2024.08.05

BtoBビジネスにおけるカスタマーエクスペリエンス向上の要点

【第2回】CX向上につながるドライバー要因の特定と評価制度設計について

伊藤 大景 

第1回では、1980年代から提唱されてきたカスタマーエクスペリエンス(CX)の現在における議論の要点と、CX主要論点のうちカスタマージャーニーの考え方について概説した。
第2回ではCXの主要論点の続きとして、トランザクショナルなカスタマージャーニーが描きにくいBtoBビジネスにおけるCXドライバーの考え方、CXKPI/評価制度設計の考え方について考察していく。

CXの主要論点:CXドライバー、CXKPI/評価制度設計、調査方法

CXドライバー

BtoC向け事業あるいはトランザクショナルなビジネスモデルのBtoB事業においては、カスタマージャーニーを詳細に定義することによって、サービス・製品を認知する顧客接点、競合優位性が発揮される要素、購買を決定づける体験、利用する上での痛点・障壁、継続利用に必須となる要素といったCX向上に直結する項目が可視化された。では定型的なカスタマージャーニーを描けないBtoB事業においては、CXドライバーをどう定義すればよいだろうか。
 
そもそもCXを向上させる目的は、顧客に期待以上の体験を提供し、継続して自社サービスを利用してもらうことで収益拡大につなげていくことである。この顧客の期待の中身を定義することが、定型的なカスタマージャーニーを描けない事業において重要になる。ここでの「顧客の期待」とは、主に下記の3点に集約される。

  1. 顧客の経営課題・事業課題・業務課題に対する深い理解
  2. 顧客のビジネスの成功や社会課題解決へのコミット
  3. 組織的な対応

定型的なカスタマージャーニーを描けないビジネスというのは、すなわち顧客の期待に対してカスタムオーダーのサービスを提供するビジネスである。ある決まった製品やサービスを決まった手順で提供するのではなく、顧客の経営課題、事業課題、業務課題に対する深い理解に基づいて最適な提案を都度構築し、当初の期待を上回る成果を上げることを目標とするビジネスを想定している。無形のアイデアを売るコンサルティングサービスはその典型であるが、SI(システムインテグレーション)やネットワーク構築、法人向け融資、製造業、建築業等、既存の売り物はありながらも、それらを顧客の期待に合致する最適な組み合わせで提供するソリューション提供型ビジネスも対象である。当然ながら、顧客の経営課題・事業課題・業務課題に対して深い理解がなければ実効性のある提案を組み立てることができない。
 
また、カスタムオーダーメードのプロジェクトであるがゆえに、プロジェクト進行中やローンチ後のフェーズで発生する想定外のトラブルや課題に対して、当初コミットした期待値に届くよう、解決に向けた動きやリカバリー対応をどれだけできるのかといった点もCXには大きく影響する。当初の要件通りに何事もなく進行したプロジェクトよりも、困難に直面し、それを見事にリカバリーしたプロジェクトの方が顧客の評価が高い傾向がみられる。何事もないに越したことはないが、顧客側からすると新たな領域にチャレンジする高度なプロジェクトであればあるほど、結果にコミットする企業姿勢は必須であり、サービス提供側の組織的な対応力が問われる。
 
最後に組織的な対応であるが、これは主にEP(エンタープライズ)層の顧客に対してサービスを提供する場合、特に重視される要素だ。大企業になればなるほど、一つのプロジェクトに関わる顧客側のステークホルダーの人数は多くなる傾向にある。また、サービス提供側も営業部、開発部、システム部、経営企画部等、複数の部門に横串をさしながらプロジェクトを推進する必要がある。こうした多数のステークホルダーを束ね、顧客との各接点において良好な関係性を築きながらプロジェクトを推進するためには、フロントに立つプロジェクトリーダー一人の力量だけでは顧客のCXの期待値を満たすことはできない。サービス提供側の各部門の協力体制や、顧客と接する部門におけるハイレベルなコミュニケーション能力、部門間の情報連携の仕組み、インシデントが発生した場合のリカバリー対応フロー、ハイレベルの意思決定が必要となる場合の意思決定フローといった組織的な体制が必要となる。
 
各企業において提供するサービスはさまざまであるが、上記3つの観点はどのような企業においても重視されるポイントと考えられる。

 
■CXドライバーと収益について
ここまでカスタマージャーニーとCXドライバーについて解説してきたが、これらは収益に直接的に影響する項目でもある。トランザクショナルなビジネスでいえば、顧客の課題・ニーズが発生した状況における製品・サービスの認知プロセスを適切にとらえたマーケティング施策を打てれば、高いコンバージョン率やROIを期待できる。また、購入検討の段階で競合優位性を十分に訴求できれば、シェアの拡大および機会損失を防ぐことができる。購買体験においても、最もロイヤリティの高まる瞬間を演出する体験が用意されていて、なおかつストレスフリーな購入契約プロセスがあれば、途中離脱を防ぐことができる。利用、継続といったフェーズにおいても、リカバリー対応や問い合わせ対応等、ロイヤリティ向上に寄与するタッチポイントを計画的に設計しておくことで解約率の低減、継続利用契約やオプション契約の拡大につながる。カスタムオーダーメードなビジネスであっても、顧客の期待値を超えるCXを提供できる企業はプロジェクトの継続や追加案件の受注、他企業への紹介といったビジネスの広がりにより、1社あたりの取引額の拡大につなげることができる。
 
例えばコンサルティングサービスでは、顧客とのリレーションがゼロの状態から案件を受注するケースよりも、既存の顧客からこれまでのプロジェクトの成果を評価され、別テーマでの相談・引き合いを受けて受注する案件の方が割合としては多い。また、ある企業のプロジェクトの成果・評判が顧客の同業他社に瞬く間に広がるということも事実として存在する。EP層の収益向上のメカニズムは、このような表に出てこない顧客内部評価やアンダーグラウンドな業界内部評価によって受注額が大きく左右される世界であり、こういった領域で高い評価を得るためには一つ一つのプロジェクトにおける顧客の評価、すなわち先に示した3つのCXドライバーを高いレベルでクリアしていることが重要だ。
 
カスタマージャーニーや顧客の期待内容について、単なる顧客のアクションを並べただけで終わらせず、収益に直接影響するポイントはどこかという観点で詳細に定義しておくことが重要であり、これらの要素がすなわちCXドライバーとなる。
 

CXKPI/評価制度設計

自社のサービスに期待される要素を具体化し、上述の観点で活動内容やサービス水準を定義することがCXKPI指標設計の第1歩となる。その後に、それらが事業運営上適切に管理されているか、あるいは企業側で設計したCX全体が意図した通りに顧客に受け取られているのかを定量・定性の両面で測定していく必要がある。
 
代表的な指標として挙げられるのが、グローバルで広く採用されており、日本でも多く採用されているネットプロモータースコア(以下NPS)である。これは「このサービス・製品を他者へお奨めしていただけますか」との質問に対して11段階のスコアを用意し、0点から6点を「非推奨」、7点と8点を「中立」、9点と10点を「推奨」とし、推奨を選択した回答者の割合から非推奨を選択した割合を引いたパーセンテージをスコアとするものである。このスコアを経営指標として採用し、役員報酬と連動させる企業もみられる。
一般論として、NPSには下記のメリットと懸念点が存在することが分かっている。
 
■NPSのメリット

  • サービス・製品の体験全体について、他者への推奨という感情的な評価を包含した評価ができる
  • 自由記述ではなく定量スコアで評価できるため、経年推移、組織間比較等の定量分析が可能となる
  • NPSと収益や事業成長との相関性が高いことが先行研究で明らかになっており、投資対効果の裏付けとしてある程度信ぴょう性がある

■NPSの懸念点

  • 他者への推奨ができるか否かについては他者の個別事情にもよるため、「自分としては満足していても推奨はできない」という考えを持つ回答者が存在し、その場合はサービス・製品を推奨できるにもかかわらずスコアは低くなる傾向にある
  • 「非推奨」の最高点である6点と「中立」の7点の評価基準が回答者によってぶれやすい
  • 11段階評価のアンケート調査で9点や10点をつける回答者はまれであり、推奨する気持ちはあっても8点とつける回答者の意図を汲みづらい
  • 結果としてNPSがマイナスになることが多く、事業性評価としてネガティブなメッセージになりがち
  • 定量評価のため、統計分析に必要なサンプル数を確保することが難しい場合、結果の信ぴょう性が担保しづらい

 
現状ではNPSがグローバルのデファクトスタンダードとなっており、収益との相関性も理論的には実証されていることから、日本企業においても全社指標として検討する企業が増えてきている。しかしNPSはあくまで最終結果指標であり、その値を決定づけるCXドライバーの構造を定義できているかが最も重要である。経営指標の一つとしてNPSを導入したものの、展開しているサービス・製品における一連のカスタマージャーニーにおいてどの部分がNPSの値に大きく影響するのかが分析できていないと、結果数値をどう現場の事業活動に反映していくべきかの判断がつかず、アクションにつながらない。これがCXの典型的な失敗例となっている。

■測定すべき指標例
トランザクショナルなサービスを提供しているB向け企業においては、顧客の一連のカスタマージャーニーのうち、NPSや収益に直結する項目に対してKPIを設定し、それを下回らないように常時モニタリング、報告、対策のプロセスを仕組み化している企業が成功している。例えばSaaSアプリケーション提供企業の場合であれば、顧客からのオンライン問い合わせ時の応答時間、サービス利用中の不具合発生と検知までの時間、不具合検知から一時対応までの時間、問い合わせを受けてから問題解決までの時間といった項目を常時モニタリングする。これらは顧客体験に直結する重要指標であり、NPSとの相関も高い項目である。ここまでデジタルデータで管理できなかったとしても、顧客接点がある程度定型化された業務プロセスであれば、顧客対応を数値化してKPI化することで一定のNPS水準を維持する活動を仕組み化できる。

一方トランザクショナルでないサービスを提供しているB向け企業の場合、このようなデジタルな指標設計や管理は難しいため、年に1回のリレーショナル調査やプロジェクト終了ごとに実施するアンケート調査によって、先に紹介した3つのCXドライバーの達成度合いを測るのが一般的だ。EP層顧客向けにこうしたアンケート調査でNPSを測る場合に留意すべきポイントとしては、1社に対して複数のステークホルダーへアンケートを実施することである。ドライバーとして想定される要素として成果へのコミットメントという項目があるが、こうした大きなプロジェクトの成果判断は経営レベルの判断が求められる。アンケート回答者として役員層、プロジェクトオーナー、マネージャー、現場担当者といった複数の職位メンバーを設定することにより、NPSの精度と回答数を担保することができる。またNPSは最終結果指標であるため、事業部制を敷いている企業や多数のグループ企業の持株会社が代表して各事業会社のNPSを管理する場合は、各事業会社、事業部門ごとにCXドライバーが異なることから横串をさす組織連携が必要だ。

また、EP層顧客向けのNPS以外の最終結果指標としては、顧客の期待役割に対する到達度を測る手法もある。自社が提供しているサービスを通じて、顧客にとっての自社の立ち位置を測ることが目的だ。顧客との関係性において、発注者とベンダー、ユーザーとサービス提供者という関係性から脱却し、事業パートナー、業界を一緒に盛り上げるパートナー、同じビジョンを共有するパートナーといったビジネスパートナーとしての立ち位置に自社をリブランディングできているかという観点で顧客体験を見直すという考え方である。具体的な質問例としては、「御社にとって弊社はサービス提供者、特定事業のパートナー、経営パートナー、業界パートナーのどれに当てはまりますか」といった質問を設定し、その回答比率を現状の役割からより高度な役割へと引き上げていくことを最終結果指標とするイメージである。

■指標の運用方法
こうした指標の運用方法については大きく2つの考え方がある。

  1. 一定のKPIを定めてその基準数値の達成度を測る方法
  2. 前年度数値からの改善度を測る方法

1つ目の「一定の基準値を定める方法」については、提供するサービス・製品においてトランザクショナルなカスタマージャーニーを定義できる事業であれば、各顧客接点におけるKPIとNPSの関係性を定義することで基準値を設定できる。例えばSaaSアプリケーションの場合、問い合わせ応答率のKPIをX%と設定し、これを下回るとNPSがYポイント下回るといった大まかな目安を設定できれば、NPSの基準値を一律の値で設定できる。NPS正式導入の前段階でPoCを実施するなどしてこれら数値の相関関係を分析し、クリアすべき数値目標を設定する必要があるが、一度設定すれば数値の良し悪しの判断が容易になり、顧客接点における改善ポイントの特定もしやすくなる。
注意点としては一定の基準をクリアした後、それ以上の改善を追求するインセンティブが働かない可能性があるため、各顧客接点の提供品質を常にチェックする仕組みづくりが重要である。
 
2つ目の「前年度数値からの改善度を測る方法」については、上記のような一定のNPS基準値の設定が困難、あるいは各顧客接点におけるKPIとNPSの関係性の定義が困難な事業において有効であると考えられる。注意点としては常に前年度を上回る数値改善が求められる設計であるため、仮に上限値に達した場合の評価の仕方をどうするかが問題となるケースもある。しかしNPSが100%となることはほぼないため、実運用上懸念する必要はない。
 

調査方法

NPSの調査方法には、一般的に調査目的に応じてリレーショナル調査とトランザクショナル調査の2種類がある。これらはB向け、C向けどちらのビジネスであっても標準的な手法である。
 
■リレーショナル調査
ブランドロイヤリティを図る目的で自社顧客に限らず広く調査対象を設定し、通常半年~年1回のアンケート調査を実施するケースが多い。NPSだけでなく、NPI(継続利用意向)やLTV(ライフタイムバリュー)、年間購入率、競合サービス・製品の購入割合といった収益との相関分析に必要となる要素も調査項目として設定するケースが多い。
 
■トランザクショナル調査
自社顧客を対象に、提供しているサービス・製品における顧客とのタッチポイントにフォーカスしたCX調査を目的とする。顧客とのタッチポイントとは、オンラインチャネルからのアクセス、営業担当者とのやり取り、サービス利用中のシステム利用、アフターフォローにおける保守対応部門とのやり取りなどを指す。このようにタッチポイントは多様であるため、それぞれにおいて提供されるサービスが顧客の期待値を満たしているかといった観点で設問項目を設計する。調査タイミングとしては提供するサービス・製品の利用終了時、あるいは利用中の顧客体験イベント発生時に実施する。
 
これら2つの調査を組み合わせることで、カスタマージャーニー上の顧客とのタッチポイントの満足度と最終結果指標であるNPSの関係性を明らかにすることができる。

おわりに

本稿では古くて新しいカスタマーエクスペリエンスの主要論点を網羅的に解説してきた。
NPSのような最終結果指標とCXドライバーの関係性を定義し、それを測定・改善するという基本構造はBtoBでもBtoCでも変わらない。連載第3回では、こうした基本構造を踏まえた上で、顧客の声から得られた改善ポイントをどのように各サービスにフィードバックし、改善していくべきかについて解説していく。

伊藤 大景

新規事業戦略担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

  • facebook
  • はてなブックマーク
QUNIE