2025.03.17

IT領域のサステナブル化の動向と今考えていくべき論点

最も手がつけにくい“聖域”であるIT領域のどこからサステナブル化するか

小林 直幸 藤本 香菜 

近年カーボンニュートラルが叫ばれているように、さまざまな業界で温室効果ガス(以下、CO2と同義として扱う)の排出量削減に向けた取り組みが盛んになりつつある。IT業界も、生成AIの急増に伴いICT関連のCO2排出量が増加の一途をたどっている。また、環境負荷はCO2の排出だけでなく、電子機器の廃棄やデータセンター増加に伴う水資源利用の加速も課題となっている。
ITによる環境負荷を削減することで中長期的に企業のコスト削減、リスク軽減、売り上げ増加、従業員の離職回避が期待される。一方で多くの企業がITのサステナブル化に取り組めていない。その背景として、経営層のビジネスインセンティブやITサステナブル化の手法・ルールの認知が低く企業の具体的な取り組みに繋がっていないという理由がある。先進的な海外の事例から、自社のCO2排出量に対するIT比率の高低に限らず、ビジネスインセンティブを伴うITサステナブル化には「①現状の見える化からの戦略策定」と「②IT領域の全方位的アプローチ」が重要であると言える。
本記事では、特にファーストステップである「①現状の見える化からの戦略策定」に取り組む際のポイントを解説する。

背景

世界各地での異常気象や自然災害の増加から、国際的に環境問題への関心は高まっている。日本政府も2050年にカーボンニュートラル実現という国際公約を掲げており、IT業界でも環境負荷は無視できない問題である。データセンターや生成AI利用の急増に伴い、2022年時点で世界のCO2排出量のうちIT領域は1.7%を占めている [1]。さらに生成AIの市場規模が2030年までに約15倍に成長[2]することでAI向けサーバーの消費電力量は約75倍にまで急増すると予測[3]されているため、IT領域における環境負荷はさらに増加するだろう。その他にも、大規模なデータ利活用の拡大によるダークデータの増加、電子機器の廃棄、データセンター増加に伴う水資源利用の加速も課題となっている。

IT業界に限らずさまざまな業界を対象として、CO2排出量削減に向けた規制が欧州中心に進んでおり、この動向に応じて日本企業も情報開示が求められる。例えば、欧州CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)は企業の自社排出量だけでなく、サプライチェーンを含んだScope1~3すべての排出量の開示を義務付ける[4]。米国SEC(米国証券取引委員会)が2024年3月6日に採択した「The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures for Investors」は欧州CSRDほど厳しくはないが、Scope1、2の排出量情報は必須で、Scope3は必要に応じて開示するよう求めている[5]。CO2排出量の情報を開示するためには、排出量を算定する必要がある。現状、算定対象のビジネスプロセスにかかった金額をCO2排出量に換算する金額算定にとどまっている場合が多く、実際に排出されたCO2の排出量は捉え切れていない。

*Scope1:石炭などの燃料の燃焼や、製品の製造などを通じて自社が直接排出するGHG
Scope2:電力会社などから供給された電気の消費など自社が間接排出するGHG
Scope3:製品のライフサイクルの上流(調達や輸送など)と下流(利用や廃棄など)で排出されるGHG

ITサステナブル化において多くの企業が抱えている課題

IT領域のサステナブル化において、多くの企業が抱えている課題は大きく3つ挙げられる。1つめは「経営層におけるビジネスインセンティブの認識不足」、2つめは「手法やルールの認識不足」、そして3つめが「知識と教育の不足」である。

1. 経営層におけるビジネスインセンティブの認識不足

IT領域をサステナブル化することで、具体的にどのようなビジネスインセンティブがあるのかを考える。CO2の排出量削減については規制対応によるリスク回避という側面はあるものの、IT領域のサステナブル化では他の視点もある。IT領域のサステナブル化に取り組むことでIT投資コストを見直す機会となり、インフラ管理コストの削減や電子機器廃棄物の処理コストの減少等に繋がる可能性がある。さらに、環境に配慮していることを社外ステークホルダーへアピールすることによって、企業のレジリエンス強化や企業ブランドの強化、環境問題に敏感な顧客の獲得などにより売り上げ増加に繋がることもある[6]。また、環境への配慮というメッセージは社内の従業員のエンゲージメント向上にも効果があり、若い世代の採用強化や、従業員の満足度向上による離職回避などが見込める[7]。

経営層がこれらのインセンティブを具体的に認識し、IT戦略など経営戦略に取り込んでいる企業は多くない。金融業界やテレコムメディア業界など企業の総排出量に対してScope2排出量が占める割合が多い業種は、IT領域のサステナブル化による影響度が特に大きいため、インセンティブを認識しやすいと考えられる。一度IT領域をブレイクダウンし、どの領域にどのようなインセンティブを見出せるか検討してみることをお勧めする。

2. 手法やルールの認識不足

上記インセンティブを確認するためにはIT領域のサステナブル化の実現方法を知っていることが重要であるが、実際のCO2排出量を捕捉・算定し、削減可能領域を特定するための手法やルールが一般的になっているとは言い難い状況である。日本では経済産業省が「令和5年度GX促進に向けたカーボンフットプリントの製品別算定ルール策定支援事業」[8]の中でソフトウェア製品の開発時の排出量を算定するルールを策定している(参照:【お知らせ】国内初、ソフトウェア分野における脱炭素化に向けたCO2排出量算定ルールの策定へ)。また、ソフトウェアを運用する際の炭素効率を評価する指標SCI(Software Carbon Intensity)をGreen Software Foundationが策定し国際規格化されている(ISO/IEC 21031:2024)[9]。

このように、ソフトウェアの開発や運用におけるCO2排出量や炭素強度の計測手法は存在するものの、認知度が低く各企業の現場で具体的な取り組みにまで落とし込めていないのが現状だ。ルールや手法を理解することで、現在どのくらいIT領域からCO2が排出されているのかを可視化し、どのようにIT領域からのCO2排出量を削減するかといった具体的なアクションへ繋がっていく。

3. 知識と教育の不足

ITサステナブル化を実現するためには、各企業の現場においてIT領域のサステナブル化のビジネスインセンティブと手法・ルールが理解されることが必要であるが、持続可能なITに関する教育機会がなく、ITサステナブル化に必要な知識が不足している。現場における業務レベルでITサステナブル化の手法を落とし込むためにも、サステナブル化に取り組むべきIT領域の特定と実現手法について整理し、社員教育を実施する必要がある。

ITサステナブル化の事例紹介

実際に、自社のIT領域からのCO2排出量の大小にかかわらず、ビジネスインセンティブを追及した全方位的アプローチによりIT領域をサステナブル化している事例がある。ここではIT領域を5つ(IT戦略とガバナンス領域、デバイスマネジメント領域、アプリケーション領域、クラウド領域、インフラ領域)に整理している。

例えば、海外の大手エネルギー送配電プロバイダーA社は、自社のCO2排出量に対するIT比率が高い企業であるためIT領域における排出量を削減したところ、企業全体では1割程度の削減になった。具体的な取り組み内容としては以下の通りだ。

  • 測定すべきデータの整理や、実データから適切なベースラインの設定による見える化を行い、小規模から大規模まで対応可能なアクションプランの策定(IT戦略とガバナンス領域)
  • リサイクルポリシーの策定(デバイスマネジメント領域)
  • アプリケーションの能率化と最適化を実施(アプリケーション領域)
  • クラウド移行とともに、オンプレミスデータセンターの効率化などを実施(クラウド・インフラ領域)

このように、IT比率が高い企業では企業単位の削減効果が大きいため、ITサステナブル化によるインセンティブを実感しやすい。逆に言えば、IT領域のサステナブル化を後回しにしてしまうと、企業単位でのサステナブル化においてなかなか思ったような効果が得られないケースがあるということだ。

また、製造業向けソリューションプロバイダーであるB社は、自社のCO2排出量に対するIT比率が低い企業である。しかし、IT領域のサステナブル化のビジネスインセンティブをブランド向上とリスクマネジメントと捉えて各IT領域の見直しを行い、新規顧客層の拡大によって売り上げ増加につながった。

B社の具体的な取り組み内容は以下の通りである。

  • ビジョンの策定から具体的で実行可能なKPIの開発とベースラインの確立(IT戦略とガバナンス領域)
  • サステナブルなITソリューションのテストの実施(IT戦略とガバナンス領域)
  • ITサステナブル化実践のための教育(IT戦略とガバナンス領域)
  • PCのライフサイクルアプローチを導入(デバイスマネジメント領域)
  • ソフトウェアが環境に与える影響の理解促進(アプリケーション領域)
  • クラウド移行とともに、データセンターの運用最適化や再生可能エネルギーの導入を実施(クラウド・インフラ領域)

このように、自社のCO2排出量に対するIT比率が低い企業であっても、IT領域のサステナブル化がビジネスインセンティブをもたらすケースもある。

これらの事例から分かる通り、ビジネスインセンティブを伴うITサステナブル化に重要なことは「①現状の見える化からの戦略策定」と「②全方位的アプローチ」の大きく2つである。まずは各IT領域のどこにサステナブル化する余地があるかを見える化し把握する。そのうえで実現可能な戦略を策定し、各IT領域において改善可能な項目に全方位的に取り組んでいくことが重要だ(図1)。

図1:先進的な取り組み企業における効果

 

ファーストステップの見える化で取り組むべきこと

ビジネスインセンティブをもたらすITサステナブル化に重要なことの1つ目として「現状の見える化からの戦略策定」をお伝えした。本章では「現状の見える化からの戦略策定」実現に向けた4つのステップを簡単に紹介する(図2)。

Step1:現状把握

自社のIT領域のサステナビリティレベルを正しく把握し、問題点を可視化する。各IT領域に対してCMMI(Capability Maturity Model Integration)評価基準を参考にしながら、「自社がデバイスのリサイクルプロセスを全社で統一管理できているか」や「ソフトウェア開発ではエネルギー効率の高いアルゴリズムを採用しているか」など、各IT領域のサステナビリティレベルを評価する。この際、各IT領域の担当者がITサステナブル化を理解し、サステナビリティの視点から各IT領域の現状を把握することが重要だ。

Step2:課題深掘り

Step1での評価に基づき、問題点を業務レベルで深掘りし課題を明確にする。この過程で留意すべきは、回答に至った背景や企業での状況について関係者横断でヒアリングしながら、根本的な課題の特定を目指すことが重要だ。

Step3:改善策提言

特定された課題に対する改善策を検討する。改善策が実行されるかどうかは現場の理解が重要であるため、一方的に策を提示するのではなく関係各者と議論しながら現実的な改善策を組み立てていく。

Step4:ITロードマップのサステナブル化

検討された改善策を踏まえて既存のITロードマップに反映する。IT領域のサステナブル化は企業のサステナビリティ部門だけでは実現できないため、IT部門を巻き込んだ戦略を立てることが実効性を高めるカギである。また、具体的にどのようなビジネスインセンティブをITサステナブル化に求めるか具体化することで、会社全体としてITサステナブル化に取り組むモチベーション向上にも繋がる。

図2:「現状の見える化からの戦略策定」実現に向けた4つのステップ

 

Step1~4を経て自社のIT領域におけるサステナビリティレベルを可視化したうえで、最終的にIT領域全体のサステナブル化施策を盛り込んだITロードマップを検討する。最初に想定していたIT領域でなくとも意外にも改善インパクトがある領域が見つかる可能性がある。また、当社および株式会社NTTデータグループにて、IT領域のサステナブル化に向けた現状の見える化と全方位的なアプローチを支援するサービスを提供している。必要に応じて末尾の【関連サービス】を参照願いたい。

おわりに

これまではオンライン会議の普及により移動量が減少したり、紙で管理していたものを電子化したりといったIT化によって環境負荷が軽減するという考えがあった。しかし、昨今ではITによる環境負荷が無視できない状況になっている。インフラの更改時期の縛りや、すでに運用しているアプリケーションを停止できないなど、IT領域のサステナブル化は最も手がつけにくい領域といっても過言ではない。そのような“聖域”のどこからサステナブル化できるのか一度検討いただきたい。そうすることで、企業ブランド向上やCO2排出量の削減など、これまで捉え切れていなかったビジネスインセンティブが見つかるかもしれない。

関連サービス

サステナブルIT診断コンサルティング:
https://www.qunie.com/service/management-strategy/it-sustainable/

  1. [1] The World Bank and ITU(2024), “Measuring the Emissions & Energy Footprint of the ICT Sector: Implications for Climate Action.”, https://documents1.worldbank.org/curated/en/099121223165540890/pdf/P17859712a98880541a4b71d57876048abb.pdf(参照2025年2月21日)
  2. [2] 総務省(2024), “令和6年版 情報通信白書の概要 第Ⅱ部 情報通信分野の現状と課題”, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd219100.html#f00290(参照2025年2月21日)
  3. [3] 国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター(2021), “情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.2)”, https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2020-pp-03.pdf(参照2025年2月21日)
  4. [4] THE EUROPEAN PARLIAMENT AND THE COUNCIL OF THE EUROPEAN UNION(2022), “DIRECTIVE (EU) 2022/2464 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 14 December 2022”, http://data.europa.eu/eli/dir/2022/2464/oj(参照2025年2月21日)
  5. [5] U.S. Securities and Exchange Commission,(2024), “The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures for Investors”, https://www.federalregister.gov/documents/2024/03/28/2024-05137/the-enhancement-and-standardization-of-climate-related-disclosures-for-investors(参照2025年2月21日)
  6. [6] Green Business Benchmark°(2022), “The ROI of Sustainable Business: Benefits for All Stakeholders”, https://www.greenbusinessbenchmark.com/archive/roi-of-sustainability(参照2025年2月21日)
  7. [7] Fast Company(2019), “Most millennials would take a pay cut to work at a environmentally responsible company”, https://www.fastcompany.com/90306556/most-millennials-would-take-a-pay-cut-to-work-at-a-sustainable-company(参照2025年2月21日)
  8. [8] 経済産業省(2023), “令和5年度GX促進に向けたカーボンフットプリントの製品別算定ルール策定支援事業”, https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/kankyou_keizai/shien_productquantificationrules.html(参照2025年2月21日)
  9. [9] 株式会社NTTデータグループ(2024), “ソフトウエア利用時の炭素排出量比較評価スコア「Software Carbon Intensity」がISO/IEC国際規格として採択”, https://www.nttdata.com/global/ja/news/topics/2024/050100/(参照2025年2月21日)

小林 直幸

イノベーションマネジメント担当

ディレクター

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

藤本 香菜

イノベーションマネジメント担当

コンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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