管理(表1のC-1マイグレーション・プログレス・マネジメント)と実行(表1のC-2インテグレーテッド・オペレーション・デザイン)の2つの観点で推進する。
C-1について、PMIでは、業務・ITともにすでにいずれかの会社での使用実績があるため、移行時のリスクや対策を見積りやすいという特徴がある。しかし、もともと活動に必要なメンバーやシステムが会社数分だけ増えるため、管理対象が多くなり、進捗管理・品質管理の難易度が上がりやすい。各領域のキーマンを巻き込むことが重要な点は通常のプロジェクトと同様だが、M&A後の新組織にキーマンが継続して残ってもらうことがM&A特有のポイントになる。
C-2を推進する上で問題になりやすいのがデータである。買収された側や出資比率の低い側など、業務・データ・ITシステムを合わせに行く方の会社が影響を受ける。新しいITシステムにデータを移行することになるが、新システムに合わせてデータ項目の変更が必要な場合に注意が必要となる。また、M&Aの形態次第では、出資元企業へのデータ提供が求められる場合があり、そのインターフェースや新業務が必要になる。こちらはまったく新しいインターフェースと業務になるため、問題が生じやすく注意が必要である。
4. おわりに
日本に限った話ではないかもしれないが、製造業を取り巻く環境を見ると自社単独で成長戦略を描くことが難しくなっている。顧客ニーズの多様化や社会的要請への対応がこれまで以上に求められ、自社製品だけでは価値ある製品やサービスの提供に至らず、複数企業・複数製品の組み合わせによる提供価値の拡大が必要になっている。また、少子高齢化が進み、開発・生産人員の確保に苦慮するようになった。そのような状況においてM&Aは有効な手段である。今後も買収・合併は増えると思われ、よりリスクを抑えやすい出資や合弁会社設立のディールも増えるだろう。そのどちらでもPMIが重要になる。なぜならばPMIが成功して初めてM&Aの成果が得られるからだ。
本稿はこれからM&Aすることを想定して書かれてはいるものの、M&Aが完了した場合にもあてはまる。M&Aした企業、海外に作った合弁生産会社などについて、状況が見えないといった悩みを抱えている企業は多いのではないだろうか。地産地消が進んでいるとはいえ、まったく見えない状態では経営意思決定もできない。
自社のPMIが適切にできているか、あらためて振り返ってみてはいかがだろうか。
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