2021.06.16
人材の最適配置におけるHRTechの活用
HRTech活用レベルを高めるマッチングデータベースの構築
山本 健太
Summary
- ・「ビジネスの高度化・複雑化に対応するための優秀人材の抜擢や最適配置」、「グローバル化・新領域への進出に伴う要員不足への対応」など、人材の最適配置に対するニーズが高まっている
- ・人材配置業務の課題を解決する手段としてHRTech活用への期待が大きいが、活用しきれていないのが現実
- ・HRTechを真に活用するためのポイントは、経験・スキルのマッチングデータベースの構築であり、既存の情報資産・業務プロセスを活用することによって実現可能
人材配置におけるHRTech活用への期待と現実
人材配置の最大の目的は「企業目標を達成するために人材を適材適所に配置する」ことだ。
「ビジネスの高度化・複雑化に対応するための優秀人材の抜擢や最適配置」、「グローバル化・新領域への進出に伴う要員不足への対応」など、人材の最適配置に対するニーズが高まっている。
HRTechとは「人事業務(Human Resource)」と「最新テクノロジー(Technology)」をかけあわせた造語だが、AIやクラウドなどのテクノロジーが進歩する中で、人事業務の効率化と質の向上に向けて普及が進んでいる。
オデッセイの調査[1]によると、人材配置におけるHRTechへの期待として、「異動シミュレーション」「適正配置の検討」「職務に適した人材の選別」の3点が上位に挙がっている。
図1:人材配置においてHRTechが効果的に活用する業務
最上位に挙がった「異動シミュレーション」であるが、近年のタレントマネジメントシステムでは、当該機能を備えていることが一般的になってきた。
表1:異動シミュレーション機能一覧
さらには、AIを活用して異動候補者をシステムがレコメンドしてくれたり、抽出条件に完全合致しなくても適合率であいまい検索できたりと、最新技術によって機能も進化し続けている。
異動シミュレーションはさまざまなシナリオパターンを比較・統合しながら最適な組織状態を作り上げていく複雑な作業であるため、Excel手作業では負荷が大きかったが、テクノロジーを活用することができれば業務は大幅に効率化される。
しかし、システムを導入しても各部の計画(要望)の収集や調整には依然としてシステム外のExcel作業が残り、システムを使うのは決定事項を入力する時のみ、という運用になってしまう例も多い。帳票出力やエラーチェックの負荷は軽減できても、最も負荷のかかる異動シミュレーションの複雑な作業が残ってしまえば期待するほどの業務効率化は達成できない。
また、「適正配置の検討」「職務に適した人材の選別」というニーズもアンケート上位に挙がっており、これらについてもテクノロジーによる解決を期待してはいるものの、「組織目標の達成のためにどのような人材が必要か」「条件に適した人材は誰か」という思考の場面では、主観や勘の判断から脱却しきれていないのが現実ではないだろうか。
HRTechの段階的活用モデル
HRTech活用には4つの段階がある。図2に示した段階的活用モデルを踏まえて、人材配置におけるHRTech活用の課題を整理したい。
図2:HRTechの段階的活用モデル
この図では、HRTech活用段階を「①業務デジタル化→②データ統合・見える化→③分析→④マッチング」の4つで定義している。
①業務のデジタル化
例えば、採用や配置などの業務プロセスをシステム化したり、紙やExcelで行っている人事評価をシステムワークフロー化したり、物理的空間を共有していた研修や会議をオンライン化したり、アナログ業務をデジタル化していくことを指している。先に紹介した異動シミュレーション機能が「業務のデジタル化」段階に該当する。
近年、クラウド(SaaS)型の人事システム市場が拡大し、人事領域ごとに「業務のデジタル化」を実現する専用ソフトウェアが増加している。
②データ統合・見える化
例えば、経験・スキル、キャリア志向、人事評価結果など、採用・配置・育成・評価を通じて各人事領域で収集される情報を一元管理していくことを指している。近年はパルスサーベイや行動履歴のように収集頻度・サイクルを高めてリアルタイムに状態把握することも可能になってきたが、収集・管理される情報は業務デジタル化の取り組みに比例して増大していく。
さらには、組織側の情報を統合していくことも不可欠である。売上・利益、顧客満足度などの組織目標の達成を測る情報と、組織目標達成を支える業務の情報だ。
なぜなら、採用・配置・育成・評価の人事上の重要な判断は、人の情報だけを見て決めるということはなく、組織目標の状況やそれを支える業務の状況も総合的に見て判断する必要があるからだ。
③分析
例えば、要員数・人件費の集計分析、退職やハイパフォーマーとなる要因分析、入社・異動後の活躍度合いの予測分析など、分析結果を人事課題の解決に活用していくことを指している。「職務に適した人材の選別」を行う際に、近年はAIや統計解析を活用した発展的な取り組み事例も増えてきた。ただし、分析の精度はデータ統合・見える化の充実度合いに比例することに留意しなければならない。たとえAIが異動候補者をレコメンドしたとしても、データが貧弱であればレコメンド結果を信頼することすらもできないためだ。
④マッチング
例えば、職務に求める要件と人材とをマッチングさせて、組織の目標達成と人材の成長を最大化させていくこと、つまりは「適正配置の検討」を指している。
段階的活用モデルの最終段階に相当し、高度化・複雑化するビジネス環境への対応や人材不足を背景に、取り組みニーズとしては高いが、この段階まで到達し、HRTech活用の効果を出せている企業は多くない。
「職務に適した人材の選別」「適正配置の検討」は「③分析」「④マッチング」の段階に相当するが、その実現のためには前提となる「②データ統合、見える化」の充実度合いを高めることが不可欠だ。
経験・スキルのマッチングデータベースの構築
「②データ統合・見える化」を充実化させるためのポイントは、経験・スキル情報の蓄積である。経験・スキルが蓄積されれば、どのような人材が必要かという組織側の需要と供給側の人材をマッチングさせることにつながるためである。
一般的な人事システムでは、人事発令情報(所属部署、役職)を蓄積しているが、所属部署や役職だけでは、「実際にどのような仕事・役割を担い、どのような経験・スキルを身につけているか」までは把握できない。人事発令が部レベルまでで、部内のチーム編成・担当業務の情報がシステムに蓄積されていないケースも多い。経験・スキル情報は人事発令情報とは別物として情報収集する必要がある。
経験・スキル情報を本人に更新させるのも一つの方法だが、業務に追われる現場社員にとって相当のインセンティブが働かなければ情報は更新されないものである。加えて、本人申告である限り、粒度と精度も担保しにくい。
経験・スキル情報をどのように蓄積していくか、2つのアプローチを紹介する。
1. 周辺業務システムからの経験・スキル情報の抽出
例えば、システム開発や施設管理・建設業など、業務がプロジェクト型の場合は「どのようなプロジェクトにどの程度関与したのか」という情報が、人事システムとは別の業務システムに蓄積されている。その情報を経験・スキル情報に変換して蓄積していく方法である。
図3:周辺業務システムを活用した経験・スキル情報の抽出イメージ
業務システムに蓄積された情報をもとに、「どのような規模・業種・顧客のプロジェクトで」「どのような役割を果たしているか」という情報を抽出できる。経験情報をデータベース化すれば、社員の業務経歴を自動作成することも可能だ。
これによって、どの業務にどのような経験・スキルを保有した人材を配置すればよいかを判断できるようになる。さらに、教育履歴・キャリア志向・モチベーションなどの既にデータ化されている情報を踏まえることで、本人の成長・キャリアとマッチした配置にもつながる。
人事システム内だけで解決しようとせず、周辺システムの情報資産を活用する発想に立てば、既存の仕組みを活用して経験をデータベース化していくことが可能だ。
2. 担当ラインレベルの情報収集
プロジェクト型業務でない場合、既存業務システムにも情報が残っていない場合が多い。
その場合は、収集すべき情報の再定義が必要になる。
職務記述書(ジョブディスクリプション)を整備すれば、誰がどのような業務を担って、どのような経験をしているかが明確になる。しかし、職務記述書を一から整備するのは手間がかかるうえに、組織変更が発生する度にメンテナンスする負荷も高い。そもそも、職務と担当者が1対1で割り当てられればよいが、実際にはその時にチームメンバーの力量なども踏まえて分担を配分し直すことも多い。そもそも、日本企業の場合は兼務という発想があり、極端な場合職務と人がn対n(多対多)になりうる。
そのため、日本企業の場合は担当ラインという概念で考えるのが現実的だ。
例えば、人事部であれば人事システム、給与、福利厚生、という担当ラインが存在し、業務企画の役割を担う人もいればオペレーションを担う人もいる。このような情報は人事発令や組織図には表現されないものであり、意図して情報収集しなければデータ化されることもない。そこで情報として把握すべきなのは、現場レベルで管理している「担当ライン」と「従事割合」だ。これによって「誰がどのような役割・業務を担当しているか」がわかるようになり、データベースの充実度は大きく向上する。
図4:現場情報収集フォーマットイメージ
各現場に、新たな情報収集を依頼することはハードルが高いが、少なくとも年に1回要員調査を行っている企業は多い。要員報告業務のプロセスをデジタル化すれば、現場の負荷なく迅速に情報収集することが可能ではないだろうか。
実際に5,000人以上の規模の企業で、四半期かかっていた要員情報収集業務を2週間に短縮させ、1か月単位の情報更新に成功している事例もあった。
おわりに
HRTech活用を検討する場面においては、AIや高度な分析技術などの目新しさに目が行きがちになる。それは、「職務に適した人材の選別」「適正配置の検討」という人材配置における課題が困難であるからこそ高まる、新しい技術への期待の表れだろう。
しかし、新しいシステム・技術を導入したからといって、長年解決できなかった課題が即座に解決されることはない。
HRTech活用には段階があり、課題解決に向けて活用レベルを高めていくためには、経験・スキルのデータベースを構築することが不可欠だ。
経験・スキル情報を収集する新しい仕組みを構築して運用させるには相当のパワーと時間がかかるが、既存の業務システムの情報資産や業務プロセスを応用してスタートできることは十分にある。スモールスタートで、今できることを検討していくことを推奨したい。
- [1] オデッセイ(2019), “「HRTechに関する市場調査」分析結果を発表しました”, https://www.odyssey-net.jp/「hrtechに関する市場調査」分析結果を発表しました/,(参照2021年6月16日)