2021.12.13

ものづくり企業を変革させるデジタルトランスフォーメーションの勧め

【第2回】製造業のDXの海外先進事例

デジタルトランスフォーメーション担当 

歴史のある大手製造業では、これまで培ってきた顧客や取引先との信頼関係、従業員のモノづくりにかけるマインド、経営者の思いなどから企業文化が形成され、その企業文化をベースに成長発展してきた。しかし、その成功体験から、企業を取り巻く環境のめまぐるしい変化に対し、社内のコンセンサスが取れない、投資効果が見えないなどの理由により意思決定が遅延し、なかなか変革が進まない企業が散見される。これまで、事業形態やビジネスモデル、さらには人・組織を変えずに企業を維持できるのは30年といわれてきたが、2020年に倒産した企業の平均寿命が23.3年[1]と会社の平均寿命はさらに短くなってきている傾向がある。創業100年を超える歴史ある海外の大企業の事例より、企業を永続させるにはどのように企業変革に取り組むべきか考察する。

DXの先進事例

経済産業省は東京証券取引所と共同で「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」を選定し、2021年6月に「DX銘柄2021」選定企業28社と、「DX注目企業」20社を発表した。これらの企業は、単に優れた情報システムの導入やデータ活用をするにとどまらず、デジタル技術を前提としたビジネスモデルそのものの変革および経営の変革に果敢にチャレンジし続けている企業として選定され、デジタル技術を最大限に活用した活躍が期待されている。これらの選定企業の活動内容は選定企業レポート[2]として公開されており、これからDXを推進していく企業にとっては大変参考になる先進事例であると考える。このように、一部の日本企業においては着実にDXが進んでいる。

DX銘柄2021 選定企業一覧[3]

 

一方、連載第1回でも述べたが、「DXレポート2」によると、DXに全社横断的かつ持続的に取り組んでいる日本企業はわずか5%である[4]。DXを実施することで、どのような経営効果が得られるのかイメージできず、DXが進展しない企業が多いのが実情である。
そこで今回は、海外企業で進んでいるDX事例の中から、創業100年を超える大企業2社の取り組みについて、取り組みの背景、取り組み概要、活動の成果、成功の要因について考察する。最先端のDX事例を知ることで、自社でDXに取り組んだ先にある状態を少しでも具体的に想像し、DX戦略設計に活かしてほしい。

海外製造業におけるDXの先進事例① CEMEX

取り組みの背景

創業110年を超え、世界シェア5位の大手セメントメーカーであるCEMEX[5]のDXの取り組みについて考察する。
近年、セメント業界では、新興国を中心にたくさんの現地生コンクリート(以下、生コン)プレイヤーが台頭し、価格競争が激化してきている。そのため、価格以外の競争優位性の確立が求められるようになってきた。また、セメントを利用する建設業界に対しては、セメントをなるべく早く、ほしいタイミングで納品してほしいというニーズに対応する必要があった。また、地球温暖化問題への対応が競争優位性の重要な要因となってきており、セメントの廃棄ロスやセメント製造時に排出される温暖化ガスの削減が求められるようになってきた。そのような背景から、CEMEXはセメントを必要な時に、必要な場所(建設現場)へ、必要な量を、受注後4時間以内に届けることを目指し、これまでのセメント売り切りのビジネスから、デジタルプラットフォーム「CEMEX Go」による、セメントサービスビジネスへ変革した。

取り組み概要と活動成果

2017年より提供している「CEMEX Go」は、生コンの発注、出荷・配送の追跡、支払い、取引履歴を一元的に管理するデジタルプラットフォームだ。このプラットフォームを利用することで、これまで何時間もかかっていた発注、取引履歴の確認、発送状況の確認がわずか数分でできるようになり、セメント版のジャスト・イン・タイム(JIT)を実現している。このプラットフォームはCEMEX が事業展開している21カ国で33,000以上の顧客が利用しており、定期的に利用している顧客の96%が「CEMEX Go」を利用するという高いリピート率により、顧客の囲い込みや離反防止に繋がっている。

※StreetInsider.com “Form 6-K CEMEX SAB DE CV For: Mar 20”[6]をもとにクニエにて作成

 

今後の活動

CEMEXは建築資材業界のサプライチェーン・プラットフォームである「Open Built」を主導し、顧客の満足度を向上させる新たな価値の提供を目指している。また、「CEMEX Go」に加え、顧客の設備にセンサーを設置し、必要な時に、必要な量のセメントを供給する、セメント版サブスクリプションモデル「Cement as a service」で顧客の囲い込みを加速している。

※CEMEXのHPをもとにクニエにて作成(https://www.cemex.com/web/cemex-go

 

海外製造業におけるDXの先進事例② BASF

取り組みの背景

合成染料等を祖業とし、1865年に設立された世界最大級の総合化学メーカーであるBASF[7]のDXの取り組みについて考察する。
BASFでは、製品のコモディティ化や発展途上国における急速な競争の激化、低価格を訴求する顧客の要求拡大のような事業環境の変化があるなかで、他社との差別化が求められるようになってきた。一方、自動車用塗料分野においては大きなシェアを持っており、自動車メーカーとTier1のポジションで常に新しい色をデザインしながら、現在600色以上を生産している。
そこで、今までの競争優位性に磨きをかけながら、デジタルを活用した顧客の製品価値向上を目指し、自動車メーカー向けに、デザインワークから塗装工程の最適化を実現する外装色デザイン支援プラットフォーム「AUROOM」を構築した。

取り組み概要と活動成果

「AUROOM」は2018年より提供を開始した、自動車の価値を決める重要要素のひとつである、車体の外装色を写真同様に表現できるプラットフォームだ。自動車のデザイナーは、塗料プラットフォームのカラーデータベースにアクセスし、好みの色を3D CAD(三次元の設計支援ツール)上で確認することができる。また、「AUROOM」で選んだ塗装色を顧客塗装ラインで確実に再現するために必要な塗装工程の品質管理や、業務最適化のデジタルデータ共有サービスを提供している。

BASFは「AUROOM」により、塗料(モノ)売りから、車の価値向上(コト)売りへビジネスモデル変革を図っている。また、自動車メーカーの設計業務が「AUROOM」で最適化されることで、長期パートナリングに繋がっている。

※「BASF、自動車の外装色をデジタルで視覚化するプラットフォーム『AUROOM™』を発表」[8]をもとにクニエにて作成

 

今後の活動

BASFは塗料の高機能化(水性塗料化など)を進めるとともに、顧客の価値向上に繋がるサービスの拡充を図っている。

2つの事例から見た成功の要因

この2社がなぜ企業変革に取り組めたのか、その理由は単にデジタルプラットフォームをサービス展開し成功したということだけではない。彼らのコアビジネス(生コン、塗料)をさらに伸ばすために、顧客の課題に対しどのような価値が提供できるかという観点で変革を進めていったと考えることができる。
CEMEXの事例では、生コンがほしいタイミングで届かないために、建築現場に待ちが発生し生産性が落ちるという顧客の課題に対し、セメント版JITを実現するデジタルプラットフォームの提供で課題を解決している。BASFの事例では、新色塗料の試作を行う際に、実際のサンプル塗料を製作し、自動車に塗装することで色調確認を行うために多大なコストと工数がかかるという顧客の課題に対し、実際の塗料と同じ色調を再現するデジタルプラットフォームの提供で課題解決している。

このように、自社の強みにデジタル技術を活用することでさらなる価値の創造に繋げている。また、彼らの取り組みは、最初から現在のデジタルプラットフォームをイメージし設計・構築してきたわけではない。CEMEXの「CEMEX Go」では、はじめから数千社のアナログ業務をすべてデジタルに置き換える設計をすることは不可能だと考え、企画当初は顧客企業の抱える課題解決に必要な最低限の機能でサービスリリースしている。サービスリリース後に顧客の要望に応じてアジャイルで機能拡張を図っているのである。

おわりに

彼らの取り組みは、これまでにない全く新しい製品やサービスを創造したものではない。また、これまでにない最先端のデジタル技術を取り入れたサービスでもない。すでに普及しているデジタル技術を組み合わせ、そこから得られるデータを活用することで、ビジネス領域を拡張しているのである。これは、これからDXに取り組む製造業にとっては大いに参考になるのではないか。これまで製造業は製品の品質が重視され、品質が他社との差別化の大きな要因となり、収益拡大を図ってきた。しかし近年では、顧客のニーズが多様化し、品質だけでは差別化できず、多様なニーズに対する価値提供が求められるようになってきている。

 

この新たな価値を創出するためには、顧客視点に立ち、顧客が何に困っているのか、何を求めているのかを考え、顧客の求めていることを超えた価値を提供することが重要ではないかと考える。これはまさに、自分のことより他人を敬う「利他の心」であり、この「利他の心」は、昨今成功している企業が成長発展していく過程で脈々と受け継がれている考え方になっているのではないかと筆者は考える。自社のビジネスを成長発展させることはもちろんであるが、顧客やバリューチェーン全体の成長発展に向けて自社がどのように変革しなければならないかという観点でDXを考えることで、さまざまな企業でDXが実践され、日本全体のDXが加速することを期待している。

本連載の次回記事ではデジタルトランスフォーメーションを進めるうえで役に立つ思考法のうち、デザインシンキング、アート思考などを解説したい。

  1. [1] 東京商工リサーチ(2021), “2020年「業歴30年以上の“老舗”企業倒産」調査”, https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20210203_01.html, (参照2021年12月8日)
  2. [2] 経済産業省(2021), “デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2021”, https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/dx-report2021.pdf, (参照2021年12月8日)
  3. [3] 経済産業省(2021), “「DX銘柄2021」「DX注目企業2021」を選定しました!”, https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210607003/20210607003.html, (参照2021年12月8日)
  4. [4] 経済産業省(2020), “DXレポート2(中間とりまとめ)”, https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-2.pdf, (参照2021年12月8日)
  5. [5] CEMEX(セメックス):メキシコのモンテレイに本社を置くセメント会社。ラファージュホルシム、ハイデルベルクセメントなどと並び、セメントメジャーのひとつに数えられる。2008年の全世界でのセメント出荷量は7800万トンで、セメント生産能力では9670万トン(2007年)を誇る。セメントメジャーの中でも特に、積極的な企業買収によって規模を拡大してきた企業。
  6. [6] StreetInsider.com, “Form 6-K CEMEX SAB DE CV For: Mar 20”, https://www.streetinsider.com/SEC+Filings/Form+6-K+CEMEX+SAB+DE+CV+For%3A+Mar+20/15278118.html, (参照2021年12月8日)
  7. [7] BASF(ビーエーエスエフ):ドイツ ルートヴィッヒスハーフェンに本社を置く総合化学会社。全世界で約110,000人の社員を有し、製品ポートフォリオは化学品、高性能製品、機能性材料、アグロソリューションの4つの事業部門から構成されている。
  8. [8] BASF(2018), “2018年12月6日 ニュースリリース 「BASF、自動車の外装色をデジタルで視覚化するプラットフォーム『AUROOM™』を発表”, https://www.basf.com/jp/ja/media/news-releases/global/2018/11/p-18-369.html, (参照2021年12月8日)

デジタルトランスフォーメーション担当

新しい価値を創出するデジタルビジネスを創造し、日本の社会・企業の発展に貢献することをミッションとして、ビジネスモデルイノベーションに繋がる最先端のテクノロジー・サイエンス活用の提言/実践に取り組む。ノウハウやネットワークをもとに、企業のデジタルビジネス開発、デジタル人材育成などによってデジタルトランスフォーメーションを推進。

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