2023.05.31

調達購買業務DXは何故進まないのか

企業内の最後の暗黒大陸、調達購買業務の見える化を進める

野町 直弘 

筆者が購買実務を事業会社で経験したのは、自動車会社で約35年前、外資系企業で約20年前である。しかし、当時と比較しても、調達購買業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)はほとんど進んでいないようだ。サプライヤーへの注文などの情報のやり取りには注文書などの紙がいまだに使われており、多くの企業で見積依頼もメールにエクセルを添付しているのが実態だ。
20年前からの変化と言えば、SAP® Ariba®などの間接材購買システムの導入が多くの企業で進んだことや、大量の注文のやり取りを電子化するWeb-EDI(Electronic Data Interchange)の活用が進んだことくらいと筆者は考える。
特に、日々の購買取引に関するデータを収集し、分析・活用すると言ったデータ活用については、ほとんどの企業ができていない。なぜ、調達購買業務のDXは進んでいないのだろうか。
ここでは、多くの日本企業の調達購買業務DXに関する現状と、共通する課題を掘り下げ、今後の調達購買業務DXの進め方について筆者の見解を示していく。

※SAP、SAPロゴ、記載されているすべてのSAP製品およびサービス名はドイツにあるSAP SEやその他世界各国における登録商標または商標です。

1. 日本企業の調達購買業務DXの現状

日本企業の調達購買業務DXの現状を確認する上で、まずは調達購買業務のDXについて整理する。調達購買業務のDXは大きく分けて、業務プロセスをデジタル化する「取引系(実行系)システム」(以下、取引系DX)と、調達購買業務を通じて蓄積されたデータを活用して、業務の効率化や付加価値の向上を図る「情報系システム」(以下、情報系DX)の2つに分けられる。(図1)
取引系DXは、ソーシングプロセスとパーチェシングプロセスのサポートに層別される。ソーシングプロセスは見積もりを取得し、比較検討を行い、交渉の上、取引先、価格を決定するプロセスで、調達プロセスやS2C(Sourcing to Contract)とも呼ばれている。このプロセスをカバーするシステムは、RFx*やSRM(Supplier Relationship Management)などと呼ばれる、サプライヤーとの見積もりのやりとりや取引先選定から契約のやりとりをするシステムだ。
パーチェシングプロセスは、購買要求~発注~納品~検収~支払いまでをカバーするシステムで、購買実行プロセスやP2P(Procure to Pay)とも呼ばれる。このプロセスをカバーするシステムは、ERPの購買管理モジュールやWeb-EDIなどだ。
*RFx: RFI(Request for Information:情報提供依頼)、RFP(Request for Proposal:提案依頼)、RFQ(Request for Quotation:見積り依頼)の3つを指す。

取引系DXでは、後者のパーチェシングプロセスの自動化を目的とした、ERPや発注システム、Web-EDIの導入が先行しており、ソーシングプロセスのDXはほとんど進んでいない。
情報系DXは、調達購買業務上の情報の見える化を進めることであるが、ほとんどの企業がいまだ取り組めていないのが実態だ。調達購買業務を行うことで、日々、重要な情報が蓄積される。それを分析・活用することで、新たな価値・効果を生み出すことができるのだが、多くの企業では情報は貯まっているものの、分析されていなかったり、分析・活用のサイクルはあるものの、収集に手間取っていたりというケースが多い。

図1:調達購買業務DXの種類と調達ソリューション

 

2. 調達購買業務DXが進んでいないのはなぜか

では日本企業で調達購買業務DXが進んでいないのはなぜなのだろう。
まず挙げられるのは、そもそも調達購買部門の担当者が、DXが進んでいなくても不便を感じていない点だ。多くの企業において、調達購買担当者は長期間にわたり、同じ品目やサプライヤーの調達購買担当を継続していることが多い。そのため、過去にどのような価格査定を行い、価格交渉を行ったかといった情報は全て調達購買担当者が記憶している。ノウハウや対応履歴、書類の保管場所なども頭の中にあり、情報が紙のファイルとして保有されていても、すぐに取り出すことができるため、情報の電子化や共有の必要性を感じていないのだ。
また、ソーシングプロセスにフォーカスして見ると、特に量産品の見積依頼などは、発注件数に比較して、おそらく1/10か、それ以下の件数しかないため、デジタル化する必要性が高くない。メールにエクセルの見積依頼書兼回答書を添付して業務を行っても十分に業務は回ってしまう。
2つ目の理由は、DXに対する考え方だ。日本企業の場合、DXは主に業務コストの削減を目的に行われてきた。そのため、処理件数が多い発注業務など一部の調達購買業務を除き、調達購買業務のDXの優先順位はあまり高くなかった。なぜなら調達購買業務のプロセスをデジタル化しても、投資に見合った業務コスト削減効果が期待できなかったからだ。

3. なぜ、いま調達購買業務DXなのか

しかし、昨今状況が変わりつつある。ベテランバイヤー中心の人員配置から若手バイヤーへ代替わりするなど、従来の属人的業務の限界が来ており、スキルやノウハウの共有が求められるようになった。また、調達購買機能に従来のQCD(品質・コスト・納期)確保だけでなく、CSRの確保、供給リスク回避、サプライヤーマネジメント、ユーザーマネジメントなどの機能強化が求められるようになり、情報範囲の拡大やさまざまな意思決定スピードの迅速化が必須となっている。これらの本質的変化とともにデジタルを活用した業務改革、経営変革が求められ、全社的なDXが叫ばれている。全社横断でのDX専門組織が設置され、予算確保や投資が進む一方、これまでDX投資の優先順位が低かった調達購買業務が全社業務の中でもDXが進んでいない代表的な分野として、槍玉に挙がるようになったのだ。
また、昨今のDXツールの進化も調達購買業務DXを進めるきっかけになっている。例えば、転記、入力、照合などの業務を自動化できるRPAは、要求部門、調達購買部門、検収部門、支払い部門、サプライヤーなどの関係者間で紙や伝票のやり取りが多く、転記や入力、照合などの業務が頻繁に行われる調達購買業務と親和性が高い。また、構造化されたデータだけでなく、半構造化データや非構造化データを蓄積活用できるデータレイクや、ビッグデータ分析ツールも新しい技術として注目される。AI技術の進化も、分析ツールとして調達購買業務DXを支援できるようになっている。これらのDX技術の進化はツール自体の投資コストを低減することにもつながり、コスト対効果の面でも調達購買業務DXを進めようとする動きにつながっている。
このように、調達購買業務に対するDXの本質的ニーズに加え、昨今の全社的なDX推進やDX技術の進化などが、調達購買業務DX推進の呼び水になったと言える。

では、調達購買業務DXはどのように進めると良いのか。ここから情報系DXと取引系DXに分けて述べたい。

4. 調達購買データの見える化(情報系DX)で実現するQCDの最適化

情報系DXは、調達購買業務を通じて蓄積されたデータを活用して、業務の効率化や付加価値の向上を図る取り組み、つまりナレッジマネジメントである。ナレッジマネジメントで重要なのは、情報の収集、分析、活用のプロセスをいかに回していくかだ。調達購買業務を行うことで、重要な情報を貯め、それを分析し、使えるようにする。そしてその情報を活用することで、コスト削減などの何らかの成果を出すといった一連のプロセスを整備する必要がある。
情報系DXは、情報の種類によって3つの「見える化」に層別できる。「購入品に関する情報」「サプライヤーに関する情報」「マネジメントに関する情報」の三種類である。(図2)

図2:情報系DXの情報種類

 
購入品に関する情報は、コストやコスト明細、品番、仕様、属性等の情報だ。これらの情報を収集し、コスト妥当性評価などの分析を行い、コスト査定に活用することで、コスト削減につなげていく。購入品に関する情報系DXの課題は、収集プロセスだ。通常、何を、いくらで、どこから購入しているかという情報は、購買システムで収集蓄積できるが、「いくら」の詳細情報(コスト明細など)や、「何を」買うかという情報(属性情報)は、品番などで購入品にIDを紐づけておかないと集めることができない。
サプライヤーに関する情報は、企業概要などの基本情報や、サプライヤー評価の情報だ。サプライヤーに関する情報活用の課題は、分析~活用のプロセスだ。多くの企業では、評価情報を基に課題を抽出し(分析)、それをサプライヤーへフィードバックし、改善を促す(活用)ことができていないのが実態だ。しかしながら、サプライヤー評価の情報から、Q(品質)に問題があるサプライヤーに対しては、それについてフィードバックし、品質改善につなげていくなど、QCDの最適化につなげていく取り組みが重要である。また、評価情報だけでなく、自社に対するサプライヤーの姿勢などを分析し、サプライヤー戦略に反映し、さまざまな関係性作りなどに生かしていくことも大切である。
昨今、サプライチェーン全体でカーボンニュートラルや社会的責任、人権デュー・ディリジェンスなどのサステナビリティが求められている。これらを背景に、サプライヤーに関する情報は、従来のQCDや基本情報だけでなく、温室効果ガス排出量やCSRガイドラインの遵守状況などの「見える化」も求められ始めている。

最後は、マネジメントに関する情報だ。これはKGI(Key Goal Indicator)、KPI(Key Performance Indicator)などマネジメント指標として管理される情報である。具体的には、コスト削減額や率、ユーザー部門の満足度指数などが挙げられる。KGI/KPIの課題は、収集~分析~活用の全てのプロセスにわたる。
KGI/KPIについては、ほとんどの企業でその情報管理が実施されているが、短期間の「見える化」ができていない企業が多い。多くの企業でさまざまなKGI/KPIを設定したものの、そもそも情報が収集できない、収集するのに時間がかかるといった課題が挙げられる。この課題に対しては、主要なKGI/KPIを選定し、分析レポートを自動作成できるような検討を進め、少なくとも1週間程度で見える化ができるようにしたい。また、調達購買部門として、マネジメントへ見せたいKGI/KPIを設定し、「見せる化」を進めていくことも重要だ。「見せる化」を進めることで、マネジメントからの理解や評価につなげることができる。単に収集・分析するだけでなく、KGI/KPIの目標設定~達成状況フォロー~評価の実施などの、一連のサイクルを整備し、調達購買業務の改善につなげることで調達購買業務DXの効果を創出していくことが重要である。

情報系DXはこのように情報の種類と、情報ごとに収集~分析~活用のプロセスを整備することが必須であり、この課題を解決することが、日本企業の調達購買業務の情報系DXを進めることにつながる。

5. 取引系DXで実現する調達購買業務プロセス改革

取引系DXは、調達購買業務プロセスの自動化を実現する。取引系DXの中ではパーチェシングプロセスが、ソーシングプロセスに比べ進んでいるが、昨今、ソーシングプロセスのDXを支援するツールも進化しており、見積もりのやり取りや、価格交渉、契約業務などのDXも進んでいくと考えられる。
今後、取引系DXでより重要になってくる取り組みは、リードタイム短縮やプロジェクト管理の機能だ。現状、調達購買プロセスはユーザーにとって時間がかかりすぎる業務である。一方で調達購買担当者は、もっと時間があれば、よりよい購買ができると考えている。例えば、調達購買プロセスの、より上流の段階で購買情報が把握できれば、仕様提案や新規サプライヤー提案などを通じ、購買コストの削減なども可能になるからだ。このように、要求部門と調達購買部門のニーズは相反する。この二者の情報共有をスムーズにして、リードタイムの短縮につなげるには、調達購買プロセスを、プロジェクトとして情報共有・スケジュール管理できるようにすることが必要だ。
昨今、日本の製造業では、多量少品種量産モデルから、少量多品種少量生産モデルへと、その強みが移行しつつあり、受注設計生産型のサプライチェーンモデルが主流になっている点からも、受注~企画~設計~調達~製造~販売の一連のプロセス全体をプロジェクト管理機能で管理し、スケジュールや進捗状況の見える化・共有などのニーズが高まるだろう。

ここまで、日本企業において調達購買業務のDXが進んでいない理由や、昨今のDXブームの中で、次第に調達購買業務のDXが進みつつあることを述べてきた。また、情報系DXと取引系DXをどのように進めれば良いか解説してきた。

調達購買業務DXのより具体的な進め方や先進事例の紹介、調達購買業務DXプロジェクトのアプローチについては、ホワイトペーパーで説明していく。是非引き続き、ホワイトペーパーを参照してほしい。

野町 直弘

調達購買・BPO担当

マスタープリンシパル

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

  • facebook
  • はてなブックマーク
QUNIE