2021.04.01

Withコロナ/Afterコロナにおける製造業の海外事業再構築

【第3回】新規拠点設立における現地固有要件への対応アプローチ

現地の法令・商慣習を踏まえた業務策定・システム導入のポイント

芝辻 聡史 藤澤 祐輔 

Summary

  • ・効率的に拠点立ち上げの準備を行うために、現地固有要件の把握・対応検討は業務設計の初期段階から織り込むべきであり、特に進出実績のない国での拠点設立の場合、現地の事情を調査する言語力や、現地業者に関する知見/調査力、海外進出時の豊富な業務検討実績が必要となる
  • ・ITシステム/IT導入ベンダー選定を行う際は、新規拠点設立先の国・地域に根差しており、現地固有要件を満たすシステム機能の知識や導入経験を備えたIT導入ベンダーから選定することが要だが、これには高い専門性や豊富な選定実績が必要となる
  • ・実行力の高い体制を構築するためには、必要に応じ現地事情に通じたパートナーや実績豊富なリーディングコンサルタントなどを活用することも一つの手段である

本連載第2回では、製造業が海外新規拠点のビジネスを立ち上げる際のアプローチと、そこで重要となる視点について解説した。本稿では、海外新規拠点設立時において、法令・商慣習・文化といった現地固有要件に対し、業務プロセスおよびITシステムの視点からどのタイミングでどのように対応するべきか、新型コロナウイルス感染症の影響も踏まえながら、筆者の経験を踏まえて解説していく。

現地固有要件の対応の必要性と、対応検討に着手すべきタイミング

一言に現地固有要件といっても、明確に法令で規定されたもの、一般的に浸透した商慣習、そのほか現地従業員の国民性まで、幅広く存在する。例えば、現地の会計基準に沿った棚卸業務や会計報告を行わなければ当然罰せられるし、雇用した人材に適切な研修や教育機会を与えなくては労働法に違反することもある。現地企業との商取引においても、日本では当然とされ、あえて明文化しないような点が、現地では認識齟齬を生じさせ、トラブルに発展することも珍しくない。また、現地人材採用でも、転職率や労使紛争・ストライキなどの可能性を考慮した採用計画・福利厚生設計や、White Union(経営者に友好的な労働組合)との関係構築などの対策を怠ると、想定外の業務停滞につながり得る。このように、新規拠点を予定通り稼働/運用するためには、現地固有要件を把握し、これに適合した業務設計を行うことで、想定外の法的要件の対応漏れやそれによる訴訟/労使紛争などの「予期せぬリスク」を排除することが必要になる。

また、現地固有要件の把握・対応検討が遅れると、業務設計の検討手戻りが大きく、パッチワークのような修正を繰り返すことで業務全体が整合性を損なうケースもある。それだけでなく、新規拠点の稼働開始におけるボトルネックになってしまうこともある。したがって、現地固有要件の把握・対応検討は、新規拠点の業務検討の初期段階から着手すべきである。

現地固有要件の把握・対応に必要な検討体制

現地固有要件の把握・対応はどのように実施していくのか。具体的な検討手順は次章で述べるとして、まずは対応検討に必要な体制面について言及したい。

通常、日本国内や過去に進出実績のある国における拠点設立の場合であれば、拠点設立時の手続きや業務検討においては、過去の設立時のナレッジを活用することができる。一方、進出実績のない国への拠点設立にあたっては、現地固有要件について不明な点が多く、手探りの中での検討となり、さまざまな困難が付きまとう。まず要件の把握段階で、特に現地語以外の情報ソースが乏しい国への拠点設立を行う場合、現地パートナーなくしては現地固有要件の概要を把握することすらも難しい。

例えば、メキシコでの拠点設立に取り組んだある製造業においては、原材料の輸入にあたり保税プログラム(IMMEX。適用には所定の要件を満たす情報システムを用いた在庫管理が必須)の活用を予定していた。しかし本プログラムの求める要件は複雑かつ頻繁な変更がなされるため、現地企業の専門サービスを用いるのが一般的であり、当該地域をカバーする日系のフォワーダー(運送貨物取扱業者)もサービスメニューとして備えておらず、ナレッジが乏しかった。また、これに関する情報は現地語(スペイン語)以外で記載されたソースが少ない上、海外の拠点設立時における制度適用上の留意点に通じた知見者もおらず、自社のみではこうした要件の存在を予見・認識しづらい状況であった。このケースでは業務検討に際し現地パートナーと協業していたため、本件に関し即座に要件の概要説明を受けるとともに、現地の関連業者のリストアップ・情報交換を行うことができたが、それなくしては要件の発見や対応方針の目処を立てるのに時間を要し、拠点の稼働開始に遅延が生じた可能性があった。

また、現地パートナーと協業していても、海外拠点の業務設計上の勘所がなくては、網羅的に現地固有要件の存在を予見できず、必要な情報の全てを現地パートナーから引き出しきれないこともある。加えて、発見した要件への対応を行うために現地の専門業者を活用する際にも、現地の業界事情や各業者の評判に通じていなくては適切なリストアップができないだろう。

上記のように、進出実績のない国での新規拠点の業務検討をする際には、現地要件の把握や現地業者とのコミュニケーションを行うための言語力、現地業者をリストアップできる業界調査力、また要件を漏れなく把握するための業務検討上の勘所が求められる。十分な推進力を備えた検討体制を作るには、必要に応じて現地要件や現地業者に通じた現地パートナーのほか、その知見を漏れなく引き出して業務に組み込むことのできる、新規拠点の業務検討実績が豊富なメンバーなどを体制に含めることが望ましい。

現地固有要件を反映した業務プロセス策定

では、どのように現地固有要件を把握し、それらをどのようにTo-Be業務プロセスに盛り込むのがよいか。現地固有要件の情報収集方法として、書籍・インターネットの利用や現地に既に進出している他社の駐在員などからの聞き取り調査といったものがあるが、それらの方法では業務プロセスやITシステムを選定するのに十分な情報を収集できるとは限らない。また、網羅的に収集できているかという判断もできないのではないだろうか。

そのような状況の場合、現地固有要件を網羅したTo-Be業務策定を行う方法の一つとして、業務設計に知見のあるコンサルティングファームなどと協業でTo-Be業務プロセスを策定するという方法が有効であると考える。

前稿でも言及しているが、筆者の経験したプロジェクトでも業務領域によって差異はあったものの、おおむね次の流れで新拠点のTo-Be業務プロセス設計を行う。

まずはモデル拠点の業務プロセスをベースとし、それにコンサルの保有する他社事例・知見、事前に把握した現地固有要件などを盛り込んだドラフト版のBPF(Business Process Flow:業務プロセスフロー)やBFC(Business Function Chart:業務機能一覧)を作成する。その後、コンサルの海外ネットワークを活用し、現地固有要件に精通している現地パートナーにプロジェクトへ参画してもらい、顧客、コンサル、現地パートナーとでワークショップを実施する。そこで現地の法律や商慣習などに適合しているかの確認を行い、BPF・BFCの最終化を行う。このような手順を経ることで、現地固有要件を網羅したより実際的なTo-Be業務プロセスを策定できる。

現地パートナーとのワークショップにおいて、現地固有要件を正確かつ網羅的に把握するためのポイントは、ドラフト版の段階で、できる限り細かい粒度でBPF・BFCを作成し、各プロセスのインプット・アウトプットも詳細に記載することである。粒度が粗い場合、レビューをする側も具体的な業務のイメージを把握しづらく、固有要件について網羅的にチェックできないというリスクがあるためである。

工場へのトラックでの資材搬入のプロセスを例に挙げて説明する。外部業者の入構時には業務効率と防犯の観点から、事前に予定された業者からの搬入であるかをセキュリティゲートで確認するプロセスを定義し、BPFを作成していた。元のBPFでは、資材搬入のためトラックが工場に入る際の本人確認書類として免許証を確認するという業務プロセスとしていたが、メキシコでは免許証は偽造されるリスクがあるため本人確認には使用されず、代わりにINEという個人認証カードを用いることが一般的との指摘を現地パートナーより受け、BPFを修正した。これは些細な点ではあるが、粒度の細かいBPFを作成することで、現地の慣習に根差したより実際的なBPFにすることができた一例である。

海外拠点におけるIT導入ベンダー選定・インフラ構築のポイント

業務プロセス設計ができれば、次はそれを実現するためのITシステム・IT導入ベンダーの選定を行う。

使用するITシステムやIT導入ベンダーがあらかじめ決められている場合もあるが、そうではなくIT導入ベンダー選定から実施する場合は、新規拠点設立先の国・地域に根差し、システム機能の知識や導入経験を備えた現地の候補から選定することが一般的である。

それを実施するには、現地のIT導入ベンダーを探し、RFPを発出して要件を伝え、提案書などからIT導入ベンダーに十分な業務知見やシステム導入のケイパビリティがあるか、ITシステムが現地固有要件に対応しているか、金額が適切であるかといった点を総合的に判断する必要がある。これには現地のITベンダーを探し、やりとりをするだけの調査力・言語力、RFP作成から提案内容や金額の評価を行うための知識・経験などが必要であり、これらは重要なポイントでありながら、自社の人材だけで対応することは難しいことが多い。

ここまでは主に業務で使用するアプリケーションシステムについて述べてきたが、アプリケーションシステムを動かすためには、ITシステムとしてサーバーやネットワークなどのインフラ環境も当然ながら必要となる。工場や事務所などの建設を伴う新規拠点設立の場合には、パソコンなどのOA機器類の調達、とくに製造設備なども含めた各種装置を接続するITネットワークの設計なども検討対象となる。これらは建設・工務作業と平仄(ひょうそく)を合わせることが必要となるが、建設・工務業者とIT業者の責任分担が国や地域によって違ってくるにも関わらず、発注側として検討が曖昧になりがちな部分でもある。そのため、本来の目的をスムーズに達成するためには、現地のIT関連事情を把握した上で、建設・工務業者、通信事業者、ITインフラ関連業者などとコミュニケーションを取りながら、全体をコントロールすることが重要であることにも留意すべきである。

リーディングコンサルタントを活用した海外拠点設立

これまでに述べてきた通り、新規海外拠点設立を行う際は現地固有要件を漏れなく把握し、それを踏まえた業務プロセス策定、ITシステム・IT導入ベンダー選定、工場建設業者やITインフラ敷設業者との仕様調整・検収などを行う必要がある。それらに加え、本稿では触れていないが、現地法人設立に伴う法的手続き、現地従業員の採用・教育など、多岐にわたるタスクがあり、自社だけで網羅的かつ遅延なく対応することは難しい。特にコロナ禍で出張も難しい昨今では、現地事情の把握や業者との意思疎通をリモートで行う必要があり、口頭・文書両面で正確性の高いコミュニケーションを行うスキルが必要となる。こうした状況下で実行力の高い体制を構築するには、プロジェクトの案内役であり、共に手も動かす推進役としてのリーディングコンサルタントを活用するのが有用ではないかと考える。下図は当社が実際に支援した内容の一例であり、メキシコ工場のビジネスモデルを考慮したTo-Be業務プロセス・ITシステムの要件検討支援だけでなく、各分野の専門業者選定、現地固有要件調査や対応検討などの活動のナビゲーションを行った。

このように自社の人材のみでは対応が難しい領域について、リーディングコンサルタントを活用することが海外拠点設立を成功させるための有効な方法の一つであると考える。

“リーディングコンサルタント”による支援
メキシコ製造子会社の新規立ち上げ支援の事例

 

おわりに

筆者は上述のような、海外拠点の新規立ち上げに伴う業務検討・ITシステム導入支援や、既存の海外拠点へのITシステムのロールアウトなど、さまざまなクロスボーダー案件を経験してきた。それらを通して、現地固有要件への対応がプロジェクトの成否に大きく影響することが多く、早期対応の必要性を強く感じてきた。 現地固有要件には日本人の感覚からすると不合理、不条理だと思えるようなものもあるが、それも含めて異なる現地固有要件を知ることで、日本国内の「当たり前」を見直すよい機会でもあると考えている。これからも海外展開を志す方々が成功裏に進出を果たせるよう、微力ながら貢献していきたい。

芝辻 聡史

グローバルITマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

藤澤 祐輔

グローバルITマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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