2023.08.01
人的資本開示の義務化から考える「人事部のためのKPI」
【第2回】そのKPIは信頼できるか?人材データの健全性とその効用
岩佐 真人
第1回では、人的資本開示が求められる潮流の中、その要請に応えるだけではない“人事部視点でのメリット”から、人事KPIを設定する意義と具体例、効果について触れた。
しかし、KPIの設定やデータの収集を進めた結果、その人材データに正確性や一貫性の問題があったとしたら、果たしてそれは正しい評価・判断につながるのだろうか?人材データが健全な状態になっていないということは、経営ひいては投資家からの評価・判断に影響を及ぼすリスクを孕んでいると言える。
本稿は続編として、人事KPIの基礎となる人材データは本当に健全なのか?という視点から、健全性が損なわれることで起きる課題と、健全性をチェックすることで得られる効用について解説したい。
1. 人材データの健全性とは
人材データの健全性とは、一言でいうと、「経営判断にあたって、そのKPIは信頼できるか?」ということである。
2023年3月期の有価証券報告書以降、人的資本に関する開示が義務化されるなど、人材に関する情報の可視化・開示の流れは強まっている。必然的に、その基となる情報の正しさの重要性も増しているのだが、実は非常に些細なことから情報が正しく収集できていないということがある。そのため、人事部門は、何気なく対応をしている作業のリスクを排除し、健全性が高く信頼に値するデータ品質を担保しなければならない。
では、データの品質はどのように測ればよいのだろうか。
政府は、「データ品質管理ガイドブック」の中で、データ品質を評価する指標として、ISO/IEC25012に沿うかたちで、以下の15項目を設定している。
表1:データ品質評価指標
これら項目はデータ品質の面で重要な指標となるが、本稿では、「経営判断にあたって、そのKPIは信頼でるか?」というところに的を絞るため、以下の5項目に着目したい。
表2:データ健全性評価指標
上記表2で「人材データにありがちな問題」をいくつか挙げている。人材データにこのような問題があることで、人的資本情報開示だけでなく、KPIに関してレポートをする様々な場面で、人事部担当者は相当な苦労をされているだろう。
2. 人材データ健全性モニタリングの効果
前項で示したデータ健全性指標を用い自社のデータ健全性を評価すると、データを可視化しレポートするうえでの効率の悪さが見えてくるが、効果はそれだけではないことにお気づきかと思う。
表3:人材データ健全性の評価から見える課題
人材データ健全性評価の結果、低評価となった場合に、その原因と想定される課題を表3に挙げた。
各社のデータ管理状況にも依るが、主に業務プロセスやツールに課題があり、すぐにでも解決できそうなものもあるだろう。つまり、人材データの健全性評価は、人事KPIの確からしさ、信頼性の担保に繋がるだけでなく、現行業務の課題をあぶりだすことにも有効と言える。
3. 人材データ健全性評価のポイント
ここまで人材データ健全性評価の意義と効果について解説してきたが、実際に人材データ健全性を評価するにあたって、どういったポイントに注意して進めるべきかに触れたい。
まず、人材データ健全性評価は下記のアプローチで行う。
図:人材データ健全性評価のアプローチ
では、各タスクでどういったことを意識しながら進めるのがよいのだろうか。
● 対象データの特定
経営判断や外部への開示に必要な人事KPIとその諸元などを、重要度、優先度の観点で的を絞ることが大切である。ただし、最終的には全ての人材データの健全性を担保することが目標になる。
● あるべき姿の定義
「あるべき姿」と「目指す姿」は現状異なるかもしれないが、最初から「あるべき姿」をあきらめてしまってはならない。「あるべき姿」と「目指す姿」を文書化し、比較・認識することが重要である。
● 現状の確認
システムやツールに保存されているログなどの定量データがあれば、それを確認すればよいが、それでも十分に情報が得られない可能性は高い。時間をかけることで、全てデータによる定量分析ができるかもしれないが、初回は、精緻な分析ではなく、潜在課題の有無、傾向などをつかむことを目標とし、継続的な定量データ取得は今後の課題とするのも一案である。
● あるべき姿との乖離の原因特定
根本原因がどこにあるのか特定するには、業務担当者にヒアリングを行う必要がある。しかし、業務担当者からすると、現状を当たり前の姿と認識していたり、課題があっても課題として言いづらい雰囲気があったりするなど、根本原因を特定するのが難しいことが多い。例えば、データの最新性に問題がある場合、「そもそもこの承認プロセスは必要なのか?」「そもそもこの情報は手入力しないといけないのか?」などのそもそも論から論じられるよう、部門内の見えない壁を取り払い、固まった脳をほぐすことが重要だ。
● 課題解決策の立案
原因は、人事制度、業務プロセス、システム、組織の慣習など多岐にわたる。中でも人事制度やシステムに起因するものへの対応は時間がかかるだろう。しかし、解決策を検討するにあたっては、まずは全ての解決策案を列挙したうえで、タイミングを考慮しながら可能なところからやることが重要だ。
人材データ健全性評価に関わらず、こうした現状分析・課題解決は、全てを一気にやりきることは大変な労力を伴い、現有リソースだけで推進するのは難しい。重要度/優先度と労力のバランスを取りながら、場合によっては社外リソースを活用するのも良いだろう。
4. おわりに
人事部門の方から、「業務改善を進めても、システムを導入しても、業務が効率化されたと言い切れない」という話をよく聞く。しかし、これは当然と言える。なぜならば、人材マネジメントの範囲、やり方、重点は事業環境、事業戦略に応じて、また、働く社員の意識や思いによって変わるからだ。だからと言って、KPIをおざなりにすることはできない。まずはKPIによる人材マネジメントのPDCAをしっかり回し、現状把握と改善を繰り返していくことが、会社、人事、社員にとって重要である。
だからこそ、その諸元となる人材データの健全性にも配慮すべきで、できるところからダッシュボード化し、すぐにモニタリングできる仕掛けを作っていくことが重要だ。コンサルティングで企業を訪れる中で、タレントマネジメントシステムを起動すると、人事KPIがポータルページで確認できる、といったことはよく目にするが、データの健全性にまで踏み込んだダッシュボードをもつ企業はあまり見たことがない。ダッシュボード機能は備わっていても、健全性指標をレポートするのは製品仕様上難しいこともある。その場合は、システムではなくExcelでもよい。
定期的にデータ健全性をモニタリングすることが肝要だ。
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