2024.09.19

BtoBビジネスにおけるカスタマーエクスペリエンス向上の要点

【第3回】実効性のあるクローズドループの仕組み

伊藤 大景 

第1回では1980年代から提唱されてきたカスタマーエクスペリエンス(CX)の現在における議論の要点と、CX主要論点のうちカスタマージャーニーの考え方について概説した。続く第2回ではCXの主要論点の続きとして、トランザクショナルなカスタマージャーニーが描きにくいBtoBビジネスにおけるCXドライバーの考え方、CXKPI/評価制度設計の考え方について考察した。
そして第3回では、顧客の声の分析に基づき実際のサービス・製品を改善する一連の流れ(クローズドループ)において、重視すべきポイントについて考察していく。また、第2回で簡単に触れたCXKPIと収益との相関についても改めて解説し、本連載の締めくくりとして新規事業立案におけるCXの有効性についても言及する。

実効性のあるクローズドループで必要な要素

CXの改善を効果的に行うためには、顧客フィードバックの情報収集から報告・改善に至るサイクル、クローズドループの構築が不可欠である。CXに関連するKPI(NPSやNPIなど)や、これに紐づくCXドライバーが設定されていたとしても、そのフィードバックが企業全体で適切に共有されなければCX向上の施策は効果を発揮しない。KPIの結果数値が経営層に迅速かつ正確に報告され、社内の各組織部門に具体的な改善指示が出される体制が重要である。加えて、企業の組織体制が「事業部制(持株会社制含む)」か、または「機能部制」をとっているかによってもクローズドループの設計方法は異なり、それぞれの特性を考慮した上で改善策を立案する必要がある。
以降、事業部制/機能部制それぞれで重視するべきポイントを解説する。
 
■「事業部制」の場合
事業部制(持株会社制含む)で運営される企業においては、事業部ごとにCXの設計が行われるため、各事業独自のCXドライバーが設定されているはずである。従って、それらに応じたKPIや目標値についても各事業部独自の指標が設定される。近年、持株会社またはCX統括部門において、各事業部固有のCXKPIを統一的に評価する指標をいかに設計するかが課題になっている企業が増加している。
各事業部がVOC調査や顧客アンケート調査を独自で実施している場合、それらのデータを事業部横断で集約する仕組みが存在しない、あるいは顧客調査結果が全社横断の会議体で報告される仕組みが存在せず、グループ企業全体での統一的なCX管理が仕組み上不可能な体制となっているケースがある。
また、仮にそうした全社横断的な情報共有体制ができていたとしても、その結果を受けてサービス改善のアクションを実行する主体は各事業部ということになる。そうなるとサービス設計そのものやサービス提供プロセスを変えるといった抜本的な改善活動に必要な予算措置やリソース確保は各事業部に任されるため、持株会社やCX統括部門が強制力を働かせることはできない。また、そもそも各事業部特有の業務課題や実行プロセスを詳細に把握できていないことの方が多い。
 
ではどのようにグループ企業全体でのCXを底上げしていくかといえば、各事業部門における役員層の報酬体系とCXKPI達成度を連動させることが一つの解決策となる。それも役員報酬のうち、CXKPI達成度の構成比を少なくとも1割以上に設定しないと、改善活動を実行していくドライバーにはなりえない。なぜなら、こうした改善活動は役員層が意思決定すべき事業ポートフォリオ予算のうち、かなりの割合を投資しないと実現困難な場合があるからである。一口に顧客接点の改善といっても、たった一つのオペレーションや製品仕様を変更するだけでも数億円のコストが発生するケースもあり得る。それに見合った顧客価値と収益相関が見込めると判断できれば、こうした改善策を実行すべきであり、それは役員層にしか決断できない事項だ。こうした意思決定の成否がCXKPIの評価結果に反映されるため、役員報酬とCXKPIはCX改善にかかる想定投資規模に応じて連動するべきであり、これが事業部制におけるクローズドループとなる。
 
■「機能部制」の場合
機能部制で運営される企業においては、全社横断でCXドライバーに応じて設計されるCXを、対応する各機能部の担当業務に分解したうえで、全社横断的な指標・目標値を設定していくこととなる。よって、各機能部における組織特性と課題を踏まえた制度設計が必要である。顧客期待に応じたカスタムオーダーメイドのソリューションを提供する場合、プロジェクト期間中に新たな機能開発が必要となるケースや当初のプロジェクト収支計画の変更も想定される。そうした流動的なサービス提供プロセスの中では、営業部門等、直接顧客接点を持つ担当部署で行う顧客期待値の管理もさることながら、直接的に顧客と接点を持たないバックオフィス部門のパフォーマンスについてもCXKPIの設定対象とすることが必要だ。ここで重要になるのは顧客期待に応じて柔軟性を持ったサービス提供体制を設計できるかであり、それはサービス・製品開発、契約プロセス、事業収支に関連する決裁プロセス、アフターフォロー体制、顧客との継続的な接点の頻度と質の担保といった各事項において、顧客の期待水準を上回るレベルのサービスを提供できる体制を整備することに他ならない。そしてそれらの水準を各機能部単位でCXKPIとして定義し、継続的にモニタリング、評価分析、改善施策実行していくことが重要である。
 
また、こうしたクローズドループを回すためには、トップダウンとボトムアップの両方のアプローチが必要である。トップダウンでは、経営判断によって部門横断的な業務改善を実現させる一方、ボトムアップでは現場からのフィードバックや業務改善提案が行われ、全社横断的に議論される場が設定されていることが望ましい。
各機能部を横断した業務プロセスや製品・サービスの改善には、工数やコスト、財務への影響、顧客への負担等を考慮した経営判断が欠かせず、現場からのボトムアップに加え、強力なトップダウンの意思決定が改善の効果的な推進につながる。

■具体的なクローズドループの考え方
ではこうした事業部制、機能部制それぞれの課題を踏まえた上でどのようなクローズドループの在り方が考えられるだろうか。
事業部制における持株会社やCX統括部門、あるいは各機能部を横断的に評価する部門においては、各事業部や機能部それぞれで異なるドライバーを統合した結果指標を管理することになる。具体的な改善活動はこうした実行部門に委ねられるとしても、結果指標であるNPSやNPIの値は全社で継続的にモニタリングされる体制が必要である。全社のCXを管理する部門が主体となってVOC調査やアンケート調査を実施する場合、各事業部や機能部で実施する調査内容のような具体的な質問に踏み込めずとも、CXドライバーに対応した一段抽象化した質問を盛り込むことでCXの評価は可能となる。例えば以下のような質問が考えられる。

  • 弊社のご提案内容はお客さまの経営課題・事業課題・業務課題を的確に踏まえた提案となっていましたか
  • 本プロジェクトにおいて達成すべき事業目標に対して、弊社メンバーはその達成に向けて局面に応じた効果的なアクションをとれていましたか
  • 事業目標達成が困難な局面において、弊社メンバーはその状況をリカバリーするための効果的・具体的なアクションが取れていましたか
  • 一連のサービス提供プロセスにおいて、貴社の事業スケジュールに即した組織的な対応ができていましたか

これらの質問を全てのプロジェクトにおいて継続的にモニタリングし、その結果を定量的に評価して全社フィードバックすることがクローズドループを回す最初の一手となる。そして、これらの質問項目が、各事業部、機能部の設定するCXドライバーのどの項目に該当するかの紐づけができていれば、数値の改善が必要となった時にどのプロセスを改善するべきかといった原因特定をスムーズに行うことができる。
 
上述したことをまとめると、実効性のあるクローズドループの要点は以下の3点に集約される。

  1. CXKPIと役員報酬の連動
  2. 組織横断で評価する指標の設計
  3. 調査→分析→全社結果共有→各部門へのフィードバック→改善施策検討→投資判断→実行→成功事例共有→調査→分析・・・といったクローズドループの仕組み化・制度化

CXアンケート調査が終わっている状況から、サービス・製品の継続的な改善につなげていくためには強力なリーダーシップが欠かせない。そのための仕組みとして役員報酬連動がある。また、事業部ごとにサイロ化したクローズドループからの脱却、機能部門がCXKPIの外に置かれることによる改善の足かせを取り除くため、組織横断で評価する指標の設計を行う。そして、クローズドループの一連のプロセスを仕組み化・制度化することにより、ある特定の個人や組織がさまざまなステークホルダーを巻き込みながらアドホックに推進するのではなく、企業グループの制度としてクローズドループを導入することで、個人や組織の力量に依存せずにCXを向上させていくことができる。

CXと収益の相関

第2回の連載でも簡単に触れたが、CXの改善がBtoB向け企業にとって収益にどのような影響を与えるかは重要な論点である。実際に筆者も「収益につながるCX改善施策を行うように」という役員層の声を聞くことがある。つまり全方位的にCX施策を打つのではなく、収益に直結する投資対効果の高い施策のみ実行すべき、という趣旨である。理論上、CXドライバーに基づき適切に測定されたCXKPIは、収益と有意に相関を示す数々の研究や論文が世に出ている。重要なのは考え方の方向性を転換することであり、「NPSを上げれば収益が上がるのか」ではなく、「収益が上がるようなCXを設計すれば、必然的にNPSも上がる」という考え方に180度転換する必要がある。
ジョン・グッドマンの著作である「顧客体験の教科書」[1]によると、製品やサービスがコモディティ化した市場においても、CXドライバーの把握と強化が収益を向上させる実例が数多く見られる。特に製品やサービスが差別化しにくい市場では、CXドライバーを正確に把握し、それに対して適切なCXの向上施策を実行することが企業の浮沈を決定づける要因となる。
 
なお、CX改善施策については短期的に収益に影響するものもあれば、長期的に影響するものもある。短期的な例で言えば、あるプロジェクトの進捗が遅延していて、現場判断で追加リソースを投入してリカバリーするといった対応がこれにあたる。一方、長期的な例で言えば、提供しているサービス・製品を顧客課題にあわせて機能拡張したり、提供スコープを広げたりするといった対応が挙げられる。仮に現在の顧客の評価には間に合わなかったとしても、その取り組みを横展開することで、別の顧客や将来の顧客の満足度向上につながるケースもある。これまで述べてきたようなCXドライバーに応じて、トップダウン、ボトムアップ、評価結果の全社共有といった多角的なアプローチをとることが重要だ。

新規事業とCX

本連載の最後に、CXの概念は既存事業だけでなく、新規事業を立ち上げる際にも極めて有効である点について述べておきたい。新規事業を立案する段階からCXを考慮することで、顧客中心のアプローチを確立し、競争優位を確保した状態で市場に参入することが可能である。このようなCXを重視した事業設計は、顧客の期待に応えるだけでなく、事業の中長期的な成長と成功(事業グロース)にも直結する。
 
例えば、以前支援したサブスク事業の立ち上げでは、顧客のペルソナ設定から想定利用シーンの洗い出し、競合比較、価格戦略、マネタイズモデル設計、需給計画策定、オペレーション構築といった一連の企画について、顧客提供価値を起点に設計することでローンチ初期段階から一定数の顧客獲得に成功している。特に顧客起点での価格設定やスムーズなオペレーション構築においては、顧客の想定利用シーンや課題感をどれだけ具体的に描けているかが重要だ。そしてローンチした後、収益を確保する上で重要なCXドライバーについて継続的にモニタリングすることでCX改善のクローズドループを回しながら事業をグロースさせている最中である。

おわりに

新規事業、既存事業に関わらず、CXを変えることは財務的にもオペレーション的にもドラスティックな改革を伴うが、成功すれば他社が追随できない参入障壁を得ることにもつながる。顧客は何を理由に自社のサービスを購入するのかを正確に把握し、そのCXドライバーに即したCXKPIを設計、それを継続的にモニタリングしていくことで現状を把握する。そして改善すべきCXについては、経営レベルの投資判断とリソース確保の意思決定を行い、粛々と改善策を実行する。こうした実効性のあるクローズドループの定着化に成功する企業が増え、単なる価格競争ではない、顧客体験価値の競争環境が広がることを願っている。

  1. [1] ジョン・グッドマン(著), 畑中 伸介(翻訳), “顧客体験の教科書”, 東洋経済新報社

伊藤 大景

新規事業戦略担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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