2023.10.05

小売業界の「需要予測AI/ロジック」導入を成功に導く改革ステップ

Data Drivenな需要予測と計画業務実現の具体的な進めかた

林 瑛治 

正確な需要の把握は、小売企業にとって最重要課題の一つと言える。しかし、消費行動や嗜好の多様化を受け、需要予測の難易度は極めて高くなっている。そんな中、需要予測業務を助ける有用なツールとしてAI等が昨今挙げられているが、その導入難易度は高く、業務に組み込み活用できている企業は少ない。
本稿では、AI/予測ロジックを活用した需要予測・計画業務の実現に向けて、計画業務の改革ステップの全体像や具体的なAI/予測ロジック導入の進め方について解説する。

はじめに

昨今、小売業界では多様な消費行動の変化が見られる。モノ消費からコト消費への変化、ミニマリズムの浸透など、様々な社会変化が起きている。小売業に従事している方々であれば、社会の変化によって業務上考えなくてはいけない観点が変わったという経験をお持ちではないだろうか。小売業界は社会の変化に多分に影響を受ける業界であることは間違いない。そんな小売企業にとって、こうした社会変化に応じたビジネス変革の実現が急務となっている。

このビジネス変革を支える重要な要素として、「データの利活用」が挙げられる。
企業が保持するデータを活用して消費行動の変化を捉え、ビジネス改善に繋げる。このプロセスを継続することで、企業は社会変化の波を乗り越えていけるだろう。こうした社会変化に伴うデータ利活用の重要性の高まりを受け、クニエでは、消費行動の変化を捉える“価値あるデータ”を特定・活用し、企業変革に繋がるビジネス改善活動の循環を作るData Driven Retail(以下DDR)というアプローチを提唱している。(詳しくは2023年3月16日公開のQuriosity「Data Driven Retail」をご参照いただきたい)

本稿では、このDDRのスコープのうち、サプライチェーンマネジメント(SCM)における販売・発注の「計画業務」にフォーカスし、「AI/予測ロジックの導入による、データを活用した需要予測・計画業務の実現」をテーマとして以下について解説する。

  1. 需要予測・計画業務におけるデータ活用の重要性とその難しさ
  2. 需要予測・計画業務におけるAI/予測ロジック活用の有用性
  3. 計画業務の改革ステップ論と、AI/予測ロジックを用いた計画業務の位置づけ
  4. AI/予測ロジックを用いた需要予測・計画業務の実現に向けたプロセスと要検討ポイント

また、本稿では皆さまが読了時に需要予測/計画業務におけるデータの活用、AI/予測ロジックの活用の重要性を理解し、導入に向けた進め方を具体的にイメージできる状態を目指す。

1. 需要予測・計画業務におけるデータ活用の重要性とその難しさ

小売企業、特に定期発注を行う企業にとって、需要を正確に把握することは最重要課題の1つとも言える。需要を正確に把握できれば、企業は最低限のコストで必要な分を販売でき、利益の最大化が可能となる。
しかし単純に需要予測と言っても、その難易度は極めて高い。需要予測を業務で経験したことがある方であれば、以下のような経験はないだろうか。

  • 需要に関連するデータが多すぎて、予測の際にどの情報を考慮すれば良いか分からない
  • 予測に必要なデータの当たりは付けられるが、各データがどう需要に影響を与えるかを把握できない
  • 正確に予測するには手間がかかりすぎ、他業務もある中そこまで時間を割けない

このように、需要予測が難しい理由は、考慮する情報が多岐にわたるうえ、それらがどう需要に影響を与えるかを把握しなくてはならないことにある。また、担当者ごとに予測方法が異なり精度にムラが生じるといった事象もよくある課題で、企業として継続的に正確な需要予測を行うことは難しい。多くの小売企業は、需要予測・計画業務にデータを活用する必要性を認識していることと思う。ただ、こうした難しさもあり、有効なデータ活用ができている企業はごく一部と理解している。

2. 需要予測・計画業務におけるAI/予測ロジック活用の有用性

前述したとおり、需要予測・計画業務にてデータの活用は必須であるが、活用する上で解消しなくてはいけない課題が存在する。そこで登場するのが「AI/予測ロジック」である。需要予測・計画業務でのAI/予測ロジックの利用は、主に「考慮できる情報量の多さ」「業務工数の削減」「標準化」の3点において有用だ。
もうお分かりかと思うが、前章で記述した難しさを解決することが可能なのである。

・考慮できる情報量の多さ
需要予測のためには考慮すべきデータが多岐にわたり、これらデータの分析を人手で行うには限界があるが、AI/予測ロジックであれば、人よりはるかに多くのデータを考慮することが可能となる。

・業務工数の削減
AI/予測ロジックによる需要予測であれば、人は最終的な予測値の確認と、必要に応じて予測結果を調整するだけで済み、大幅な工数削減が期待できる。

・標準化
人手の場合、商品への思い入れによる判断の誤り、経験の深浅による予測精度のムラが発生するが、AI/予測ロジックであれば、人の感情や経験に左右されず一律のプロセスで予測を行うため、業務の標準化を実現できる。

こうした有用性は最近では広く認知されており、AI/予測ロジックによる需要予測を検討する企業も多い。
しかし、AI/予測ロジックを有効に活用している事例があまり見られないことからもわかるように、AI/予測ロジックの需要予測・計画業務への導入は難易度が高い。
では、どのように導入をしていけばよいか。以降、進め方について概要を解説する。

3. 計画業務の改革ステップ論と、AI/予測ロジックを用いた計画業務の位置づけ

AI/予測ロジック導入の進め方について解説をしていくにあたり、話のスコープを広げて、まずSCM計画業務・発注業務のToBeと、その実現に向けた改革ステップについて解説する。本稿のテーマであるAI/予測ロジックを用いた需要予測・計画業務は、あくまでもこの改革ステップの1つであることをお伝えしておきたい。
まず、計画・発注業務のToBeとしては、以下と考えている。

「需要予測モデルが算出した値に基づき、自動で販売計画と、後続の計画(発注計画等)が作成され、その計画に基づいて発注が実行される」

また、クニエでは改革ステップとして、初期の“属人化した計画・発注業務”の状態を「計画業務0.0」とし、ToBeの“予測モデルを用いた計画・発注業務が自動化”された状態「計画業務3.0」までを5段階に分類し、以下のように定義している。小売業に従事している方は、自社が今どのフェーズにいるのかを考えながら読み進めて頂きたい。

図1:計画業務の改革ステップ

 

計画業務0.0
需要予測、計画作成が人の判断によってなされている状態。
例)人手で過去のデータから需要を予測し、各担当者がローカルにて販売計画を作成している。

 

計画業務1.0
計画作成において標準的な業務が定義されており、実施するための仕組みが構築されている状態。
例)需要予測や計画作成時に考慮すべき事項が定義されており、定義に従った計画作成を、各担当者が共通のシステムで行っている。

 

計画業務1.5/2.0
予測モデル(AI・機械学習を用いたモデル、予測ロジックを組んだモデル)が算出した初期値・推奨をもとに、計画を作成している状態。
例)需要予測ロジックを構築し、算出した予測値を販売計画作成システムへ連係。各担当者は予測値を参考に販売計画を作成する。
※AI/機械学習と予測ロジックの違いは“学習の有無”と言える。前者は直近の売れ方を学習して変化に対応するが、後者の場合、変化に対応するにはロジックの再構築が必要。

 

計画業務3.0
AI/機械学習を用いたモデルの予測を基に、販売計画作成から発注までが自動化されている状態。
例)AI/機械学習モデルが算出した予測値を販売計画作成システムへ連係、予測値が販売計画となり、計画値をもとに後続の発注計画等が自動作成される。

 
自社が今どのフェーズにいるか、次のフェーズは何か、把握頂けただろうか。その上で重要なのは、次のフェーズを実現するために何が必要かイメージできることである。

4. AI/予測ロジックを用いた需要予測・計画業務の実現に向けたプロセスと要検討ポイント

さて、ここからはAI/予測ロジックの導入プロセスと各フェーズの実施事項について、概要を解説する。限られた中で詳細を述べることは難しく、あくまでも一部となるが、「計画業務1.5/2.0の実現」に向けた対応のイメージとして参考にしてほしい。
AI/予測ロジックを需要予測・計画業務へ導入するには、以下のように大きく5つのフェーズが存在する。

(1)企画・構想フェーズ
AI/予測ロジックをどの業務に使うか決め、プロジェクト化する。
※需要予測・計画業務に、AI/予測ロジックを利用する前提

(2)モデル構築フェーズ
予測モデルの仕様を決めて構築する。AIの場合は特徴量の決定やソフトウェアの選定、予測ロジックの場合は利用するデータの定義からロジックの構築がそれぞれ必要となる。

(3)業務実践・精度検証フェーズ
モデルが算出する予測値を利用して業務を行い、モデルの効果の検証および改善を行う。

(4)システム開発フェーズ
商用利用可能と判断された場合、予測算出・計画業務システムへの連係機能を実装する。

(5)運用フェーズ
構築されたモデルを運用し、必要に応じてモデルの改善を行う。

以下は、フェーズごとの主な実施事項と要検討ポイントをまとめたものだ。ここでは、特に難易度の高い上流フェーズの要検討ポイントから一部を抜き出して解説したい。

図2:フェーズごとの主な実施事項と要検討ポイント

 

(1)企画・構想フェーズの要検討ポイント

■KGI・KPIの設定
KGI・KPIの設定は投資対効果の算定やモデルの精度検証などで必要となる重要な工程である。ポイントは、業務KPIとモデルKPIの2つを設定することだ。このとき、KGIから業務KPI、業務KPIからモデルKPI、という紐づき関係になるように設定していくことが重要である。

なお、業務KPIはKGI達成のためにモデルのユーザが達成すべき目標であり、計画の精度や予測値の利用率などが該当し、モデルKPIは業務KPI達成のためにモデルが達成しなくてはいけない目標であり、予測精度、予測値提供率が該当する。KGIは「売上」や「コスト」としても良いが、粒度が大きすぎてKPIとの繋がりが見えにくいため、「欠品率」や「余剰在庫率」、あるいは「欠品抑制による売上増」、「余剰在庫抑制によるコスト減」とするとよい。
以下に、KGIとKPIの例を示す。

図3:KGIとKPIの設定例

 

(2)モデル構築フェーズ
ここでは、モデル構築フェーズのうち、要件定義のみに触れる。要件定義における実施事項は、AIを用いたモデルと予測ロジックを用いたモデルとで大きく異なる。以下「AI」と「予測ロジック」それぞれのポイントについて説明する。

■「AI」を用いたモデル構築におけるポイント
アルゴリズムの決定
アルゴリズムは解答にたどり着く手段である。データのパターンや特徴を見つけ、そこから解答までの道筋を立てる役割を持ち、AIを用いた予測モデルにおいて非常に重要な要素となる。アルゴリズムは複数あるため、どのアルゴリズムを選択するかが肝となる。詳細は省くが、需要の予測であれば有名な回帰アルゴリズムが用いられることが多い。

特徴量の設計
特徴量とは、予測に影響を及ぼすインプットデータのことで、特徴量の設計はAIを用いた予測モデルを構築する上で非常に重要である。特徴量設計のポイントは、各データの予測結果への影響度を見て、適切な特徴量を抽出することだ。需要予測では、過去売上・在庫・値引き等が代表的なデータとして挙げられる。

■「予測ロジック」を用いたモデル構築におけるポイント
過去実績に含まれるイレギュラーなデータの処理方法検討
予測ロジックによるモデルでは、予測のベースとなる過去実績をどれだけきれいにできるかが重要である。そのため、過去実績に含まれるイレギュラーなデータをどう処理するかが予測精度を向上させる上でのポイントとなる。
以下に検討すべきデータと処理方法の例を挙げる。

図4:処理を検討すべきデータと処理方法の例

 

おわりに

いかがだっただろうか。
昨今、小売業界を取り囲む環境の変化に伴い、各小売企業は正確に需要を把握することが困難となっている。その結果、欠品による機会損失、過剰生産によるコスト増など企業にとって大きな損失を招いており、ひいては社会問題として取り上げられている。この現状を打破するためには、企業に存在する膨大なデータを基に需要予測・計画業務の正確性を向上させることが必須だが、その難易度の高さから実現できている企業は少ない。

本稿で紹介した内容が、データを活用した需要予測・計画業務を実現するアプローチとして問題を解決するための一助となれば幸甚である。

林 瑛治

小売・流通担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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