2020.06.23
サービスデザインの実践をビジネスアクションにつなげるために
取り組むべき課題とそのポイント
デジタルトランスフォーメーション担当
国内でも、カスタマーエクスペリエンス(CX)の概念がビジネスの場で一般化して数年が経過した。”モノ”がそれ単体では売れにくくなり、自社の商品・サービスがどのような体験を提供できるかということを真剣に考えなければならないという危機感があるのだろう。
例えば大手回転寿司チェーン くら寿司では、豊富なサイドメニューや食べた皿数によって景品がもらえる仕組みなどを用意し、ただ注文した寿司が提供されるだけでなく、そのお店で寿司を食べる”体験”の満足度を高めている。これらの仕掛けが、特にファミリー層にとっての来店のモチベーション向上に大きく貢献している。
このように国内でもCX向上のための実践が行われ、その重要性が認識されるに伴い、「サービスデザイン」という言葉も認知され始めてきた。“モノ”の開発だけではなく、”体験”の設計が求められる中、サービスデザインは、企業の企画担当者や製品・サービス開発担当者、新しい事業・ビジネスを立ち上げようとしている人々の関心を集めている。
しかし国内では、サービスデザインの実践を成果に結びつけた事例はまだ多くない。サービスデザインをいざ試そうとしても、担当者は、メンバーのアイデアをまとめてコンセプトを創り上げる方法がわからない、あるいは、何とかコンセプトを形にした後はどうすれば良いかわからない、といった課題に直面しているのではないか。本稿では、サービスデザインの概要について説明すると同時に、サービスデザインのゴールとそれを目指す上で課題となりやすいポイントを考える。次に、サービスデザインの実践プロセスを踏まえ、これらの課題を乗り越えるために考慮すべき点を論じていく。
サービスデザインとは
まず、サービスデザインについて共通認識を形成したい。サービスデザインとは、「シームレスで質の高いサービス体験の創出を目指して、顧客ニーズと企業ニーズのバランスがうまくとれたサービスをデザインするためのアプローチ」[1]と定義されている。つまり、商品・サービスのユーザー(になるかもしれない人々)に対して、その価値の享受までにつまずくことがないようユーザーの体験をデザインすると同時に、サービス提供側のステークホルダーの行動・ITシステムもシームレスなものになるようデザインするアプローチと言えるだろう。
その実現のためには、以下の要素が重要とされている。
- ユーザー中心
ユーザーを中心に全ての体験をデザインすること
- 共創的であること
全てのステークホルダー(=ユーザーと、価値提供に携わる全ての関係者)がデザインのプロセスに参画すること
- 反復的であること
サービスデザインのプロセスにおいては、実装に向けた探索‐改善‐検証のプロセスを繰り返すこと
- 連続性があること
ユーザーが、商品・サービスを認識し、利用を検討し、実際に利用し始め、使い続けるまでの流れにストレスがなく、商品・サービスへの期待を保ち続けることができるようなストーリーがあること
- リアルであること
サービス体験のどこかで、その価値を印象づけるような物的証拠(有形物でも、アプリなどのデジタル的実体でも可)をユーザーの目に見える形で残すこと、また、その実体をプロトタイピングによって明確にすること
- 全体的な視点
商品・サービスを取り巻く全ての環境(五感で感じ取れるもの)が、ユーザーに訴求したい価値観やイメージ、コンセプトと合致していること
サービスデザインの特徴は、体験全体を提供価値として捉えた上で、サービスを設計する点にある。そのためサービスデザインでは、ユーザーと商品・サービスが接触するあらゆるタッチポイントに配慮がなされる(連続性がある)し、そのプロセスには、企画スタッフや製品・サービス開発担当者だけではなく、アプリ開発者や販売部などあらゆる関係者が携わる(共創的である)のだ。
サービスデザインのゴールと課題
サービスデザインの目的は、以下のようなものが想定される。
- 魅力的な顧客体験を作り出し、企業・ブランドへのロイヤルティを高める
- 顧客の未充足ニーズにリーチできるような新しい商品・サービスを創出する
- (既存・新規問わず)商品・サービスの価値提供に至るまでのスムーズなタッチポイント設計を行う
いずれも、新サービスを上市する、既存サービスを改善するなど、何かしらの形でアイデアを世に出すことがゴールとなっている。したがってサービスデザインは、上記のようなアクションにつながらなければ、その取り組みが成功したとは言えないだろう。しかし多くの実践者が直面する以下のような課題により、ゴールまでの到達が難しくなっている。
- アイデア発想にあたっての課題
せっかく社内で人を集めたのに、いざアイデアを出すとなるとなかなか発想できない。メンバーがあまり意見を出さずディスカッションが活性化しない。あるいは、アイデアは出るが、以前にも聞いたことのあるような案で斬新さに欠ける。 - アイデア収束にあたっての課題
コンセプトを複数作ったが、評価軸が曖昧で合意形成がうまくいかず、どの案をプロトタイピングして良いかの議論がまとまらない。または、メンバー内で一度まとまっても、上層部などメンバー外の反対を受けて、コンセプト案が収束しない。 - プロジェクト管理に関する課題
コンセプト/プロトタイプ作成にあたって、フィジビリティ判断に慎重なメンバーやウォーターフォール型の進め方に慣れた組織風土が要因となり、なかなか前に進まない。 - コンセプト/プロトタイプ作成後の課題
コンセプト/プロトタイプを作ったものの、その後実際の商品/サービス化に向けてどういうポイントを煮詰めていけば良いかが分からない。
とりあえず社内でメンバーを募ることができてアイデアを出し合ったとしても、上記のような課題に直面すると、アクションまで結びつかず、サービスデザインの一部を体験しただけでその取り組みを止めてしまうことになりかねない。このような状況を回避するために、サービスデザインの実践プロセスを適切に実行する必要がある。
実践プロセスにおける課題解決のポイント
サービスデザインの実践プロセスはリサーチ、アイディエ―ション、プロトタイピング、ビジネス化検証の4工程に分解できる。[2]
サービスデザインの実践プロセス
このプロセスを踏まえ、前章で挙げた4つの課題をクリアするためには、以下のようなポイントを考慮すべきと考えられる。
1.アイデア発想にあたっての課題
まず、アイデア発想を活性化させるためには、サービス提供に関わることになるチーム・担当者をワークのなるべく序盤から巻き込むことが推奨される。よくある失敗例として、アイディエーションの段階では、事業企画部やサービス開発担当者といった普段から企画に携わっているメンバーだけで始めてしまったため、出てきたアイデアがいつもと代わり映えしないというケースが挙げられる。そうではなく、普段上流工程には関わらないがユーザー接点に近い販売部やエンジニアの担当者にも、リサーチ~アイディエーションの段階から関与してもらい、いつもの企画メンバーが気付けないような視点を入れることが重要だ。さらにアイデア出しの段階からデリバリーに関わる担当者を入れることで、サービスとして具体化する段階でつまずいてしまうこと(例えば、想定通りのアプリケーションを開発できない、該当部署への説明・依頼に時間がかかってしまう、創り上げたコンセプトに対して他部署の反対にあってしまう など)を避けられる。
アイディエーションの前には、メンバーはユーザーのニーズに対する深い理解・悩みの共感を経て、ユーザーの課題を明確にしている必要がある。アイディエーションは最終的に課題の解決方法を見つけるために行うが、そのためには、前提として課題が適切に定義されていなければならない。それには、リサーチの工程で、ユーザーに関する情報をどれだけ多く集め、どれだけ深く分析できたかが肝となる。またこの工程で多くの仮説出しを行なっていれば、プロトタイピングでのユーザー検証後にターゲット/コンセプトを見直すことになった際にも、ピボットのための案が発想しやすくなる。したがってリサーチには多くの時間を割くべきなのだ。
そしてファシリテーターには、発散の思考を適切に促す役割が求められる。そもそも参画メンバーは、サービス提供にあたって担当する領域やミッションが異なる担当者たちである。したがってアイデアを出せと言われても、それぞれが企画や開発、販売といった各領域のプロフェッショナルであるが故に、社内での立場や自分の裁量範囲に縛られ、なかなか発想の壁を壊せなかったり、遠慮して無難な意見に終始したりしてしまうことが多い。これを解消するため、ファシリテーターははじめにワークの目的・位置づけを明確にし、どのような思考・発言をしても問題ないという空気感をしっかりと醸成する必要がある。その上で、時には、SCAMPERなどアイデア発想活性化のテクニックを用いて頭の働かせ方のタガをはずしたり、あるいは、アイデアの視点を変えてその質を高めたりすることで、メンバーの発散を促す必要がある。
2.アイデア収束にあたっての課題
その後、コンセプトを絞り込むためには、ユーザー評価に基づいた受容性検証と組織としてのフィジビリティ判断が必要だ。逆に言えば、アイディエーションで固めたコンセプトは、プロトタイピング後の検証が完了するまで適切な評価ができないということだ。アイディエーションの段階で一旦絞り込んだコンセプトが、最終的に市場のニーズに合うものと言えるかどうかは、エンドユーザーの反応を見てようやく明らかになる。それまではそのコンセプト案を信じるしかない。
またフィジビリティ判断にあたっては、上層部など意思決定層とのコミュニケーションも重要だ。企業としてそのサービスに投資できるかの判断には、ITシステムの構築環境・リソースなど技術的観点のチェックも大切だが、それ以上に、組織としての方針や哲学にコンセプトが合致している必要がある。そのためには意思決定層に対して、定期的なブリーフィングや要所要所でのヒアリングを行い、自分たちの取り組みについての理解を醸成し、適宜フィードバックを仰ぐ必要がある。
3.プロジェクト管理に関する課題
さらにプロジェクト管理の観点で言うと、時間の配分も重要な要素だ。上記で触れた通り、コンセプトを適切に評価し、確度の高いプロトタイプを完成させるには、コンセプト作成→プロトタイピング→検証を繰り返し実行する必要があるため、どうしても時間がかかってしまう。その前提を踏まえつつも、プロジェクトをアジャイル的に進めていくためには、リサーチに時間をかけ、アイディエーション~プロトタイピングは短いサイクルで繰り返し行うことだ。リサーチは前述の通り時間をかけるべき工程だが、一方でその後の工程は、失敗と修正を繰り返すことが前提となるため、なるべく短い時間で行うべきだ。そしてそれを可能にするためには、何よりもメンバーやその会社の上層部が、トライ&エラーを繰り返しながら進めていくスタイルを受け入れる必要があることは言うまでもない。
4.コンセプト/プロトタイプ作成後の課題
最後に、ユーザーの受容性が見込めるサービスコンセプト/サービスプロトタイプを創り上げた後は、実際のビジネスとして成立するかという点からフィジビリティを検証する。サービスデザインが、一般的に取り組まれている「デザイン思考」の実践と大きく異なる点は、このビジネス化検証の工程が明確に存在する点にある。リサーチ~プロトタイピングの工程はデザイン思考のアプローチにも同じように見られるものだが、それだけでは実際の商品・サービスとして成り立たせる上で、何を詰めれば良いのかという点をカバーしきれていない。そこで、サービスとして成立するか(スタッフ体制やアプリケーションの構成に問題はないか、ITシステムは問題なく機能するかetc..)、ビジネスとして成立するか(利益は出るのか、競合サービスと差別化されているかetc..)という点を検証することで、アイデアを世に送り出す前の“ラストワンマイル”を埋められる。
おわりに
以上、サービスデザインの実践を成果につなげる上で重要となるポイントについて論述してきた。本稿では主に、手法やアプローチに関するテクニカルな面に触れてきたが、一方でこれらをうまく機能させるためには、このようなアジャイル的な考え方を受け入れ実行していくマインドも重要となる。そもそも普段企画に関わらない部署のリソースを割くことや、フィジビリティ判断も十分と思えないアイデアをプロトタイピングまで持って行く進め方など、多くの国内企業が慣れ親しんだやり方とは異なるスタイルがサービスデザインでは必要となる。このように企業に根付いた文化・スタイルを変えていく必要があるため、短期的なワンショットのプロジェクトとするのではなく、不確実な時代におけるサービス創出の仕組みづくりや社員・組織の体質転換の一環として、長期的に取り組んでみてはいかがだろうか。
-
[1]
Marc Stickdorn,et al., THIS IS SERVICE DESIGN DOING., O'Reilly Media, 2018
[長谷川敦士ほか(訳), THIS IS SERVICE DESIGN DOING. サービスデザインの実践, BNN新社, 2020] - [2] 『THIS IS SERVICE DESIGN DOING.』内では、④(ビジネス化検証)は③(プロトタイピング)に含まれているが、本稿では、③ユーザー評価を基にした検証と④ビジネス化にあたっての検証は、評価を行なう主体や判断を下す対象の領域が異なると考え、工程を分けた
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