2021.07.21

ニューノーマル時代のスマートキャンパス

新型コロナウイルス感染症対応を機に進展する大学のデジタルトランスフォーメーション

石黒 智也 

新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ」)を機に、新しい生活様式が取り入れられたニューノーマル時代に突入した。大学業界も例外ではなく、オンライン授業等の環境整備に追われていた段階から、改革意欲の高い大学を筆頭に、新たな大学運営の在り方に関する検討が進んでいる。中には、具体的な取り組みに着手している事例も見受けられる。
しかし、そうした検討や取り組みは、コロナによってもたらされたパラダイムシフトの本質の理解に立脚したものばかりではなく、いわば場当たり的な対応になっているものも多い。
本稿では、こうした状況を踏まえ、文部科学省にて大学行政、特に国立大学法人の財務分析、財務省協議等を担当した筆者の経験をもとに、コロナによってもたらされた大学業界のパラダイムシフトの正しい理解とは何か、また当該理解を下敷きにした大学業界の展望について、考察を提示する。

コロナによって強制されたリモート化

コロナによって、世の中は何が変わったのか。まずは、大学業界に限定せず、大きな世の中の変化の本質を押さえたい。それは、「リモートに対する世の中の認識」であると考えている。つまり、遠隔でのコミュニケーションを行うことに対する人々の捉え方の変化だ。
Beforeコロナでは、リモートは「特段の事情がある場合に取られる手段」だった。原則的にはリアル、例外的に特段の事情があればリモートが選択されていた。つまり、人々は無意識的にリアルなオフィスに出社することが当たり前だったわけである。それが、Withコロナにおいては、強制的にリアルを選択できない状況になった。リモートが「当たり前に取られる手段」になったのである。当たり前とされる状態、つまり常識が逆転した。これが、パラダイムシフトである。

では、Afterコロナではどうなるか。引き続きリモートは、当たり前に取られる手段であり続けると考えるのが自然ではないだろうか。すなわち、Afterコロナは、Beforeコロナへの回帰ではなく、Withコロナの延長線上にある。ただし、「リアルが選択できない」わけではなくなるため、「リアルで実施する価値のあるもののみリアル」という状況になるだろう。総括すると、「コロナによって、世の中は何が変わったのか?」という問いに対するシンプルな解は、「リモート化が強制され、リモートが当たり前となり、リアルを選択する際にはその意義が問われる社会となった」ということだ。

大学業界におけるリモート化の実態

これを大学業界に当てはめて考えてみたい。Beforeコロナでは、教育・研究は、リアルなキャンパスで実施されるのが当たり前だった。それが、Withコロナではリアルを選択できなくなったため、リモートに切り替わった。オンライン授業やオンライン学会の実施である。前述の通り、Afterコロナでは、「リアルで実施する価値のあるもののみリアル」が選択されるということがポイントであった。そうすると、例えば、講義を聴くのみの大教室での授業は相対的に価値が低下する。一方、ゼミ活動などで使われるセミナールーム、実験室・実習室での教育・研究は相対的に価値が上昇すると考えられる。なぜなら、セミナールームで行われるゼミ活動は、個々の学生が単に知を獲得すること以上に、リアルな場所だからこそ醸成できる教員・学生同士の知の共創に価値があり、実験室・実習室はそもそもリアルな場所がなければ実施不可能な類の教育・研究が大半であると考えられるからだ。

こうした動きは、目先の教育・研究の改善という効果に留まらない。例えば、学生は必要な日のみ通学すればよいため、通学時間削減による学修時間の確保はもちろん、通学費削減によって以前から問題となっている学生の経済的負担に幾分か効果があると考えられる。また、教員については、さらに期待効果が高いと思料する。講義動画を作成して効率化を図り、従来から問題視されている研究時間の圧迫に歯止めをかけ、ひいては我が国の研究力強化の足がかりの1つとなるような、有効な一手とすることもできるのではないだろうか。いずれにしても、大学における教育・研究は、ある程度「リモート」を前提とせざるを得なくなっている。

リモート化によるデジタル化の同時進行

では、リモート前提の教育・研究は、何を意味するか。単に、リアルなキャンパスからリモートに移り変わるのみなのか。もちろん、そうではない。リアルなキャンパスでは対面で授業・学会が行われるが、リモート化が起こると、それを実現するための手段としてオンラインでのやり取りが必要となる。つまり、リアルなキャンパスでは、リアルな空間におけるアナログ情報のやり取りだが、オンラインとなれば、必然的にバーチャル空間でのデジタル情報のやり取りとなるのである。ここで着目すべきは、リモート化の結果、副次的な効果として、デジタル化が同時進行している点である。オンライン授業・オンライン学会は、主にリモート化を意図したものだが、結果としてデジタル化の進展がもたらされているのである。蛇足だが、Beforeコロナ時代においては、デジタル化、またそれをベースとしたデジタル・トランスフォーメーション(以下、"DX")の取り組みは、トップダウン的に、極めて意欲的な旗振り役による根気強い周囲への説得をもってしても、紙、ハンコ、対面・郵送という従来の教育研究事務が前提とされた制度設計、組織体質・文化となっていること等により、停滞しがちというのが常であった。それがWithコロナ以降ではリモート化の強制力により、副次的効果として大学業界特有の制度や体質を変革するDXが不可避的にかつ加速度的に進んでおり、これは特筆すべきことである。

デジタル化・DXの先にある「スマートキャンパス」

最後に、「デジタル化・DXの先にある大学の形」とは何か、考えてみたい。前述の通り、リモート化と同時進行するデジタル化・DXによって、バーチャル空間に教育・研究に係る情報が蓄積されていく。それらがビッグデータを形成し、AIが分析するというサイクルが生まれてくるのは想像に難くない。そうすると、これまでBeforeコロナ時代から議論されてきた大学業界に係る2つの長期的展望が、ずっと身近で現実感のあるものになってくる。

1つは、「eポートフォリオやラーニングアナリティクスの進展」が挙げられる。学修データの蓄積や活用だ。e-ポートフォリオについては、学生が学修データによって自身の学修状況を客観的に把握し、それによってより明確な学修目標を定め、主体的な学修ができるようになる。また、従来不透明になりがちであった学修状況をエビデンスとして蓄積できることで教育の質の保証に繋がるといった効果もよく知られたところだ。ラーニングアナリティクスに関しては、それよりやや用途が幅広く、大学が教育カリキュラムを作成したり、教育当局が政策立案を行ったりするのに役立てるという効果が期待されている。これらは、Beforeコロナから注目されている取り組みではあるが、前提となる「いかに情報を集めてくるか」というところが課題の1つとなっていた。情報は誰かが入力しなければ蓄積されていかないが、その入力の労力が大きすぎるのである。それが、WithコロナやAfterコロナでは、情報は意図して「集めてくる」のではなく、いわば自然と「集まってくる」に近い環境になってきている。もちろんすべての情報が入力不要になるわけではないが、入力の労力なしに「集まってくる」学修データを、eポートフォリオやラーニングアナリティクスを進めるための発射台とすることができるというのは、大きなポイントである。

もう1つは、「教育・研究施設の利用状況の可視化と最適化」である。現在、施設の予約は紙で行われていることが多く、図書館の座席も行ってみなければ空いているかわからない大学も多い。また、システム化されていても複数の関連するシステム間の連携が不十分なため、関連システムに別途入力するような無駄な作業を必要とする大学も見受けられる。これに対して、一部の大学で先行している取り組みでは、スマートフォン1つで施設の利用予約・座席予約ができ、かつそれを情報として一元的に管理できるようになっている。もっと進んで、あらゆる施設の利用状況がIoT(Internet of Things)で可視化されるという未来も遠くはないだろう。そうすると、ただ便利になるだけでなく、結果として施設の利用率、利用時間帯が可視化される。施設の老朽化の進む大学業界にとって、真に必要な施設とは何か、検討できる材料が出そろってくるわけである。道行く先は、「施設ポートフォリオの最適化の実現」であることはいうまでもない。またこれは、施設整備費予算の確保という以前からある大学業界の財務的課題の解決手段にもなり得る。施設利用等に関する情報は、予算の選択と集中を検討するための基盤となる情報でもあり、限られた財源の中で、教育・研究の質の向上に対して真に寄与する施設への投資を行っていくことにも繋がるからだ。

デジタル化・DXの先にある大学の形とは?

 

筆者は、こうしたコロナを契機とするリモート化/デジタル化・DXに始まるビッグデータの形成やAIの活用も含めた一連の取り組みが実現した大学の形を「スマートキャンパス」と呼称している。この「スマートキャンパス」の実現が、「コロナによってもたらされた大学業界のパラダイムシフト」の帰結であると考えている。それは、遠い未来ではなく、近い将来に実現するだろう。コロナによるリモート化というとてつもない強制力によって。そんな待ったなしの状況を、共に乗り越えていければ幸いだ。

石黒 智也

ファイナンシャルマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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