2023.12.12

財務会計部門も知っておくべき在庫戦略策定のポイントとは

栗城 徹也 

現在の世の中ではロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする紛争や、異常気象による各種災害が連日のように報道されている。
このような情勢の中、製造業が企業運営を行っていくためには、常に原材料等の供給遮断リスクと向き合っていかなければならず、その対応として在庫(棚卸資産)の持ち方が非常に重要となっている。つまり、財務会計部門はこれまで以上に製造・購買・営業といった部門との連携を強化し、効果的な在庫戦略の策定に貢献していくべき状況であるといえよう。本稿では、在庫を保有することのメリット・デメリットを踏まえながら、財務会計部門も知っておくべき在庫の持ち方=在庫戦略立案のポイントを考察していく。

1. 在庫を持つことによるメリット

まずは在庫を持つメリットについて触れたい。

(1)販売機会の確保
ある程度の在庫を持つことによって、予期することが難しい急激な需要の伸びにも対応することができ、需要の増加を自社の成長要素として着実に取り込むことが可能になる。つまり、高い供給力を保持することとなり、顧客基盤の拡大に寄与することも十分に考えられる。

(2)事業継続への貢献
直近の世界情勢を見ると、紛争や新型コロナウィルス感染症の世界的流行による供給網の寸断、あるいは寸断に至らないまでも、急激な原材料の調達難に見舞われた企業は少なくないであろう。このような調達が困難な状況下においても、相応の在庫を持つことによって、ある程度の期間は稼働率を落としつつも事業継続が可能になる。事業継続において在庫の果たす役割は極めて大きいと言える。

2. 在庫を持つことによるデメリット

在庫を持つことにはメリットだけではなく、デメリットも存在する。

(1)事業資金の固定化
在庫を持つということは、事業資金が形を変えて存在するということであり、必然的に他の用途へ事業資金を振り向けることができなくなる。それは一定期間資金を寝かせている(固定化している)ことと同じであり、資金活用の機会損失が発生しているという考え方ができるだろう。昨今の金利上昇局面においては、そのデメリットも無視できない。

(2)在庫維持にかかる保有コストの発生
在庫を保有するということには、保有コストが必然的に発生する。具体的には、倉庫保管費用や保険料がその代表例であろう。倉庫保管費用は、自社所有倉庫がある場合も管理する従業員の人件費や減価償却費、固定資産税が発生し、他社倉庫利用の場合でも保管料やハンドリング料という名目で費用が発生する。それ以外にも在庫を持つということは会計の観点から言えば実地棚卸手続きが必須であり、その数量や種類に比例して管理にかかる手間は大きくなることも念頭におくべきだろう。

(3)経済的価値低下のリスク
世の中のトレンドは常に変化しており、売れ筋商品・グレードもそれに追随して変化していく。しかし在庫は一度積み上げると売り切るか廃棄しない限り保有し続けていくことになり、その経済的価値はトレンドの変化とともに低下していく可能性が高い。会計の観点からみると、その経済的価値の低下は在庫の評価損という形で財務諸表に現れることになる。

3. メリット・デメリットを踏まえた在庫戦略の考え方

上述の通り、在庫を持つことは相応のメリット・デメリットがあり、その影響は最終的には財務諸表へ現れてくる。しかし、結果が財務諸表に現れるとはいえ、その原因そのものは営業・調達部門など他部門が管轄している領域であるケースも多い。在庫戦略の策定にあたっては、そういった非財務会計的な要因に対する理解も必要であり、以下に在庫戦略策定に必要な代表的なポイントを示す。

(1)調達・製造リードタイムの長短
原材料、あるいは自社製品の調達/製造リードタイムが長い場合、在庫をある程度持たないと顧客に製品を届けるまでに相応の時間がかかり、得られたはずの売上を逃してしまう恐れがある。完全受注生産体制であっても強いロイヤリティを持つ顧客基盤を所有している場合を除いて、リードタイムを考慮した在庫水準は必要と考えられる。

(2)価格変動リスクの高低
原材料の急激な価格変動は業績管理が困難になるだけではなく、資金繰りにも大きな影響を与えるため、原材料の価格変動リスクを考慮した在庫水準を策定することは重要なポイントである。例えばレアメタルなど価格変動リスクが大きいものを事業で利用している場合に、一定程度の在庫を持つことなどが考えられる。価格変動リスクに関する最近の事例では、ロシアのウクライナ侵攻に伴うパラジウムの価格急騰や中国によるガリウム・ゲルマニウムの輸出規制などが記憶に新しい。このように、産出国の偏りから政治動向に多大な影響を受けや、調達が困難になるケースは後を絶たない。半導体の基板材料や化学産業での触媒など、影響を受ける産業は相応の在庫積み上げが必要になってくる。

(3)複数購買ルート確立の可否
在庫水準を考えるうえで、購買ルートを複数確保できるかどうかは重要な要素である。これは調達しようとする原材料の汎用度に依存するケースが多いと思われるが、複数購買ルートが確保できれば調達難易度が下がり、確保すべき在庫水準もそれほど高くならない。

(4)規制・認証手続きとの関係
業界や製造している製品によっては、極めて高度な生産プロセス管理が求められることがある。例えば医薬品や先端半導体などでは、原材料を一つ変えただけでもクライアントの認証手続きが必要になるケースもあるだろう。そういった規制や認証の影響が強く、製造プロセスが極めてセンシティブな場合においては原材料の代替品の調達は事実上困難であり、原材料を長期間保管することによるコストや品質劣化とのバランスを考慮しながら在庫水準を決めていくことが求められる。

(5)目指すべき財務指標との関係
棚卸資産が関係する財務指標として、一般的には棚卸資産回転率が真っ先に思い浮かぶが、それ以外にも流動比率やROA(総資産利益率)なども存在する。中期経営計画などで財務指標を掲げる企業も増えてきているが、目指すべき財務指標とのバランスも在庫戦略を考える時に必要な要素であろう。

4. おわりに

ここまで述べてきた通り、在庫はさまざまな要素を考慮しながら、その持ち方=在庫戦略を考えなければならない。事業環境が想像を超えるスピードで変化し続けている昨今においては、在庫戦略の在り方というのはその重要性が増すばかりである。
JIT(Just in Time)に代表されるような在庫を最小化するという考え方は、資金・資産効率という観点からも企業経営においては大切な考え方であるが、他方で目まぐるしく変化する事業リスクに対応すべく適切な在庫水準を維持することもまた重要であることを、アフターコロナによる需要爆発や地政学上のリスクに直面してきた企業は身を以て体験していることだろう。

本稿が在庫戦略を考える際の一助になれば幸いである。

栗城 徹也

ファイナンシャルマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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