2022.08.25
人流データのデジタル活用の可能性
企業単位から社会全体での活用へ
高木 拓朗
近年、スマートフォンやIoTデバイスの普及により、詳細かつ広範囲なデータを素早く取得できるようになった人流データが、企業のマーケティング分野から街づくりや観光に代表される官民連携の分野まで幅広く注目を集めている。今後、そうした人流データをより広範囲に活用していこうと考えている企業も多いのではないだろうか。
本稿では、人流データや人流データを含めたビッグデータのデジタル活用を検討している担当者向けに、人流データとはどのようなもので、何に利活用できるか、そしてその際、どのような点に注意する必要があるかを明らかにしたい。
人流データの定義と近年における進歩
人流データとは「人がいつどこに何人いるのかを把握できるデータ」のことである。具体的には「人の集積・通過や移動の履歴を計測した値および計測した値をもとに推計・加工した人の動きに関するデータ」を指す[1]。
近年では、新型コロナウイルス感染症の蔓延拡大防止に際し、人流データを基にした東京や全国各地点の街の人出が各種メディア[2]や政府のWebサイト[3]に取り上げられたことは記憶に新しい。
スマートフォンやIoTデバイスの普及以前にも人流データは存在しており、例として国勢調査をはじめとした以下のようなものが挙げられる。
図1:スマートフォンやIoTデバイスの普及以前の人流データ
従来のアンケート・目視/手入力の測定方式では、対象範囲が広範になると集計に時間を要すため、元となるデータを取得してから人流データを利活用するユーザーの手元に届けるまでに時間がかかり、ユーザーは鮮度の低い情報を利活用せざるを得なかった。一方で、対象範囲を絞ることで時間は短縮されるが、対象としている地域、地点のみの情報となるため、網羅性に欠けていた。
また目視/手入力方式は収集できる顧客の属性が年代や性別のみとなり、限定的であるという欠点も持ち合わせていた。
一方、スマートフォンやIoTデバイスのデータから作成される人流データは、携帯電話の基地局やWi-Fiによって取得される顧客の位置情報データから自動的に作成され、あらかじめ登録されている顧客情報がベースとなっているため、広範囲かつ多様な属性を持ち、より速く利活用するユーザーへ届けることが可能となっている。
このようなデータは、企業の出店計画やマーケティングで利活用が進んでおり、スマートシティに代表される街づくり等、企業や公共の組織を超えた社会的な課題解決への利活用も可能となることから、昨今注目を集めている。
近年の人流データの分類と特徴
スマートフォンやIoTデバイスから取得される人流データ(ここではデータプロバイダーが販売/提供する人流データを対象とする)については、携帯電話ユーザーの位置情報を基にしたもの、Wi-Fiスポットを利用する訪日外国人の情報を基にしたものなど、さまざまなソリューションが世の中に出ているが、精度や対象範囲等の仕様は、位置測位方式に依存する。
以下は、前章で述べた従来の人流データの課題を解決するものである。例えば、位置測位方式が基地局のソリューションであれば、国勢調査や住民基本台帳人口移動報告と同様の範囲である全国の人流データを、数分から数時間内に把握することが可能となっている。また携帯電話ユーザーがもつ属性情報と組み合わせることもできる。
図2:従来の課題を解決する代表的な位置測位方式
またデータプロバイダーが提供する人流データとは別に、人流データを利活用したい利用者がBeacon機器(Bluetooth技術を利用した位置情報取得技術。発信機と受信機で位置情報を取得する)を設置し、取得した人流データを利用者内部(会社やイベント等)で利活用するパターンも考えられる。ただし、データ取得はBeacon設置場所に限定されるため、対象範囲は限定的である。
上記のような人流データについては、個人の特定ができないよう匿名化され提供されているものがほとんどだが、実際に利活用する際はプライバシーに配慮し、各種関連法規、ガイドラインを確認することが重要だ。
人流データの活用手法と具体例
人流データの活用手法については、対象とする時間軸ごとに「過去の分析」、「現状の把握」、そして「未来の予測」の3パターンに大別できると考えられる。人流データを利活用し、最終的にユーザーにどのような結果を提供するかを検討するにあたっての参考としていただきたい。
(A)過去の分析
「過去の分析」とは文字通り、蓄積された人流データから過去の事象を分析し、その情報を利活用する。「過去の分析」をした結果、新たな施策の立案や、「未来の予測」につなげるパターンも考えられる。現状では以下の利活用が考えられる。
- 観光客の属性分析による観光施策の立案
- 商圏分析による経営戦略の策定
- 開催したイベントの効果測定
(B)現状の把握
「現状の把握」とは、リアルタイムに更新される人流データにより利用者の位置を把握することで、利用者の位置情報の把握そのものや、情報配信や行動変容に利活用するものである。情報配信の中でも、人流データそのものを情報として配信する場合には、利用者の位置情報は地図やAR(拡張現実)上に可視化することが可能である。現状では以下の利活用が考えられる。
- 感染症対策としての街中の人出把握
- デジタルサイネージ活用のターゲティング広告配信
- 災害や大規模イベント時の誘導
(C)未来の予測
「未来の予測」は、ある時点での人流データを活用し、未来の時点での何らかの指標や数値を予測する手法である。この手法は、近年のAIや機械学習の発達により、さらなる利活用が進むと考えられる領域である。例えばスマートシティの場合、ある地点の人流から周辺道路や施設の混雑状況を予測し、混雑緩和を目的として、周辺地域の商業施設に誘導するためのタイムサービス実施やクーポンチケット配布などの施策へ利活用する。
現状では以下の利活用が考えられる。
- 企業業績の予測
- 交通渋滞の予測
- 商業施設における需要予測
人流データを利活用したサービス検討におけるポイント
ここまで人流データの種類と主な活用手法について見てきたが、自社/自部門が人流データを活用したサービスを検討する際には、目的と手段の観点で、以下の2点に注意する必要がある。
1. 目的:人流データの利活用がそもそも適しているか
人流データは「人がいつどこに何人いるのかを把握できるデータ」であるため、課題・ニーズのそもそもの原因が、人の流れに起因するものが特に適していると考えられる。
活用手法ごとに人流データの活用が向いていると考えられるケースを例示する。
過去の分析の適用は、分析を基にした施策の精度向上や、従来よりも具体的な分析およびターゲティングを目指したい場合に適している。高頻度での情報取得により、マネジメントサイクル(計画→実行→評価)が短サイクル化されることや、属性の追加により、より具体的な分析およびターゲティングが可能となり、施策の精度向上が期待できる。
現状の把握については、イベント等が発生した際に人に対してリアルタイムにアクションを起こしたい場合に向いていると考えられる。現在の人流を把握することで、過去と異なる状況を察知できる。
未来の予測については、人流との相関が高いと考えられる経済活動の動向を予測する際に適していると考えられる。人流データを加えることで予測の精度向上が期待できる。
また、人流データの具体的な活用を検討する際は、エンドユーザーの課題・ニーズを把握することが大前提である。課題・ニーズの把握については、エンドユーザーへの直接のアプローチや、日常的に触れ合っている事業部門との協力、外部の有識者との協力が不可欠である。課題・ニーズの把握が不十分な場合、PoC(概念実証)に進んだとしても、事業化されない可能性が高い。
2. 手段:人流データをどのように利活用するか
課題・ニーズの把握が完了した後の人流データの利活用においては、人流データの効果を最大限生かすために、利活用方法や種類を検討する必要がある。検討の際には人流データ単体のみならず、自社/自部門が持つ他のデータや、企業や組織の枠組みを超えた他社との連携、気象情報や経済統計などのオープンデータとの組み合わせ等を考えると利活用の可能性が広がるだろう。そして、人流データの種類についても、課題・ニーズに応じて前々章にて示した各位置測位方式等から精度、範囲等を検討し、どの人流データを利活用するか検討するのがよいと考えられる。
人流データを含めたデータ活用の未来
人流データは他のデータと組み合わせることによりその真価を発揮することは前章までで述べた。
理想の将来像は、各企業が保有するデータを相互に利用できることだが、現状では個人情報等さまざまな問題からハードルが高く、日本国内においては人流データと自社の顧客データを掛け合わせたものを自社の営利活動の範囲で利用するにとどまっている。企業の枠組みを越え、各種データを相互流通させ活用する取り組みは現在各社において進んでいるが、いまだ発展途上の状態である。
一方で、現在は国として、さまざまな企業や分野において分散して存在しているデータを互いにデータ連携基盤上で連携し、AI等での利活用、デジタルツインの構築に活かす取り組みを進めている[4][5]。
欧米においてもドイツやフランスが中心となり、欧州独自のデータ連携基盤としての“Gaia-X”の開発を進めている。これは、ヨーロッパ内外における新たなデジタルエコシステム構築のために、透明性と堅牢性を持ち相互流通可能な集約されたデータ連携基盤を提供する試みであり、現在350以上の組織や企業がメンバーとして参画している[6]。
このように、国が主導し、データ連携基盤において分散されたデータの統合的な流通を図ることで、その活用を進めようとする動きが昨今活発になっている。しかし実際は、米国のGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)や中国のBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)などがデジタルデータの多くを握り、それを各社が分析し、サービスに活用しているというのが現状だ。
国が主導する場合と大手プラットフォーマーが主導する場合を比較すると、データの質や量の面では国が上記プラットフォーマーに匹敵もしくは凌駕する可能性があるが、それを利活用する際にさまざまな課題があると考えられる。プラットフォーマー一社が自社で保有するデータを活用する際に比べ、ステークホルダーが多様となることで、セキュリティ、ユーザーの許諾、そしてデータを提供する企業に対するインセンティブなど多くの障壁が存在すると考えられる。このような障壁をクリアするような仕組みを整えたうえで、データ提供する企業側がメリットを十分に享受でき、プラットフォーマー一社が利用するのとほぼ変わらないような迅速性、柔軟性を持ったシームレスなデータ連携基盤が将来的に実現すれば、企業や公共団体はデータを自由に必要なだけ迅速に相互利用することが可能になり、社会全体へのデータ活用の拡大が期待できる。そして、そのようなデータ連携基盤が実現した際には、人流データはさまざまな分野での中核データとなり得ると筆者は考える。
おわりに
本稿では近年利活用が広まっている人流データについて、その種類と利活用パターンおよび利活用のポイントについて解説した。
今後、人流データの利活用領域は、企業に閉じたものから、企業や公共の組織の枠組みを超え、データを相互流通・活用しつつ社会全体の課題解決へと拡大していくだろう。
また、利活用方法は、AIや機械学習、デジタルツイン等との組み合わせで高度化していくものと考えられる。利活用領域の拡大と高度化の結果、社会全体における需要と供給のコントロールおよび最適化が可能になり、人々の生活向上に寄与すると考えられる。本稿がその際の一助になれば幸いである。
- [1] 国土交通省不動産・建設経済局(2022), “地域課題解決のための人流データ利活用の手引きVer1.0”, https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001474839.pdf(参照2022年8月22日)
-
[2]
NHK, “街の人出は? 全国18地点グラフ”, https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/outflow-data/(参照2022年
8月22日) -
[3]
内閣官房, “新型コロナウイルス等感染症対策 各種データ”, https://corona.go.jp/dashboard/(参照2022年8月22日)
- [4] 内閣官房(2022), “デジタル田園都市国家構想基本方針”, https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20220607_honbun.pdf(参照2022年8月22日)
- [5] 内閣官房(2022), “統合イノベーション戦略 2022”, https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/togo2022_honbun.pdf(参照2022年8月22日)
- [6] Gaia-X, “Vision & Mission”, https://gaia-x.eu/what-is-gaia-x/vision-and-mission/(参照2022年8月22日)