2024.11.11
スピーディな戦略・施策実現のために人事システムはどうあるべきか
【第2回】人事業務をエコシステム化した際の落とし穴を回避するには
岩佐 政志 内波 卓也
Summary
- ・時流に応じた人事トレンドにスピーディに対応するためには、情報システムのエコシステム化が有効
- ・一方、エコシステム化後に「業務と機能のアンマッチ」を課題と感じる企業も少なくない
- ・エコシステム化によるリスクを顕在化させないためには事前の全体構想が重要
エコシステム化は業務課題解決の最適解か
第1回でも触れた通り、人事業務にまつわる情報システムおよびサービスは近年、用途別や目的別に特化したものが大量にローンチされている。このような状況の下、企業の人事部門は必然的にさまざまな人事システム/サービスを組み合わせて自社の業務をどのように実現するか、つまりエコシステム化の検討が求められるようになっている。
しかし単純にエコシステム化するだけですべての課題を解決できるかというと、必ずしもそうとはいえない。
筆者はこれまで、業種が異なる国内外の多くの企業の人事部門担当者と、人事システムの最適化について議論を交わしてきた。その中で数多く聞かれたのが、以下の例のような問題認識と対策案だ。
- 働き方改革に対応すべく従来の就業システムからSaaS型のサービスに切り替えたが、自社の制度とマッチせず、別製品(サービス)への切り替えを検討している
- 海外企業の日本法人で、本社が用意した人事パッケージでは給与面で日本の法制度に合わず改修を繰り返すも限界があり、給与業務をBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)に委託した
- 国内企業で、海外支社を含めたグローバル人材管理(タレントマネジメント)を実現すべくグローバルに対応した人事パッケージを導入した。しかし日本独自の法制度への対応度合いは低く、給与と就業領域のみを国産人事パッケージに切り替えることを検討している
これらを鑑みるに、「業務と機能がアンマッチを起こしている」「人事システムでアンマッチ部分だけを別製品(サービス)へ切り替えた、切り替えを検討している」という企業が多いことがうかがえる。
図1:人事業務をエコシステム化した場合のイメージ図
ではなぜ業務を最適な粒度で分割し、最適な機能(システム)を選択するエコシステムで構築した人事システムがこのような結果を引き起こしているのであろうか?
答えは「構想策定の実施有無とその成否」にあると筆者は考えている。
構想策定の必要性と押さえるべきポイント
構想策定とは、経営戦略や人事戦略を実現するために必要な業務やシステムの“To-Be像(あるべき姿)”を明確に定義してゴールを定めるとともに、関係者との共通認識を形成する工程である。構想策定をせずに業務のシステム化を行った場合、各業務の担当者間での共通認識、ゴールがバラバラになってしまい、できあがったシステムにある種の歪みが生じてしまう。この歪みが、アンケート結果にもある「解決できなかった課題」の一因になる。
構想策定ではいくつかのプロセスがあり、プロセスを適切に消化していくことが重要だ。構想策定には大きく5つのステップがある(図2)。本稿では特に重要度が高い、構想策定の土台となる「現状分析」と後続計画の基本方針を定める「方針策定」にフォーカスして論じていく。
図2:構想策定のプロセス
現状分析と方針策定の進め方と失敗例に対する考察
それぞれのステップのポイントを整理した上で、先に述べた失敗例と照らし合わせ、何に起因して業務と機能のアンマッチが発生したのか考察を加えていく。
現状分析
このステップの目的は「現在の業務を把握し、解決すべき事項を整理したうえで業務の将来像を描くこと」である。成功させるための要素は以下の通りだ。
- 現在の業務が抜け漏れなく洗い出されているか
- 業務マニュアル等の既存文書のみをスコープとしない
- 各業務担当者へのインタビューなどを通して「文書化されていない属人化された業務」も拾い上げる
いずれも「現行業務の洗い出しに抜け漏れを生じさせない方法をとること」に着目した要素である。
業務と機能のアンマッチを引き起こす要因の多くは「現行業務の洗い出し不足」である。現状把握が不十分なまま、正しい将来像を描くことはできない。
本ステップの質を高めるには、業務の洗い出しに加え、将来像において現行業務が網羅されているかの「振り返り」も重要だ。振り返りとは一般的にはプロジェクト終了後に、主にKPTフレームワークを用いて「次のプロジェクトに活かす」ための教訓を得る活動を指すが、このタイミングでの振り返りは“網羅性の再確認”を意味する。網羅性を確認するための手順は大きく二つに分けられる。
一つは出来上がった業務一覧/フローと作成元とした既存資料、インタビュー議事録の突合である。この作業で、そもそもの母体なる作成元と作成物(業務一覧/フロー)に齟齬や抜け漏れが生じていないかの机上検証が行える。
もう一つは、出来上がった現行業務一覧/フローの関係者全員を交えたウォークスルーレビューである。IT用語としてのウォークスルーは「複数の関係者を交えた成果物の内容説明」という意味で用いられる。複数の関係者に対して完成版の一覧/フローを説明する機会を設けることで、関係者間の認識齟齬解消、異なる担当者からの抜け漏れ指摘等の効果が得られる。
この二つの手順で振り返りを行うことで、プロジェクトスタート段階からゴール像のベクトルを合わせることができる。
方針策定
このステップの目的は、「業務の将来像をシステムで実現する際の基本方針を定めること」である。構想策定フェーズのなかでも中核といえるステップである。
このステップでは、「デジタルを用いて業務の将来像をどのように実現するか」の根幹を定めていく。つまり「開発に関する基本方針」である。その中でも、機能/データ配置とデータ連携の方針は優先すべき事項だ。なぜなら、これらの事項は後から方針を変更した場合、手戻り作業に膨大な労力を要するケースが多いからである。その他、このステップでは利用者にとっての利便性、蓄積したデータの可用性、構築したシステムの拡張性をどこまで求めるかを検討することが成功へ導くためのポイントである。それらを踏まえ、このステップで検討すべき要素を述べていく。
➀機能配置
業務のまとまり(例えば月次の給与計算業務)をひとつの「機能群」として捉え、その構成要素である個々の業務プロセスを「機能」として分解していく。そして分解した「機能」を「機能群」の中に配置する。これにより、従来の業務のまとまり(機能群)で重複していた業務(機能)が集約され、業務プロセスのシンプル化が図れる。
②データ配置
➀の結果を受け、機能によって作られた情報(データ)の源泉がどの機能群に属するかを検討・再配置する。これにより機能とデータの関係性が明確になり、「このデータはどの機能が主管すべきか」、そして業務運用において「そのデータを主管すべき担当者は誰か」が明確になる。
③データ連携
マイクロサービスでシステムを構築する場合、各システム(サービス)間でのデータ授受方式/タイミングを定める。業務での利用頻度に応じて連携方法(手動/自動)とサイクル(年次/月次/日次/随時)等を検討していく。加えて連携方法を自動化する場合、連携用に別システム(サービス)の要否判定を行う基準も定める。これにより、システム(サービス)を跨ぐ業務の制約事項が明確になるため、利用者にとって許容できる範囲の制約か否かの検討がスムーズになる。
④利用者にとっての利便性
システム利用者が求める機能以外の要求事項(画面配置、マルチデバイス、他言語対応)等を整理し基準を定める。あわせて機能全般に跨る操作性(ペーパーレスを意識した帳票設計等)の基準を定める。これにより、将来的に業務担当者がどのような操作性で機能(業務)を行えるかの目線を合わせることができる。
⑤データの可用性
新たなシステム(サービス)に蓄積されていくデータを利活用することを予め想定し、データ設計の基準(データの所在、抽出/加工の容易性)を定める。これにより、将来で突発的にデータ分析のニーズが生じた場合でも、迅速に対応可能になる。
⑥システムの拡張性
新たなシステムを運用していくうえで生じる、社会的要因/法制度改定等の新たな業務を実現する場合に備え、拡張を容易に進めるための事項(システムの基軸はどこに置くか/連携用システム・サービスをどのように構えるか)の基本方針を定める。これにより、将来的なシステム拡張が見込める。
よりよい「エコシステム」の実現に向けて
現状、各企業の人事業務は一定の範囲でエコシステム化が実施されていると考えられる。ただし、「正しいプロセス」を経てエコシステム化されている割合は低く、業務をシステム化した後も課題が残り続けているのが現状だ。これを避けるためには、エコシステム化を前提とした構想策定が必要不可欠であることをあらためて認識いただきたい。
おわりに
以上、人事エコシステム実現に向けた進め方と留意点を述べてきた。実行に際しては業務とシステム双方の知見に加え、多様なステークホルダーを取りまとめ、ゴールへと導くプロジェクトマネジメントのスキルも必要となるが、知見とスキルを兼ね備えた人材を各企業が独自に揃えるのは難易度が高いのが実態だ。そのためエコシステム化を目指した構想策定を行う際には、知見とスキルの双方を兼ね備えた外部リソースの支援を仰ぐことも選択肢の一つとして積極的に検討することで、自社の「業務と機能のベストマッチ」を実現していただければと思う。
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