2023.03.16

モノづくり企業はもっと強くなれる

サービスビジネスモデルへの変革に向けた障壁と乗り越え方

デジタルトランスフォーメーション担当 

顧客の求める価値が多様化する中、競争優位の源泉は顧客変化のスピードに柔軟かつスピーディに対処できる行動力へとシフトしている。VUCA時代の急速な環境変化に対応しきれない企業は大きなリスクを背負い、あっという間に後塵を拝することになる。成功体験を引きずり、既存のビジネスモデルを維持することに執着してきたモノづくり企業では、社会のトレンドとビジネスモデルの間の不整合が大きくなっている。多様化する顧客価値に的確にフォーカスし、継続的に価値を届けるためには、ビジネスモデルから変革することが求められている。今回は、ビジネスモデル変革に向けた、モノ売りからサービス(コト)売りへの転換に必要な4つの要素と、現状散見される課題について解説し、後段では、これらの課題にどのように取り組むべきか、筆者の経験に基づいて提言する。

1 . 今マーケットで何が起きているか? ―体験価値提供に向けた継続的なサービスイノベーション

1.1 モノからコト(サービス)へ

あらゆるモノのコモディティー化が進み、製品機能・性能の改善が、顧客が期待する価値に直接結びつくことは少なくなり、人々が製品を取捨選択する要因にもならなくなってきている。製品を選ぶ際に重視する価値が、機能的な価値から、利活用を通して得ることができる体験的な価値、あるいは利活用によって解決される便益すなわち意味的価値に変わってきている。
顧客の求める価値が変化し続ける中、競争優位の源泉は、予測不可能な変化に対する柔軟かつスピーディに対処できる行動力へとシフトしている。また、体験価値を継続的に提供するためにはビジネスモデルの変革が求められている。

1.2 デジタルシフト

近年、急速なデジタル化の進展、およびモバイルやIoTデバイスの普及・浸透により、収集可能なデータ量が爆発的に増加している。また多様なデータそのものが新たな付加価値を創出するなど、データが競争力の源泉となっていることに議論の余地はない。特にデジタル技術の活用を前提とした変革、すなわちDXに係る様々な取り組みにおいては、データ活用はあらゆるシーンで必要なってきている。モノづくり企業には、製品だけではなく、製造過程をはじめ、バリューチェーンのプロセス全体を通じて得ることができる客観的なデータがある。これに製品・装置ユーザーの利用データ、ユーザーの声を掛け合わせることで、社会の変化や個のニーズなどを敏感に捉えることができる。いまやモノづくり企業はダイレクトに顧客とつながり、それによって顧客に対する体験価値を高めることができる大きな可能性を秘めている。

2 . サービス変革の要諦 ―モノ売りからコト(サービス)売りへの転換に向けて

サービスビジネスモデルへの変革に向けては、提供価値、対象顧客、提供手段、収益モデルの4つの要素を漏れなく充足し、手順に従い検討し、変革の方向性を大きく概括的に捉え、小さく展開し、一度きりではなく、市場の声を何度も繰り返し聞きながら推進することが重要となる。

図1:モノ売りからコト売りへ転換するために充足すべき要素

 

しかしながら、新たなサービス機能・体験価値を付加したサービスビジネスの実現に向けては、以下に述べる課題が散見される。

2.1 What 自社が顧客にもたらす価値は何か?

これまで日本の製造業は、購入した製品を長く安定的に利用したい顧客ニーズと、製品に完璧を求める顧客の要求に対応する、品質を重視したモノづくりにより成長発展を遂げてきた。そのため、使用することで非日常的な体験が得られるという感情的価値や、社会的ステータス、優越感、あるいは環境保全という社会的な側面での製品価値の追求は置き去りになりがちで、利用者への価値が不明確なままサービス・技術開発がスタートする傾向が見られる。
今なお、標準化された設計・製造プロセスとルールに従い、製品企画から、設計、試作、製造に至るレビュープロセスによる承認を得ながら品質を作り込み、確実・安定的に大量にモノを生産するというモデルから抜け出せないケースが散見される。市場の声を聞き、市場に投入してからユーザーのフィードバックをもとにサービスを改善するというアプローチは定着していない。

2.2 Who 自社の対象顧客はだれか?

モノづくり企業は製品機能と品質のみを重視し需要を満たすサプライチェーンを構築することが目的化しているケースもある。即ち、利用者不在のまま、“いいものを作れば売れる”という体質が維持された状態である。故に、利用者との接点は製品の販売時のみ、販売後の関係性も一過性であり、利用者と直接つながるには限界があるのが現状だ。それにもかかわらず、アンケートなどから得られる回答をもとに、利用者の事を理解しているとの強い思い込みがある。
しかし実際はアンケートなどから得られるデータではすべてをはかることはできない。製品・サービスをどこで、どう利用し、そこでどんな期待を有し、どのような経験をし、どう感じるかという利用者視点の課題解決、顧客の成し遂げたい便益(メリット、サクセス)を括りとした利用者の定義がされていないのではないか。

2.3 Why なぜ儲かるか?

ターゲット収益と投資回収期間を達成するため、製品開発投資やトライアルに投じた委託費用を積み上げ、自社の製品開発ルールに即して確実に収益が確保できる価格を設定しているケースが散見される。機能面を満たし、高品質で信頼できるサービスであったとしても、予算の都合で価格が安い商品・サービスを選ぶ顧客は少なくない。一方で、価格を安く設定しすぎると、収益目標に見合わないだけではなく、安い=そこそこのサービスに違いないという誤解が生じ、利用に至らないことも考えられる。いずれも、プライシングと投資回収の判断基準が曖昧な場合に陥りがちな状況である。

2.4 How サービスをどのように提供するか?

モノ売りからコト売りへのシフトを目指す製造業、特にBtoBの場合、モノを顧客へ届けるためのサプライチェーンが硬直的に構築されていることが多く、そのサプライチェーンを覆すようなビジネスモデルの構築に強い抵抗感を持つ場合がある。販売会社・代理店を含めたエコシステム全体で見た時、どのようなサービス提供手段が妥当なのか判断がつかないケースもある。
また、企業によっては、製品に付随するソフトウェアなどインタンジブルなモノの価値を認めない文化が根強く、そのために変革を進められないという状況もある。変革に取り組まなくてはならないが、進めるには社内外の理解を得る必要があり、これが難しい。それならば現状維持でよいというマインドが新たな取り組みの歩みを遅らせる要素である場合も多い。

3 . サービスビジネスモデル変革に向けた障壁の乗り越え方

3.1 「利用者の価値が不明確なままサービス・技術開発」への対応

利用者の価値やニーズが明確にならない状態のまま、技術開発を開始するケースがある。「何でもよいから、サービスをリリースせよ」といった上層部からの圧力に耐えられず、大したニーズが無い、あるいは利用者のニーズにミートしないサービスを急ピッチで構築し、市場にリリースするというのがそれにあたる。
解決策としては、まず、ターゲットとする利用者の行動変容に資する、真の利用者視点の価値は何かを定義することから始めるとよいだろう。そのうえで、利用者は提供するサービスとどこでどう接触し、そこで、どんな期待や不満を持ち、どのような経験をして、どう感じるかという洞察を深化させ、真に利用者が求める価値やニーズを行動変容ジャーニーとして定義することが重要になる。特に、サービス提供者側の陥りやすい点としては、サービスを契約することが目的化してしまい(とにかく売ることが目的となる)、サービス利用後の利用者にとっての体験価値や感情的な価値に目が届きにくくなりがちなことがある。故に、サービス利用シーンを想定した体験価値の洞察をもとに、利用者の期待と不満要素は何かを把握することが重要となるだろう。これらの把握に関しては、初期段階においては販売先の担当領域・業務におけるニーズ、サクセスへのコミットにまずは注力し、最終的には利用者のサクセスまで視野に入れた、企業全体のサクセスに対するコミットを目指すことが理想である。

図2:利用者のニーズ・サクセスを組み込んだサービスの提供

 

3.2 「販売後の顧客との関係性は一過性」への対応―レガシーなモノ売りサプライチェーンから顧客と継続的につながるデマンドチェーンへの変革

既存のサプライチェーン上のステークホルダーとの商流を踏まえ、サービスビジネスへ変革する妥協点を探っていくことが重要となる。製造業、特にBtoBの場合、モノ(製品)を利用者へ届けるためのサプライチェーンが堅固であることが強みとなっている面もあり、そのサプライチェーンを覆すようなビジネスモデルを構築することに、強い抵抗感を持つ場合があることは前述の通りである。また中間業者を通したサプライチェーンでは、サービス契約が間接的になり、サービス利用者を直接理解することが出来なくなる。
サービスビジネスモデルでは、モノをサービス提供の伝達手段ととらえ、顧客とサービスを共創し続け、継続的な関係構築を実現することこそが必要となる。モノを造って、運んで、使って終わりの製品中心のビジネスモデルから、モノづくり企業の顧客だけではなく、利用者と共にサービスを創り、利用者にサービスを試してもらい、サービスを評価し、継続的に一人一人の利用者とつながるコネクテッドな業務の流れを構築する必要がある。

3.3 「顧客のことを正しく理解しているという思い込み」への対応

製造業に限ったことではないが、顧客の利用状況を直接把握する手段を持たず、販売会社や代理店から間接的に得られた情報をもとに「ターゲット、ニーズはこうである!」という思い込みのまま、提供価値を定義して進めてしまう場合がある。解決方法としては、以下の方法が考えられる。

① MVP(Minimum Viable Product)を小規模に早く構築し、顧客の反応(価値の妥当性)を確認
必要最低限と思われるサービス価値を短期間(例えば一ヵ月)で創り上げ、実際の利用者と共に検証し、利用者の声を直接聞くことで、サービス価値を素早く・繰り返し確認する方法がある。顧客の反応をもとにサービスの方向性を見極め、顧客のニーズに合わせた追加機能の開発や改善も行うことが出来るため、効率的にサービス価値の妥当性を評価することができる。

② 企画段階で、顧客の直の声を確認

市場調査を、インターネットや公開されている資料を基に行うのは有効な方法だが、それらはあくまで二次情報である。最終的には自ら想定している現場に足を運び、自分たちの目で確かめることが大切であり、想定する顧客の生の声、インタビューの行間からヒントを嗅ぎとることで、二次情報を使った調査では見えていなかった顧客にとっての価値にたどり着くことも可能だろう。

3.4 「デマンドサイドによるプライシングと投資回収モデル」への対応

サービスを利用する際の検討項目にプライシングがあるが、その判断軸として、納得感・わかりやすさ:論理的かつシンプルでわかりやすいかどうかと、享受価値:サービスを利用した時に享受できる価値と見合っているかどうかの二つが考えられる。
サービス利用時の、自社に関わる実作業や費用はわかりやすく、納得性が得られやすい半面、享受価値に対するプライシングの難易度は高いことが想定される。その背景として、①享受する価値を対価に置き換えた際の比較情報に制限があること、②享受する価値はサービスを利用する時間に依存すること、③それぞれ異なる背景を持った顧客によって評価され価値を同一尺度でとらえる事の複雑性の3つが挙げられる。①の情報制限は、出来る限り情報を開示するなどし、わかりやすさを心がけることが重要であり、②は時期の違いによる変動プライシングを設定すること、③は価値やサービスの発展段階によりプライシングの基本方針を都度変化させ、利用者ニーズにフィットするオプションサービスなどを追加しながら利用価値・体験を高めていくことが重要となる。
サービス提供者にとってのプライシングの要素には、以下の3つが考えられる。
・ サービス戦略:サービス拡大戦略や収益化に向けての考え方
・ アップサイド/ダウンサイドリスク:コスト回収(収支)の確実さや導入拡大時のポテンシャル
・ 開発投資・提供費用:サービス提供にあたり必要となるシステム費用やマーケティング費用、開発までに投じた開発コスト
これらに加え、プライシングに応じた投資回収を見極めることが重要になるだろう。

3.5「取り組まなくてはならない(が、現状維持でよい)」への対応

モノ売りからコト売りへのシフトでは、単に提供価値を新たに生み出すだけでなく、既存のビジネスモデルの考え方を改める必要がある。その際、今までの組織構造や目標・KPIでは賄えない部分が生じてくる。そこに手を入れることに対して、抵抗を示される場合があるため、顧客の納得度合いに応じ、段階的に変化する道筋を示すことが必要になる。

図3:顧客中心志向のとらえ方

 

変革を阻害する様々な壁を乗り越えるには、変革へ向けた開発主体の熱量を上げ、変革に対して当事者意識高く取り組むことが不可欠である。その手段としては、自社の変革のゴールやプロセスを明らかにし、繰り返し発信、社員が自ら変革を推し進めたくなる土壌を用意し、熱量を上げるなど、様々な啓発活動(草の根活動)により実現することが考えられる。草の根活動に加えて、推進全体からの働きかけも重要となる。心理学者のレヴィン[1]は、変革に向けては、「解凍」「変革」「再凍結」という3つの段階が必要で、人の行動はその人を取り巻く環境、すなわち「場」の力によって影響を受けると述べている。変革に向けた3つの段階を「変革に向けた心の凍結」「理解の促進と変革への推進」「自立的な推進による継続的な改善」に分け、継続的な「場」を設定し、ターゲットに対して何を訴求するのかを明確にしていくというアプローチを推奨したい。

図4:社員自らによる変革の熱量を上げるための組織風土・意識変革

 

4. おわりに

性別、国籍、人種、年齢など様々な違いからくる価値観や、知識や能力、経験、目には見えにくい志向性など、これからの社会は今よりもさらに多様性を受け入れる方向に向かっている。モノを所有することで得られる物的な豊かさは満たされ、技術進歩により、供給されるモノ・コトの多様性も一段と高まってきている。
今後来たる社会は、個や特定のグループにより主観的に作りだされる価値の変化が大きく、またこれが、社会や企業に強い影響力を及ぼしていくことが想像され、企業自らこうしたトレンドを敏感に捉え、変化し、サービスシフトしていく必要があると筆者は考える。
モノづくり企業の中には、高度成長期の成功体験をひきずり、既存のビジネスモデルをことなかれ主義で維持してきたため、社会のトレンドとビジネスモデルの間の不整合が大きくなっているケースがあるのではないか。モノづくり企業には、製品だけではなく、製造過程をはじめ、バリューチェーンのプロセス全体を通じて得ることができる客観的なデータがあり、これに製品・装置を利用するユーザーの利用データ、ユーザーの声を掛け合わせることで、社会の変化や個のニーズなどを敏感に捉えることが可能になる。これがサービスビジネスから得ることができる本当の価値ではないか。
製品・サービス利用者と製品ライフサイクルを通した継続的な関係を築くだけではなく、同業種や更に異業種をも巻き込んだオープンな環境の構築を推奨したい。それは、顧客だけではなく、サプライチェーン上のパートナー企業との Win-Winの関係にもつながり、そうしたステークホルダーと価値を共有しながら取り組むことで、モノづくり企業はもっと強くなれるはずだ。

  1. [1] クルト・レヴィンは、ドイツ出身の心理学者

デジタルトランスフォーメーション担当

新しい価値を創出するデジタルビジネスを創造し、日本の社会・企業の発展に貢献することをミッションとして、ビジネスモデルイノベーションに繋がる最先端のテクノロジー・サイエンス活用の提言/実践に取り組む。ノウハウやネットワークをもとに、企業のデジタルビジネス開発、デジタル人材育成などによってデジタルトランスフォーメーションを推進。

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