2024.06.20

カンヌライオンズ2024 現地視察レポート

クリエイティビティが指す未来

福士 浩二郎 

カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルは1954年に始まった世界最大級のクリエイティブ・マーケティングコミュニケーションの祭典である。2024年は6月17日(月)から21日(金)に開催され、全世界約100カ国から約1.5万人がフランス・カンヌに集結する。
本稿では筆者が現地参加をして感じた、企業がカンヌライオンズに見出すポイントや感銘を受けたアイデア等について紹介する。

ビジネスにおけるクリエイティビティという幻想

カンヌライオンズのモットーは“Creativity will drive your business forward.”である。直訳すると「クリエイティビティはビジネスを前進させる」だ。本当なのか?

答えはNoである。
クリエイティビティだけでビジネスを前進させることはできない。ビジネスを前進させるには数多くの設計をしなければいけない。例えばビジネスモデル設計、マネタイズモデル設計、コストモデル設計、提供スキーム設計、事業収支設計、業務プロセス設計、販売チャネル設計、システム設計、人事評価制度設計、営業プロセス設計、そして、マーケティングコミュニケーション設計、クリエイティブ設計である。

何度も言うが、ビジネスを前進させるためには数多くの「設計」をしなければならない。あくまで、マーケティングコミュニケーションの設計やクリエイティブ設計はビジネス設計におけるone of themなのである。事業会社でPL責任を負う部門は、限られたリソース(ヒト・モノ・カネなど)のもと、BEP(Break Even Point, 損益分岐点)を常に意識しながらROI(Return on Investment, 投資利益率/投資対効果)を最大化するという責務に追われている。こうしたビジネスパーソンにとっては、「クリエイティビティはビジネスを前進させる」という言葉は現実とかけ離れていると感じるのが実情だろう。また、マーケティングコミュニケーション設計やクリエイティブ設計とは「誰に何をどこでどう伝え振り向かせるか」という、ビジネスや事業においては下流の設計である。

上流が変われば下流も変わる。下流が変わり上流が変わる、ということは絶対にない。
水は山から川へ、そして大海に出る。逆は絶対にない。

カンヌライオンズで見出すアイデアという希望

ではなぜ毎年、1万人の人々が地中海プロヴァンスに集まるのか。広告会社や制作会社だけでなく、コンサルティング会社に従事している人たちもカンヌに訪れる意味はなんなのか。
それは「アイデア」を求めに来ているのだからだと考える。正確に言うと、「ビジネスで勝てるアイデア」。言葉を変えると、「自社事業に転換できるアイデア」。

スマホが民主化し、すべての製品やサービスもコモディティ化する情報過多な現在。自分が思いつくアイデアは、誰かも思いつく。自社が考えるアイデアは、競合他社も思いつく。競合他社だと思っていなかった企業が自社ビジネスを脅かす昨今。何が正解かわからない時代に、正解の種を求めてカンヌに集まる。カンヌへ来ると「そんな使い方があったのか」と、その鋭角なアイデアに毎回驚かされる。映画『アイアンマン』に出てくるジャービス(主人公であるトニー・スタークをサポートするAI)がすでに実現されようとしているのだが、驚いたのはその「データの使い方」である。

筆者が今回聴講したR/GAのセミナー『Commerce X Creativity : Making the Transactional Inspirational』での内容を簡単に紹介する。ここで挙げられたのが、スマホユーザーの趣味嗜好、位置情報、地図情報、タスク、購買・商品情報など、さまざまなデータを組み合わせて当意即妙なレスポンスを行い、購買までサポートするNIKEの事例だ。

具体的には、オフラインの行動やオンラインの活動を通じてユーザーの情報を取得し、次の行動をアシストする。例えば「テニス好き」「テニスのファッションを通して自己実現欲求を充足」「海外にいる時も欠かさずテニスをしたい」「カンヌに滞在」「新しいファッションにも挑戦したい」「今履いているテニスシューズがボロボロ」という情報を取得した場合、その人が似合いそうなテニスファッションや、今履いているシューズと同じサイズの新色スニーカーを提案しカートに入れてくれる。さらにカンヌでの滞在場所から近いテニスコートを3つ紹介したり、必要に応じて予約をしてくれたりもする。
このようにユーザーが自分から何もせずとも、自分のことをわかっているAIが次の行動をアシストしてくれるのだ。ユーザーからすると今まで分断されていた購買体験が統一され、検索や予約の手間から解放される。ChatGPTの進化版ではないが、汎用性と真逆を行く、個人に焦点をあてたデータやAIの使い方——そこには、AI界隈でよく使う「セレンディピティ(予期せぬ出会い)」も当然ながらに入ってくるだろう。
ユーザー側のメリットだけではない。NIKEという企業側からしてもアップセル・クロスセルを実現するだけでなく、ブランドロイヤリティも高めることで、他ブランドへのスイッチングも防ぐことができる。

このような心地よい購買体験(CX)にセミナーで触れた時、「そんな使い方があったのか」と恐れ入った。マーケティングでは昨今「One to oneマーケティング」や「Microマーケティング」が叫ばれて久しいが、R/GAの事例はまさにそれを体現しているように見えた。

もう一つ事例を挙げると、PHARMA部門でグランプリを獲得したSiemens/Siemens Healthineersの『MAGNETIC STORIES』がある。子どもにとって恐怖の体験であるMRIを、逆の体験に変えたのだ。

まずMRIが出す音を収集・解析、その上で絵本作家やサウンドデザイナーと協力して機械音と物語が正確に同期するオーディオブックを制作した。これにより子どもたちがMRIで検査を受けている間にオーディオ物語を楽しめるようにし、子どもにとって負の体験を正の体験に転換した。
昔、MRIを海賊船に見立てて検査技師や看護師が海賊の格好をした事例もあったが、今回は「音」、しかも「子どもが嫌がる音」に着目し、「データ⇒変換⇒可視化」というスパイラルを生み出した。

「データ⇒変換⇒可視化」ですぐに思いつくのは、こちらもカンヌライオンズで過去に受賞した『MEET GRAHAM』や『The Next Rembrandt』だ。まずMEET GRAHAMでは交通事故データを基に“あらゆる交通事故の衝撃に耐えうる人体の形状”を解析・可視化し、視覚的なインパクトを与えることで人々に交通安全を啓発した。また、The Next Rembrandtでは、オランダの画家であるレンブラントの作品データを収集・解析することで、新たなレンブラント風の作品を作り上げた。

上記いずれも素晴らしいアイデアであるが、今回のMAGNETIC STORIESで特に感銘を受けたのは、人生導線上に出てくるMRIに着目した点だ。さらにMRIを作る事業会社が医療業界ではなく、真のターゲット顧客である子どもに対してアプローチした点が、目から鱗のアイデアである。

カンヌライオンズという未知

カンヌライオンズは別名『アイデア・オリンピック』と言われるほど、全世界の多種多様なアイデアに触れることができる。ただ、そのアイデアがアイデアで終わるのか、ビジネスとして成果(売上・利益)をもたらすのか、もたらし続けるのか、という点こそが重要だ。広告やプロモーション、クリエイティブでどれだけ世の中が騒いでも、売上や利益に結び付かなければ意味がない。投資対効果が低ければ一発アウトである。損益分岐点がいつまでも来ないビジネスはビジネスと言えない。ブランドがいくらリフトアップしても、それが売上・利益に繋がらなければ、次の投資もできないし、給料として社員に還元もできない。極論、誰も幸せにならない。

広告やクリエイティブはあくまで手段であり、目的化してはいけない。ただ、広告やクリエイティブはビジネスに可能性をもたらす。ビジネスは、一つの「アイデア」からはじまるのは確かである。

不安定な未来だからこそ、カンヌライオンズに未来を見たい。
未来を知りたいので、人はカンヌライオンズに行く。

福士 浩二郎

新規事業戦略担当

マネージングディレクター

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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