2023.12.08
メタバースの事業化に向けた3つの課題とアプローチ
検討時に立ちはだかる「デバイス」「コスト」「ROI」の壁を乗り越えるために
中川 貴史
メタバースは、リアル世界と仮想空間が連動した新たな価値の発信・体験・共有が可能なデジタル空間で、様々な業界で注目されている。
これまでの事例から、メタバースがビジネスへ与える影響が明らかになってきたことで、メタバース事業を企画検討する企業が増えてきた一方、メタバースの事業化に取り組む際には、事業面と技術面の両面で乗り越えなければならない課題が存在することがわかってきた。
本稿では、メタバースの事業化における課題と、それに対するアプローチについて解説する。
メタバースへの期待感
はじめに、現在では多くの人が認知している「メタバース」の概念について、簡単におさらいする。メタバースは、デジタル空間と現実世界を融合させた新たな空間を指す。総務省によると、ユーザー間で「コミュニケーション」が可能な、インターネット等のネットワークを通じてアクセスできる、仮想的なデジタル空間と定義されている[1]。
米国のMeta(旧Facebook)は、メタバースの将来性を強く信じ、2021年に社名変更を行うなど、その重要性を強調した。Meta社のCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は、メタバースを「今日のモバイル・インターネットの後継」と位置付け、その実現に向けて積極的な取り組みを行うとしている。
メタバースが注目された背景としては、以下のような要素が絡んだことで期待感の過熱に繋がったと考える。
・新型コロナの影響
2020年より流行した新型コロナウイルス感染症の影響によって、オンラインでの活動が増加し、人々がデジタル空間での新たな体験を求めるようになった。リモートワークやオンラインイベントの普及により、メタバースはZ世代を中心に、仮想的な交流やコミュニケーションの場としての役割を強化している。
・テクノロジーの発展
高度なグラフィックスや処理能力の向上により、一層没入感のある仮想空間を構築することが可能となった。また、デバイスの高度化・廉価化によるユーザーインターフェースの改善やリアルタイムコミュニケーションの進化によって、メタバース内でのコラボレーションが容易になった。
・NFT活用による新たな経済圏
NFT (Non-Fungible Token)は非代替性トークンと呼ばれる、デジタルアセットをユニークなものとして確立し、所有権を保証する技術である。メタバース内でのデジタルアート、バーチャルランド、アバターなどのNFT化により、新たな経済圏が形成され、クリエイターや所有者に新たなビジネスモデルを提供している。
メタバースは既存のリアルな世界を補完するだけでなく、新たな経済圏や社会構造を形成する可能性もある。この変革の中で、企業も個人もテクノロジーの進化と社会の変容を見つめながら、メタバースの未来を探求していくことになるだろう。
メタバースがビジネスに与える影響
メタバースは、単なるエンターテインメントの枠を超え、現実のビジネスにも大きな影響を及ぼしている。本章では、筆者が考える「メタバースがビジネスに与える影響」の主なものとして、以下の3点を解説する。
図1:メタバースによるビジネスへの影響
(1)バリューチェーンの変革
メタバースは、従来のバリューチェーンを変革し、新たなビジネスモデルを可能にする。製造から流通、販売までのプロセスを仮想空間内で行うことにより、効率性が向上し、コスト削減が実現される。例えば、バーチャル店舗でリアルと同様のサービスを提供することで、顧客はリアルな店舗に足を運ぶことなく、製品の特徴を詳細に確認し、購買意欲を高めることが可能となる。さらに、サプライチェーンの透明性が高まり、リアルタイムでの在庫管理や生産調整が可能となる。
(2)顧客体験の変革
メタバースは、従来の顧客体験の枠組みを超えた変革をもたらす。顧客は仮想空間内で製品やサービスを体験し、個々のニーズに合わせたカスタマイズが容易に行えるようになる。バーチャルリアリティを活用したインタラクティブなプレゼンテーションや商品デモンストレーションにより、顧客はより深い理解を得ることが可能となる。また、顧客同士や企業と顧客の間でのコミュニケーションもメタバース上で容易に行えるため、信頼関係の構築が強化され、ロイヤルティの向上につながる。
(3)従業員体験の変革
メタバースは、従業員の働き方やコラボレーションにも変革をもたらす。リモートワークが一般的となる中、仮想オフィス空間でのコミュニケーションやミーティングが重要性を増している。従業員は地理的な制約を超えてコラボレーションし、プロジェクトを推進することが可能となる。加えて、アバターを介することで心理的なハードルを下げ、コミュニケーションの深化も期待できるという研究もある。また、バーチャルトレーニングやワークショップにより、スキルの獲得や成長が促進される。これにより、従業員のモチベーションやエンゲージメントが向上し、生産性が向上する。
メタバースは、バリューチェーン、顧客体験、従業員体験をはじめ、ビジネスのあらゆる側面に革命的な変化をもたらす。これらの変化を最大限に活用することで、企業は競争力を高め、持続可能な成長を実現すると考えられる。
メタバース事業化の課題
メタバースの概念は革新的であることから、さまざまな企業がメタバースの事業化に向けた企画検討に取り組んでいる。一方で事業化にはさまざまな課題が存在することも明らかになりつつある。本章では、筆者が考えるメタバースに取り組む際の課題と、それぞれに対するアプローチについて解説する。
図2:メタバース事業化のプロセスと課題
■課題1:デバイスの普及率と成熟度
メタバースの普及には、適切なデバイスの普及率と成熟度が不可欠である。高価格なハードウェアや利用の複雑さがユーザーの参加を妨げる場合がある。特に、VRヘッドセットなどの高度なユーザー体験を可能にするデバイスは、一般消費者にとってはハードルが高いものだ。
VRデバイスの普及率を考慮し、PCやスマートフォンなどでも相互参加可能とするプラットフォームを選定することが考えられる。ユーザーのアクセシビリティに最大限配慮し、複数のデバイスからメタバースへ手軽に参加できることで、幅広い層のユーザーが参加しやすくなると考える。
■課題2:メタバース事業の提供コスト
メタバースをビジネスに組み込む際の開発・運用コストは高額になることがある。仮想空間のデザインやプログラミング、セキュリティ対策など、多岐にわたる要素を考慮する必要があり、効果的で高品質なメタバースを提供することに拘ると、これらのコストがハードルとなる恐れがある。
クラウドベースのプラットフォームやサービスを活用することが考えられる。自前のインフラコストを極力抑えることで、開発や運用にかかる費用を削減し、スムーズな導入が可能となる。また、オープンソースのツールやフレームワークを利用することで、効率的な開発が行えるだろう。
■課題3:ROI確保の難しさ
メタバースへの投資がビジネスにどのような影響をもたらすか、具体的なROI(投資対効果)を確保することは、課題の一つである。メタバースは将来的な成果が見込まれるものの、直接的な収益や効果が見えにくい場合が多い。これにより、経営陣や投資家の理解を得ることが難しいことがある。
具体的なビジネス目標とKPI(重要業績評価指標)を設定し、投資対効果を定量的に評価することが重要である。例えば、売上増加や顧客エンゲージメントの向上といった指標を追跡することで、メタバースを活用した事業の価値を示すことができる。また、他社の成功事例やベストプラクティスなど「具体的な成功イメージの共有」も、ROI確保の難しさ克服につながると考えられる。
下記は筆者の考える、メタバースが生み出すビジネス効果とKPIのパターンである。ROI確保を検討する際には、メタバース事業による効果を理解した上で、定量的に測定可能なKPI設計と、その測定方法の設定が重要となる。
図3:メタバースが生み出すビジネス効果とKPI
おわりに
メタバースの事業化に向けた課題は多岐にわたるが、適切な戦略とアプローチにより、これらの課題を克服することが可能である。ビジネスにおいてメタバースを最大限に活用するためには、柔軟な対応と戦略的な計画が不可欠だ。
- [1] 総務省(2023),“Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会”, https://www.soumu.go.jp/main_content/000860618.pdf(参照日2023年8月28日)