2024.03.14
変化の時代に求められる「ビジネスアジリティ」
急速に変化する環境に対し、俊敏に適応するアジャイル組織のケイパビリティ
野口 直道
「社会の複雑さや不確実性が増している」と言われて久しく、企業各社は変化への対応を模索している。他方、それら変化の様相や企業への影響、方法論に関する情報はあまり明示されていないのが現状である。
こうした状況を踏まえ本稿では、デジタル技術により急速に変化する環境において、企業が競争優位を維持するための組織の能力である「ビジネスアジリティ」が必要となる背景や、能力を向上する方法を解説する。
デジタル技術がもたらしたビジネス環境の変化
はじめに、ビジネス環境におけるこれまでの変遷を振り返る。現在はデジタル技術による変化の時代と言われて久しく、デジタル技術(AI、IoT等)の革新により、情報量の増加、プロダクトやサービス数の増加が起こった。情報量の増加では、ネットワークやデバイスが高度化し、かつ生活や経済行動に欠かせないインフラとなったことで、デジタルデータ量は飛躍的に増加した。プロダクトやサービス数の増加では、研究開発や企業活動のグローバル化が大きく進展し、世に生み出される製品は増加の一途を辿っている。
またVUCAの時代と表現されるように、変化の変動性・不確実性・複雑性・曖昧性により、変化自体の予測が困難になった。経済的要素の変動、思想の衝突、人口動態や価値観の変化等には、影響の大小はあれど、デジタル技術の急速な変化が関係していることに疑いはない(図1)。
図1:VUCAの時代
デジタル技術によるこれら変化は様々な産業に影響を与えている。例えば製造業界では、サプライチェーンでのデータ連携の加速、CASE(Connectedコネクティッド、Autonomous自動運転、Shared & Servicesシェアリングとサービス、Electric電動化)への大変革、アジアDX(ADX)の取り組み拡大、消費動向の変化等が生じ、また金融業界ではFinTechにより多くの新サービスが創出されるなど、様々な業界で垂直統合モデルビジネスや仲介機能の縮小等が起きている(図2)。
図2:環境変化がもたらした様々なビジネスへの影響
環境が急速かつ複雑に変化するなかで、デジタル技術を武器に様々な市場へと参入するディスラプター(破壊者)の勃興も見られた(表)。
表:2010年代を中心に見られたデジタルディスラプターの事例
自社の持つデジタル技術によって、社会や市場動向に対応した新たなビジネスモデルを構築して市場に参入し、従来のビジネスモデルを“破壊”することで、既存企業の存続を困難にするデジタルディスラプターの動向は特に米国が顕著であったが、日本国内においてもその動向は活発化した。
企業に浸透した階層組織の限界
多くの企業は、内外環境の急速な変化に対応することが難しい。その原因は、多くの企業が採用している「階層組織」にある。組織を構成する「戦略」「組織構造」「人材」「仕事の進め方」「テクノロジー」の5つの観点から、その詳細な原因を説明しよう(図3)。
※ここでいう「階層組織」は、明確な権力階層と役割分担を持ち、中央集権的な意思決定と垂直的コミュニケーションが特徴的な組織構造を指す
図3:組織の構成要素における階層組織の限界
戦略
階層組織では、一般に固定的な長期戦略を採用しており、急速に変化する市場や政治的・経済的環境に対応するのには不向きである。
組織構造
階層的で硬直した組織構造は、迅速な意思決定や変化への適応を妨げる。また、部門間の壁がイノベーションを阻害することにもつながる。
人材
定常業務を効率的に実行するためだけのスキルセットでは、技術的進歩や社会的変化に対応するのが困難である。また、変化への抵抗や適応能力の欠如も組織全体の成長を阻害する。
仕事の進め方
階層組織のビジネスマネジメントプロセスは固定された業務の効率運用のみに焦点があたっており、新規事業創出に適したスキームが整備されていない。
テクノロジー
階層組織を維持するための古いITシステムやテクノロジーへの固執は、デジタルトランスフォーメーションや新技術の導入を妨げる。
このように階層組織は、柔軟性や適応性を低下させ、新たなチャンスやイノベーションを阻害したり、リスクへの対応を遅れさせたりする恐れがある。これにより、企業は競争上の優位性を失い、市場での地位を低下させてしまうことにつながる。
本来、組織は環境の変化に沿って変わるべきであるが、多くの企業では旧態歴然として階層組織を維持している。
変化の時代に必要な「ビジネスアジリティ」と「アジャイル組織」
今後の組織はどうあるべきなのか。デジタル技術に端を発する内外環境の急速かつ複雑な変化において、企業が継続的に競争優位性を保つために有すべきものは「ビジネスアジリティ」である。ビジネスアジリティとは一般的に、「急速かつ複雑な変化に俊敏に適応する、人を中心とした組織全体の能力」のことを指す(図4)。この能力を持つ組織をアジャイル組織と言う。
図4:ビジネスアジリティを有する組織の特徴
ビジネスアジリティを有する組織は、市場や顧客のニーズを素早く捉えてビジネスチャンスをつかみ、迅速な意思決定と柔軟な計画によりプロダクトやサービスを提供し、常に改善する。先述のディスラプターやDX先進企業はビジネスアジリティを有しており、この能力の有無が企業の盛衰に大きな影響を与えることは確実だ。変化に対し、創造的な解決と柔軟な対応ができなければ、企業は競争優位をなくすことになる現在、企業はアジャイル組織を採用する必要がある。
アジャイル組織の構築方法
では、どのようにアジャイル組織を構築すればよいのか。これまでクニエが支援した実績から明らかになったアジャイル組織の構築方法を、「戦略」「組織構造」「人材」「仕事の進め方」「テクノロジー」の5つの観点から、具体的なステップとともに説明しよう(図5)。
図5:アジャイル組織構築のステップ
戦略
組織全体の戦略的目標とプロジェクトのアライメントを強化し、リソースの効率的な配分を目指すことが必要である。
- ステップ1 組織のビジョンおよびビジョンを実現するためのイニシアチブの特定:
自組織の戦略的目標を明確にし、目標の達成に必要となるプロダクト開発や財務的施策、人材マネジメント等のイニシアチブを特定する - ステップ2 ガバナンスの確立:
イニシアチブへの投資の決定プロセスを確立し、透明性を持たせる - ステップ3 ポートフォリオの動的な調整:
ポートフォリオ全体のレビューを定期的に行い、変化するビジネスニーズや市場環境に柔軟に対応できるようにする。ステークホルダー間のコミュニケーションを強化し、関連部門やチームの協力を促進する
組織構造
異なる専門分野や部門のメンバーが機能横断で一つのチームを形成し、特定のプロジェクトや目標に取り組む組織構造が必要である。
- ステップ1 エンドツーエンドの価値の流れの特定:
自組織の目標達成に必要な機能を明確にする - ステップ2 機能横断的な組織の構築:
異なる部門から適切なメンバーを選出し、機能横断的なチームを形成する - ステップ3 人材ロールおよびミッションの定義:
チーム内の役割と責任を定義し、共通の目標に向けたコラボレーションを促進する。また、チーム間のコミュニケーションを強化し、情報共有のプラットフォームを設ける。リーダーシップとサポート体制を整備する
人材
アジャイルな組織を構築するための人材は3つの要件を具備する必要がある。それは変化する環境や要件に迅速に対応するための「柔軟性と適応性」、チーム内外の人々と効果的に協力し、共通の目標に向けて働くとともに他者の意見やアイデアを尊重するための「コラボレーションスキルとチームワークスキル」、そして新しい知識や技能を積極的に学び自己の専門性を向上させる意欲に満ち、失敗から学び自己改善とプロセス改善に取り組むための「継続的な学習と成長への意欲」である。
- ステップ1 採用方針および採用戦略の変更:
採用では顕在的なスキルを確認し、アジャイルなマインドセットを持つ候補者を優先し、柔軟性、適応性、チームワークスキルに焦点を当てる - ステップ2 アジャイルなパフォーマンスへの評価シフト:
評価では、個人の成果だけでなくチーム貢献とアジャイルな働き方への適応度を評価の基準に含める。評価を通じて定期的なフィードバックと継続的な学習の機会を提供する - ステップ3 処遇の根拠の変更:
個人の成果だけでなくチーム全体の成果と貢献に基づいて報酬を設定するとともに、報酬決定のプロセスに透明性と公平性を持たせ、公平かつ公正な評価に基づく報酬を保証する
仕事の進め方
アジャイル組織として仕事を進めていく(ビジネスマネジメントを含む)には、短期的なイテレーション*、柔軟な計画調整、チームの自己組織化に基づく迅速で柔軟な作業方式が必要となる。
*イテレーション:ソフトウェア開発現場で活用される「設計、開発、テスト、改善」のサイクル。開発だけではなく、様々な業務(人事、マーケティング、経営企画等)で活用可能なものである
- ステップ1 アジャイルな仕事の進め方の導入:
スプリント(短い期間や管理しやすいタスクサイズの区切り)やイテレーションを設定し、定期的なレビューと計画会議を行う。短いミーティング(デイリースタンドアップ)、振り返り(レトロスペクティブ)、レビューミーティングを通じて進捗を確認し、必要に応じてプロセスを調整する。 - ステップ2 提供した価値(仕事の成果や商品・サービス等)の継続的な改善:
顧客やステークホルダーからのフィードバックを収集し、価値を改善し続ける
テクノロジー
ビジネスアジリティをもつには、業務で活用するITシステムも迅速に変更可能な状態であることが求められる。そのため、モジュールが小さく区切られ、かつ疎結合(互いに独立性が高い状態)となっている必要がある。
- ステップ1 アジャイルな業務遂行を前提としたアーキテクチャの策定と実装:
ITアーキテクチャとして、柔軟性、スケーラビリティ、迅速な変更対応を重視した設計を行う。クラウドベースのサービス、マイクロサービスアーキテクチャ、APIファーストのアプローチなどを採用し、アーキテクチャを必要に応じて素早く機能追加、変更、または拡張する - ステップ2 アーキテクチャと組織風土の連結:
迅速なデリバリーと継続的なイノベーションを実現できるようチームを教育する。自動化、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)、DevOpsを実現する
アジャイル組織の構築には、これらの各要素が相互に関連し合いながら、一貫してアジャイルな思考・行動に基づいている必要がある。
アジャイル組織の効果
アジャイル組織の効果は大きく「1. 従業員エンゲージメントの改善」「2. 市場投入期間の短縮」「3. 生産性向上」「4. 品質向上」の4つに整理できる。
- 自律的なチームワークとエンパワーメントは、従業員のモチベーションとエンゲージメントを高める。これにより生産性が向上し、従業員の満足度も高まる
- 市場投入期間の短縮市場の変動や顧客のニーズの変化に素早く適応し、競争優位性を維持することができる
- 生産性向上自律的に動き、短いサイクルで成果を出し、フィードバックを素早く取り入れることで無駄を減らし、効率を高める
- 品質向上顧客のフィードバックを迅速に取り入れ、顧客中心のサービスや製品を提供することで顧客視点での品質が向上し、顧客との密接な関係も構築しやすくなる
アジャイル組織が持つこれらの効果により、市場の変動や技術の進歩に柔軟に適応し、持続可能な成長を実現するための基盤となる。
おわりに
今回は、環境の変化に対する組織変革の必要性を感じている読者に向けて、ビジネスアジリティの概要を紹介した。
外部環境の急速な変化のなかで、組織は新たな能力を有する必要があり、その変革の要請は待ったなしである。ビジネスアジリティを向上させアジャイル組織を構築するためには、大規模な組織変革が求められる。これらは長期的な取り組みとなり、かつ痛みや苦しみが伴う変革である。しかし、アジャイル組織の構築に成功し、ビジネスアジリティを有することができれば、持続可能な成長と長期的な競争優位を得ることは間違いない。
- [1] 総務省(2021), “デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究”, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/r03_02_houkoku.pdf(参照日:2024年2月14日)
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