2021.05.18
帳票電子化、その前に
前例踏襲的な帳票を廃止するための実践的プロセスとは
百瀬 俊一朗
Summary
- ・新型コロナウイルスの感染拡大やニューノーマルの働き方への対応のため、ペーパーレス推進は急速に拡大している状況
- ・ペーパーレス推進の目的は人事担当者や従業員の業務の効率化であって、帳票の作成・管理に係る費用・工数など、広義の意味でのコスト削減を目指すべき
- ・単なる紙から電子への置き換えに留まらず、目的の不明確な帳票の廃止こそが重要であり、「帳票の廃止・統合が可能か」→「簡素化が可能か」→「電子化が可能か」の順に検討を進めることが重要
- ・電子化対応においては優先順位をつけ、“Quick-Win”が見込める「効果が高く、難易度が低い」領域から着手することが望ましく、早期に成果を出し、社内の協力体制を強化しながら順次難易度の高い施策へと対応を拡大していくべき
2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大による経営インパクトや、ニューノーマルの働き方への対応により、数年前から企画してきた人事施策の優先順位が大きく変わり、対策に追われた人事パーソンも多かったのではないだろうか。
昨年、筆者が支援した人事システム刷新プロジェクトの中にも、急遽、直近での投資を抑制する方向に舵が切られ、残念ながら10年以上使い続けている既存システムの延命が選択される、あるいはシステム刷新の時期が数年先に見送られるといった経営判断が下されるものもあった。長年の人事課題の解消が先送りになってしまうが、情勢を思えばやむを得ず、企画担当と数年先の捲土重来を誓いあった。
そのような中で、多くの企業が優先度を上げて対応を検討しているのがペーパーレス推進だ。アイ・ティ・アールの調査[1]によれば、2020年4月時点で「今回の新型コロナウイルス感染対策として、あなたの勤務先で実施した(または実施予定の)緊急対策を教えてください」という問いに対し、「PC、モバイルデバイスの追加購入・追加支給」(32%)、 「ネットワーク・インフラの増強」(35%)などを抑え、「社内文書(申請書など)の電子化対象拡大」を実施予定と回答した企業が36%と最多だったという。
このような情勢を背景に、本稿では人事周辺業務の効率化を図る一つの方法として、ペーパーレス推進の流れやそのポイントを実践的に紹介したい。また、前例踏襲的な帳票開発は来たる人事システム刷新においても予算肥大の温床になりかねず、数年先のシステム刷新を見据えても先行検討を行う価値のあるテーマだといえる。
ペーパーレス推進プロジェクトの流れ
ペーパーレス推進プロジェクトの検討の流れを、以下に示した。大きな流れは、「①人事関連帳票の棚卸・分類」として人事関連帳票全量の洗い出しと整理を行い、「②各帳票に対する対応方針の検討」の中でそれぞれの対応方針をパターンに沿って検討し、「③施策の策定と実施」で帳票の運用を切り替えていくというオーソドックスなものとなる。
図1:ペーパーレス 検討の流れ
この際にポイントとなるのは、目指すべきゴールを明確にすることだ。「ペーパーレス」という言葉からは、単純に現在紙で作成している帳票を電子化することが想像されがちだが、ペーパーレス推進の目的はあくまで人事担当者や従業員の業務の効率化であって、帳票の作成・管理に係る費用・工数など、広義の意味でのコスト削減が目的のはずだ。そうであれば、既存の帳票の様式を電子へと単純に置き換えていくことだけでなく、業務上、本当に必要な帳票と、必要十分な項目を明確化していくことが、ペーパーレス推進において非常に重要な視点となる。
ペーパーレス推進プロジェクトのゴール設定の例として以下のようなものが挙げられる。
- 作成の目的が不明瞭で形骸化した帳票を廃止、統合できていること
- 必要最低限の項目に絞って、帳票がスリム化できていること
- 不要な紙出力をなくし、電子にて完結できていること
ペーパーレス推進の方針検討フロー
帳票によっては関係者も多く、対応方針の整理方法に悩んでいるクライアントも多い。そんな時にはシンプルに、棚卸しした帳票の一覧をもとに、3つの判断軸から5つの対応方針パターンへ割り当て、ペーパーレス推進の対象となる帳票を整理していくことを提案している。
電子化が可能かどうかの十分なフィジビリティースタディーを実施するには、システム部門や開発ベンダーを巻き込む必要がある場合も多い。ポイントを絞った電子化検討を行うためにもまずは検討対象の総量を減らすことを考えるべきであり、電子化検討の前に、帳票自体の要不要、さらに残った帳票の中での項目の要不要を先に整理することが重要だ。
そのフローを以下に図示した。
図2:ペーパーレス 方針検討フロー
各社のペーパーレス化の推進状況や、担当業務割などによってバリエーションは発生するが、3つの判断軸では、主に以下の確認・検討を行って、対応パターンを決定する。
判断軸1:帳票の廃止・統合が可能か?
- 帳票の作成目的を業務担当者・責任者に確認し、不明瞭なものを洗い出す
- 同じ業務領域の帳票は項目の過不足を比較し、不足のない帳票へ、あるいは最大公約数的な帳票を新設し、その帳票への統合を検討する
- 社規則(就業規則・内部統制規則など)を確認し、廃止や統合が可能かを検討する
判断軸2:帳票の簡素化(作成フロー・帳票項目)が可能か?
- 業務担当者に、帳票の作成フロー上の課題および帳票上の不使用項目を確認する
- 簡素化案(新フロー案・新項目案)を策定する
- 簡素化案の実現性を業務担当者や既存システムベンダーと検討する
判断軸3:帳票の電子化が可能か?
- 洗い出した一覧をもとに、紙である必要性を業務担当者・責任者に確認する
- 「紙である必要性がない帳票」に関して、電子化の実現方法を検討する
電子化対応の優先順位検討
電子化対応を行う帳票が整理できたところで、電子化施策の優先度を整理する必要がある。冒頭の通り、システム投資が抑制傾向であることを踏まえ、施策の効果と実現難易度で整理し、俗に言う“Quick-Win”が見込める「①効果が高く、難易度が低い」領域から着手することが望ましい。早期に成果を出し、社内の協力体制を強化しながら、「②効果は低いが、難易度が低い」領域を経て、「③難易度は高いが、効果が高い」領域へとプロジェクトを拡大していくことが理想的だ。
図3:電子化対応 優先度検討
また、蛇足かもしれないが、テレワークを進める中でMicrosoft 365やGoogle Workplaceなどのプラットフォームを活用している企業も増えている。Microsoft 365であれば“Forms”、Google Workplaceであれば「フォーム」のようにアンケートや分析を簡易に実現できる仕組みが、いつの間にか社内に存在している可能性もある。筆者が支援してきた帳票の電子化プロジェクトの中には、そういった既存のプラットフォームを用いて、現場社員に定期的にExcelシートへ入力させていた情報をWeb上のアンケートから提出・集計する形に改善できたケースや、これまで手作業で加工していた集計データをボタンひとつで作成できるように改善できたケースもあった。社内のデジタル化を推進するチームとの連携を強化し、既存システムの仕組みを活用することによって思わぬ金の卵が生まれたケースがあったことも付記したい。
おわりに
ペーパーレス推進は一つ一つの帳票と向き合いながら、多くの関係者を巻き込んで情報整理・意思決定をする必要があり、一朝一夕には解決できないテーマだ。筆者の経験として、いざ帳票の改善をテーマの一つに掲げ人事システム刷新プロジェクトを開始しても、業務プロセスの変更検討やアプリケーション自体の要件定義が優先された結果、検討時間が足りず、プロジェクトメンバーの誰もがその帳票の必要性を理解しないままに現行踏襲した帳票が作成され続けるというプロジェクトも過去に見てきた。大型のシステム投資が抑制傾向の今だからこそ、腰を据えて取り組み、形骸化した帳票やその運用ルールが一つでも世の中からなくなっていくことを期待する。
- [1] ITR(2020), “コロナ禍の企業IT動向に関する影響調査”, https://www.itr.co.jp/company/press/200512PR.html,(参照2021年5月6日)