2024.10.23

スピーディな戦略・施策実現のために人事システムはどうあるべきか

【第1回】人事業務の変遷とエコシステムという選択肢

岩佐 政志 内波 卓也 

Summary

  • ・人事業務・システムの投資の中心は給与計算などのオペレーションからタレントマネジメントといった戦略領域へとシフトしている
  • ・従来のシステムの考え方の延長では、人事戦略・施策の実現および最新のIT技術トレンドへ対応するためのコスト、スピードともに適さないケースが顕著
  • ・SaaSを適材適所に組み合わせることによるエコシステムの構築が今やメインストリームとなっている

企業の人材に対する認識変化

「働き方改革」「ジョブ型雇用」「人的資本開示」「健康経営」「男性育休」など、これらの言葉は人事に関連するトレンドとして昨今各所で唱えられている周知の事柄と言ってよい。人事関連のトレンドは目まぐるしく変わることに加え、ブームが過ぎ去ったからといって対応が不要ということにはならず、定型業務の一部として組み込まれることも多い。これは、社会的風潮も含めて企業内で人材への認識が大きく変化してきたためである。
また、一億総活躍社会を掲げた「働き方改革」に代表される各種の法改正によって社会全体が生産性と働きやすさを重視するようになり、さらにコロナ禍によって後押しされたリモートワーク、ハイブリッドワークも、より柔軟な働き方を実現するための手段として定着しつつある。
このような背景の中で、就業時間や場所に影響を受けないように個人の役割を明確化したジョブ型雇用の導入も急速に広がりを見せるようになった。また人的資本開示の義務化は、本格的な「人的資本経営」へ踏み出すことを促すものであり、上記含む人材戦略推進の後押しとなることは間違いない。

本連載では今後も継続して変革が予想される人事業務のトレンドにいち早く、簡易に対応するための手段を提示していきたい。

これまでの人事システムにおいて拡張が求められたケースでの対応

人事情報を一元管理し、身上変更や発令、勤怠の管理、給与計算、近年ではタレントマネジメントの実施にあたってシステムを用いることは一般的となっている。通例、人事業務のシステムはオーダーメイドとするか、もしくはパッケージシステムを利用するという対応が主流であり、原則として単一システムの中で業務を完結させる「All-in-One」が一般的で、導入後に法改正含め新規の対応が必要となった際には、アドオン開発やパッケージの機能拡張といった対応を取っていた。

前者は要件定義を含め、多額のコストと長い期間を要する。また、継ぎ足しに継ぎ足しを重ねた結果、誰もシステムの全容がわからずメンテナンスができなくなるといったこともよく聞く。
後者はパッケージベンダーに依存するため、対応の要否・内容ともに自社でコントロール可能な部分が少ない。しかし法改正など、確実な対応が必要なものについては要否も対応内容も明確であるため、これまで人事担当者はコストの大小にかかわらず必要なシステム対応を行っていた。

では今後の人事業務の在り方を考えた時、これまでと同じ対応で問題ないのだろうか?
かつては給与計算といったオペレーションが人事業務の要であり投資対象の中心だった。しかし現在では社員の最適な配置・育成を目指すタレントマネジメントや、公私を通じた社員幸福度の向上を指標とするWell-beingの重視へと人事業務のトレンドは変遷している。

人事システムに必要な「エコシステム」という概念

昨今は人材獲得や社員の定着化に向け、他社との差別化を図り、重視する人材戦略および文化・社風に沿った新たな人事施策の実行を試みる企業が増えている。このような潮流の中、人事業務にまつわる情報システムおよびサービスも用途別/目的別に特化したものが大量にローンチされている。
人事業務が会計や物流、調達など他の基幹系業務と大きく異なる点は、扱うリソース(資源)が自社の“ヒト”という点であり、法改正や制度改定といったファンダメンタルな外的要因に加え、社会的風潮(ダイバーシティ&インクルージョン、エクスペリエンス向上、ESG経営、健康経営銘柄 etc.)といった要因で、取り扱うデータが時流に応じて変化するということだ。加えて個人情報の管理についても年々厳格化が進んでおり、堅牢なセキュリティ下でのデータ管理も求められる。つまり普遍的なデータから時流に応じたデータまでを柔軟に、かつ強固なセキュリティのもとで管理できるシステムが求められるということだ。
そしてこれらを実現する手段の一つが、エコシステム*1であると筆者は考える。これは人事業務全体を一つのシステムとして構築するのではなく、業務単位でシステムを分けて複数のシステムの集合体とする手法だ。
*1 エコシステム:本来は生態系を表す言葉。近年のビジネス(特にIT)および本稿では「さまざまな業界、製品、サービスを掛け合わせることでバリューを生み出す」概念として用いる。

SaaSを活用して最適なシステムを組み合わせる

迅速かつ柔軟な対応が求められる近年の人事システムにおいて、パッケージの既存機能の活用だけでは困難な部分も多い。そもそも企業が独自で打ち出す人事施策のような、対応方法自体が揺れ動くような試みに対して逐一アドオンのためのリソースを割くことは現実的ではない。

そこで検討したいのがSaaS(Software as a Service)*2の活用である。近年、技術の進化に伴うSaaSの台頭により安価で、導入工数も比較的少ない製品、サービスのラインナップが増えている。ベンダー管理によるセキュアな環境下で、トレンドに対し即応可能であることが魅力だ。また、システムごとに異なる特徴を備えているので、やりたいことに対して必要十分にマッチするものが存在している可能性も高い。
*2 SaaS:クラウド上のアプリケーションをベンダーが提供し、ユーザーはインターネットを経由して用いることができるサービス。従来のオンプレミスとは異なり、ユーザーはインフラの準備が不要でサービス利用が可能となる。

既存の単一システムに固執して、やりたいことを諦める、もしくは無理に実現しようとするのではなく、やりたい内容を実現するために最適なシステムを選択して組み合わせる。これが今後の人事システムのあるべき姿であると言えるのではないだろうか。また、もし不要、もしくは別のソリューションへのリプレイスが望ましい場合には利用停止も比較的容易なこともSaaSだからこその魅力だ。

人事業務でのエコシステム活用例

以下は、SaaSを活用した人事戦略実現の一例である。

BIツールとの連携
人事システムが持つ帳票機能に比べ、BIツールは分析に特化していることが多いため、より高度なグラフ、データのドリルダウンなどが期待できる。また評価情報と社員のスケジュールやチャット履歴などを組み合わせたハイパフォーマー分析など、人事システムに保持している項目以外を組み合わせた分析によって、より経営に連動した会社独自の人的資本の開示が可能となる。

リファラル・アルムナイ採用
アルムナイに特化したシステムも増えている。アルムナイとは卒業生を意味する言葉であり、自社の退職者を再び雇用することをアルムナイ採用という。企業・候補者ともに双方を理解している為ミスマッチが発生しにくく、近年注目を集めている手法だ。従来からあるような新規採用・中途採用の採用管理システムに加え、優秀な人材獲得の競争激化を背景にリファラル採用やアルムナイに特化したシステムも増えている。

採用に特化したシステムから人事業務システムへの連携の相性は述べるまでもないが、人事業務システムからアルムナイシステムへ情報連携することで在職時の業務経験歴やスキルセットの入力の手間を削減して利用者の利便性を高められるほか、企業にとってもより統一された基準で人材を探す運用が可能になるといった相互でのシナジーの発揮も期待できる。(なお、退職者の情報の取り扱いに関しては、本人同意を含め厳密な考慮・取り決めが必要である)

リスキリング
リスキリングとは、従業員が新たなスキルや業務を学び直すことを指す。DX人材の重要性が高まっている現在、適切に社員への教育を施すための研修管理システムは必須と言えるだろう。またスキル管理システムもあると、より体系的かつ効果的な研修の定着を図ることができる。人事システムに保持している人材情報を起点に研修管理~スキル管理~評価やエンゲージメント、ひいては給与計算にまで繋げるような業務フローの構築も可能だ。

上記はあくまで各企業で共通的に有効であると考えられる活用の一例である。タレントマネジメントとしての観点以外にも販売業務等における需要予測を取り入れた勤務シフト作成や、今や社内でのコミュニケーション基盤として定着していることが多いビジネスチャットで身上申請や打刻を行えるようにすることで申請者・承認者双方の手間を削減し、よりリアルタイムに近い情報の共有に寄与するなど、各社の業種/業態に合わせて構築の可能性は無限に存在する。また、近年成長が著しいAIとの組み合わせも将来的には有望と思われる。

エコシステム構築のデメリット

一方、エコシステムでの構築・運用についてパッケージなどの「All-in-One」形態に比べた際のデメリットも当然存在する。

①煩雑なやり取り
各システムのベンダーが異なるため、複数の窓口とのコミュニケーションが発生する。

②データ連携のための仕組みの構築
各システムを適切に繋ぐための仕組みが必要となる。API、インターフェース、手動での連携などいくつかの手段はあるが、追加のコストと連携失敗時のリスク、リカバリーの準備が発生してしまう。

③一貫性のないUI/UX
製品が異なるため、業務によって異なる使い心地のシステムを用いなければならない。デザインに一貫性がないことに加え、操作性も製品によって異なるためユーザーが混乱を来さないように業務フローやマニュアルの整備が必要となる。

表1:「All-in-One」とエコシステムのメリット/デメリット

 

費用面については、どちらが抑制できるか慎重な検討が必要となるだろう。

単一のSaaS導入だけであれば安価で済むが、連携させるシステムが多くなればその分の費用はもちろんのこと、連携させる仕組みそのものにも構築・維持のコストが必要となる。しかし、自社にとって必要のない機能を多く抱えているパッケージシステムを抱え続けるよりは、トータルで安上がりになる可能性がある。必要な機能を効率的に構築・運用するためには何が必要なのか、将来性も併せて総合的に判断していただきたい。

おわりに

自社にとって必要な業務を定義して業務ごとに最適なシステムを導入し、ただ法に従うだけでない効率的かつユニークな人事業務を実現する。すなわち、より“ヒト”を重要視するこの時代に魅力的な人事制度の導入を実現し企業価値を高めるためには、エコシステムが有効であると筆者は考えている。

第1回ではエコシステムという選択肢の有用性について述べてきたが、第2回目においてはエコシステムという選択が孕むリスクや陥りがちなポイントについて深掘りし、対応策とともに述べていく。

岩佐 政志

HRテクノロジー担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

内波 卓也

HRテクノロジー担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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