2024.02.19
日本版 War for Talent 2.0 新たな局面を迎えた人材獲得競争
【第3回】新卒採用者離職防止に必要な真のエンゲージメント向上施策
三上 文奈
企業間の人材獲得競争では人材を獲得することだけではなく、獲得した人材の定着率を高めることも同様に重要である。獲得した人材の定着率を高めるための“オンボーディング”と呼ばれる施策。読者の皆様は、オンボーディングの効果について、どのようなイメージを持たれているだろうか。オンボーディングがどの程度定着率に寄与しているのか、という疑問をお持ちの方もいるだろう。本稿では、新規入社者の中でも新卒採用者に注目し、その離職の原因を探りながら、エンゲージメント向上に寄与するオンボーディングの施策について考えたい。
1. 採用後の定着の重要性
厚生労働省の調査における新規大卒採用者の離職率推移を見てみると、直近10年の入社3年以内の離職率は約10%程度で推移しており、大きく変動していない。[1] とはいえ、市場に労働者が充足しているわけではない。労働人口の絶対数が減る中で、コロナ禍から回復した市場においては売り手市場が進んでいる。リクルートワークスの調査では、2024年3月卒業予定の大学生・大学院生に対する求人倍率は1.71倍となり、人手不足を感じる企業の割合は年々増加している。[2] 採用自体が難しい状況の中で、入社後の社員の定着はますます重要になっている。
また、2023年3月期の有価証券報告書から義務化された人的資本の情報開示においては、定着率や離職に伴うコストという指標がある。人的資本の有効活用や投資家・就活生に対するアピールという意味でも、定着率の改善は重要である。
2. エンゲージメントの低下
新卒採用者のエンゲージメントに関しては、入社直後の4月から5月が最も高くなり、6月以降は低下することが一般的である。多くの企業では、新入社員のエンゲージメントの低下を抑えるため、オンボーディングと呼ばれる定着支援として、以下のような施策を行っている。
- 入社後の導入研修
- 1on1等の定期的な面談
- ランチや飲み会等の歓迎イベント
しかし、様々な施策を導入しても、新卒採用者のエンゲージメント向上にどれだけ寄与しているのかは不透明である場合が多い。実際の効果を確かめるため、まず新卒採用者の離職の原因を捉えたい。
3. 入社後の新卒採用者が直面する課題「リアリティ・ショック」と離職の真の原因
入社後の新卒採用者が直面する課題として、「リアリティ・ショック」が挙げられる。リアリティ・ショックとは、仕事に就く前の期待と現実とのギャップである。新卒採用者は、就職活動を通じて仕事に対する期待を膨らませるが、入社後にその期待に反する事象に直面すると、リアリティ・ショックが発生する。リアリティ・ショックは、新卒採用者のエンゲージメントを低下させ、離職を引き起こす因子となり得る。
実際に新卒採用者が直面するリアリティ・ショックの内容として、入社3年目までの新卒採用者(3年以内の離職者を含む)を対象としたパーソル総合研究所の調査[3]がある。その内容を、ハーズバーグの二要因理論*を基に動機付け要因と衛生要因に大別すると、以下の図になる。
*モチベーション理論において、仕事に対する満足・不満足を引き起こす要因を「動機づけ要因」と「衛生要因」の2つに分類したもの。
図1:若手社員が直面するリアリティ・ショックの内容
二要因理論において、衛生要因は報酬や人間関係等の環境に関する要因で、仕事の不満を予防する働きを持つ。一方、動機付け要因は、仕事のやりがいや昇進等、仕事において満足を引き起こす要因である。前述の調査においては、どちらの要因でもリアリティ・ショックが発生しているものの、動機付け要因は衛生要因と比較し、相対的に高い割合で起こっていると言えるだろう。
現状のオンボーディングは、特に人間関係に着目した施策が多く、衛生要因に対しての対策は進んでいるかもしれない。しかし、動機付け要因に対する対策を疎かにしていないだろうか。近年、「ホワイト離職」という単語が登場したように、例え職場の人間関係に問題が無くても、「仕事がゆるい」というリアリティ・ショックが発生するのは、主たる動機付け要因である仕事そのものに関する施策が弱い、ということの表れではないか。
4. 入社前から始まるオンボーディング
仕事内容に関する認識のギャップを大きくしないためにも、入社前のオンボーディングが重要かつ「真のエンゲージメント向上施策」となり得る。離職防止観点で、新卒採用者に対し、入社前に仕事内容を伝える方法として、以下の2つを挙げる。
(1) Realistic Job Preview
Realistic Job Preview(RJP)とは、入社前の正確な情報提供である。日本で主流である新卒一括採用の場合、入社後の配属を定めない総合職としての入社が多く、職種・配属地等が不透明なまま入社するため、仕事内容についてリアリティ・ショックが生じる可能性はより高くなる。
とはいえ、現実的に、すぐに新卒一括採用を変更することは難しい。そこで重要になるのは、「新卒一括採用はリアリティ・ショックを生みやすい」という前提の上、入社前にネガティブな側面も含め正確な情報を提供することである。
採用時にネガティブな情報を伝えることは、人事にとっては非常に勇気を必要とすることだが、企業にとっても内定者に対しての満足度が高くなる傾向にある。「就職白書2021」によると、例えば、「会社案内には書けない、自社の課題や弱みも、面接時には極力伝えるようにしている」と回答した企業の方が、そうではない企業よりも、内定者全体に満足している割合が高い。学生にとっても同様で、内定先に納得している学生は、それ以外の学生よりも企業からの情報提供に満足している割合が高い。[4]
採用時に具体的に伝える事項として、リアリティ・ショックが起こりやすい「裁量の程度」については伝えておくべきだろう。
新卒採用者に与えられる裁量の大きさは、仕事の形態・業種・企業の経営方式等によって異なる。製造業やメガバンク等に代表される日本の伝統的な大企業では、新卒採用者に対し、初めから裁量の大きな仕事を任せることはない。そのような企業では、まず若手として知識や関係性を積み上げることが求められ、それらが裁量を持つ前提条件となる。一方で、ベンチャー等の企業では、その企業特有の知識や関係性を構築する必要性は比較的低く、特定の知識や作法を身につけていれば、経験や年齢に関わらず裁量を持つことができる。勿論、どちらのタイプの企業が良いという答えは無いが、企業や業界の特性を踏まえた上で、新卒採用者に対し求めることやキャリアパスを入社前に明示しておくと、入社後のリアリティ・ショックが軽減されることが期待できる。
前述の調査におけるリアリティ・ショックとして挙がっていた「裁量の程度」の具体的な内容としては、「裁量が想定より与えられない」というものが多いと推定する。日本の伝統的な大企業においては、10~15年程度の時間をかける育成プログラムが組まれることも多く、RJPの段階で、新入社員・入社5年後・入社10年後等の区切りでの業務内容やキャリアの例を伝え、具体的なイメージを持ってもらうことが有効だ。
(2) インターンシップの実施
RJPにも繋がることだが、業界や仕事の内容を理解してもらうため、インターンシップを実施することも有効である。RJPでは企業から学生に情報を伝えることがメインになるが、インターンシップでは企業と学生の間で双方向のコミュニケーションが取れ、仕事の内容について、より多くの情報を伝えることが可能になる。
インターンシップの内容として、現場社員との対話の機会をセットすることで、学生は仕事の内容への理解を深めるとともに、現場のリアルな声を聞くことができ、自分の疑問をぶつけることができる。その際、入社後の配属の可能性が多岐にわたるようであれば、様々な所属の社員と話すよう機会を設けると、学生が理解する仕事の内容の幅が広がる。実際に、社員との接点がほとんどなかったインターンシップで学生が「大変満足」と回答した割合は約1割だが、社員との接点が十分にあったインターンシップにおいては、「大変満足」とした学生の割合が7割近くになったという調査結果もある。[5]
おわりに
入社後の定着の必要性が高まる中、人間関係に着目したオンボーディングだけでなく、仕事内容に関するギャップを埋めるオンボーディングこそ、新卒採用者のエンゲージメントを向上させる重要な施策である。企業と新卒採用者の双方にとってメリットがあるため、新卒採用者の入社前から、仕事内容に関する情報を積極的に提供することを意識してみてはいかがだろうか。
- [1] 厚生労働省(2023), “新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)”, https://www.mhlw.go.jp/content/11805001/001158687.pdf, (参照日2024年2月2日)
- [2] リクルートワークス研究所(2023), “第40回 ワークス大卒求人倍率調査(2024年卒)”, https://www.works-i.com/research/works-report/item/230426_kyujin.pdf, (参照日2024年2月2日)
- [3] パーソル総合研究所(2019), “就職活動と入社後の実態に関する定量調査”, https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/reality-shock.html, (参照日2024年2月2日)
- [4] 株式会社リクルートキャリア 就職みらい研究所(2021), “就職白書2021”, https://shushokumirai.recruit.co.jp/wp-content/uploads/2021/02/hakusho2021_20210216-1.pdf, (参照日2024年2月2日)
- [5] 株式会社ディスコ キャリタスリサーチ(2023), “インターンシップ等に関する特別調査 ~キャリタス就活2024 学生モニター調査結果”, https://www.disc.co.jp/wp/wp-content/uploads/2023/04/internshipchosa_202304.pdf, (参照日2024年2月2日)
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