2025.01.29

「守り」と「攻め」のサプライチェーンファイナンス

【第1回】サプライチェーンファイナンスとは

井戸 謙人 

『サプライチェーンファイナンス』。この用語をすでに耳にしたことがある方もいるかと思うが、サプライチェーンマネジメントほど馴染みのある用語ではないのが実情であろう。
『サプライチェーンファイナンス』は企業の売買に紐づいたファイナンスの手法で、例えば製造業であれば原材料の仕入れから製品の製造・販売まで一連のサプライチェーンにおける企業の運転資金の早期化・効率化をサポートするサービスである。
本連載第1回ではサプライチェーンファイナンスの基本的な内容を説明し、第2回では金融機関のみならず製造業や専門商社、物流会社等といった事業会社において、資金調達などの「守り」と新規事業の開拓や事業創造といった「攻め」の両面でサプライチェーンファイナンスとどう向き合っていくべきかを解説する。

なぜ、サプライチェーンファイナンスが注目されるのか

サプライチェーンファイナンスは、2008年のリーマンショック後に、欧米の大手金融機関が大企業の信用力を利用した金融の仕組みとして普及してきた。欧米ではすでに多くの企業がサプライチェーンファイナンスに取り組み効果を生んでいるが、長らく続いた低金利を主な背景に、日本企業においては進まない状態であった。しかしながら日本企業を取り巻く環境の変化や課題の増大から、より効率的な運転資金の調達が必要となっており、従来の自社の信用力のみに依拠した資金調達を見直し、自社だけでなく自社のサプライチェーンの信用力を活用した方法など、資金調達手段の多様化が重要視されてきている。
以下、サプライチェーンファイナンスが注目されはじめるに至った大きな要素を紹介する。

コロナパンデミックと地政学リスクの高まり

2020年のコロナパンデミックや2022年のロシアによるウクライナ侵攻といった世界情勢をきっかけに、サプライチェーンの断絶が起こり各社のサプライチェーンにも大きな影響を与えた。それは企業にとって単に物資が届かなくなるというだけでなく、調達価格の上昇に繋がった。例示すると、パンデミックにおける供給不足やパンデミック後の世界的な経済活動の回復による急激な需要増加により、半導体の価格が上昇した。ロシアによるウクライナ侵攻においては、小麦をはじめとした食糧のサプライチェーンを混乱させ価格が上昇、またLNG(液化天然ガス)の価格高騰により電力価格の値上げが起きた。企業はそれら原材料やエネルギーの価格高騰をすぐさま市場価格へ転嫁することが難しく、企業における損益のみならず運転資金も圧迫されることとなった。
このような状況において、企業はサプライチェーンマネジメントによる原材料や資源の確保を行うとともに、可能な限りコストを削減して損益確保を行う一方、運転資本の効率を測る財務指標であるキャッシュコンバージョンサイクル(CCC)を短縮することで必要な運転資金の借り入れを圧縮することも必要となっている。

“金利ある世界”への変化

2022年以降、米国では連邦市場委員会(FOMC:Federal Open Market Committee)にて政策金利といわれるFF金利(Federal Funds Rate)が引き上げられ、2023年には5%台まで上昇した。他方、当時の日本では2016年以降のマイナス金利政策が続いており、ほとんどの金融機関がいつでも低利で運転資金を貸してくれる状態が続いていた。
しかし2024年3月にマイナス金利政策が解除され、足元では2025年1月にも追加利上げが決定し、引き続き段階的な利上げ観測もあることから、日本でも“金利ある世界”が本格的に戻ってきている。そのような中で、日本企業は運転資金の調達コスト上昇や、余剰資金の効率的な運用といった課題にも直面し始めている。

資本効率を重視する株式市場

昨今の資本効率を重視した企業経営を求める株式市場を背景に、自己資本利益率(ROE:Return on Equity)や投下資本利益率(ROIC:Return On Invested Capital)といった経営指標を重要業績評価指標 (KPI:Key Performance Indicator)として設定している企業が増加をしており、企業は限られた資本で効率的な経営を行うことが求められている(図1)。

図1:環境変化と日本企業が抱える課題

 

企業を取り巻く環境の複雑性や不確実性の高まりとその変化は、サプライチェーンの根幹を揺るがし企業経営にも大きな影響を与えている。そのためサプライチェーンマネジメントがより重要視されるとともに、サプライチェーンに紐づく資金決済のあり方、すなわちサプライチェーンファイナンスの取り組みが求められている。
加えて、専門商社や物流会社がサプライチェーンファイナンスの仕組みを自社のソリューションに加えることで、顧客であるサプライヤーやバイヤーに決済条件の選択肢を提供し、より広い顧客ニーズへの対応が可能になる。これにより、既存事業からの新たな収益源の確保や、新規顧客の開拓に繋げるといった観点でも注目されはじめている。

サプライチェーンファイナンスのスキーム

サプライチェーンファイナンスとは、一般的にサプライヤーとバイヤーが構築するサプライチェーンに、資金の出し手側として金融機関等が絡んで売掛債権の購入等を行うことで、製品の製造から販売までの一連の流れにおける企業の運転資金の早期化(=CCCの短縮化)・効率化をサポートする。図2は、サプライヤーにサプライチェーンファイナンスのサービスを提供するスキーム例である。
なお、図2はあくまでもスキームの一例であり、借り入れといった有利子負債でのファイナンススキームのみならず、売掛債権や買掛債務といった営業債権債務のサイト調整によるスキームも検討が可能である。

図2:サプライチェーンファイナンスの一般的なスキーム例

 

サプライチェーンファイナンスの効果

前述の日本企業が抱えるリスクや課題に対して、サプライチェーンファイナンスは効果を発揮する。
ここからは資金の調達側、出し手側両者にとってどのような効果をもつのかを見ていきたい。

資金の調達側の効果

サプライチェーンファイナンスでは、一般的に企業は原材料や製商品(以降、商品などと称す)を仕入れるための運転資金を売買に紐づけて調達する。そのため、財務諸表をもとに算出される所要運転資金を、半年や1年といった期間で借り入れる従来の運転資金調達方法と比較し、サプライチェーンファイナンスでは必要となる金額を必要な期間で調達できるため、借入の圧縮が可能となる。
また、サプライチェーンファイナンスを商品などの売買に組み込むことで、借入ではなく支払いサイト(取引代金の締め日から代金を支払うまでの期間)の調整によるCCCの短期化を行い、そもそも必要となる運転資金自体を減らすことができるだろう。このケースにおいては、資金の出し手側が在庫を所有することで資金の調達側が在庫の所有日数を短縮できる。そのため、資金の調達側は、自社の貸借対照表上の資産(在庫)をスリム化して財務内容を改善する等の効果も期待できる。

サプライチェーンファイナンスの仕組みにより、資金の出し手側が商品などの価値そのものや、サプライチェーンにおける当事者であるサプライヤーやバイヤーの“信用力”を加味して資金調達の条件を決めることができれば、従来では調達できなかった金額や、より競争力の高いコスト水準での調達が可能になるケースもある。

資金の出し手側の効果

金融機関のみならず専門商社や物流会社などの事業会社も、サプライチェーンファイナンスにおける資金の出し手となりえる。そもそも企業は業界内での差別化を常に模索しているが、既存のサービスに加えて、取引先が支払いサイトを柔軟に変えられるサプライチェーンファイナンスの枠組みを備えることで、新しい取引先の獲得や既存取引先からの新たな収益源の発掘に繋げられる。例えば、コモディティ化した商品などを扱う専門商社が、競合他社よりも柔軟に支払いサイトの変更に応じることで、価格競争力以外の付加価値を取引先に提供できる。また、すでにある商流においても既存の取引先に対して支払いサイトにおけるファイナンスサービスを提供することで、新たな投資を始めるよりもリスク分析の手間を簡略化でき、新たに大きなリスクを負うことなく余剰資金の供与が可能になるなどのメリットもある。

また、資金の出し手側として、サプライヤーとバイヤーの間に立つ金融機関または物流会社などが代わりに在庫を所有することで、両者のROIC改善に寄与できる。資金の出し手側はそれを新サービスとして提供することで、新規顧客としての新たなサプライヤーやバイヤーの開拓といったビジネス拡大も期待できる(図3)。
なお、資金の出し手側がこれまでのサプライヤーやバイヤーの在庫を所有する際には、商流における品質管理や物流といったサプライチェーンに影響を及ぼさないようストラクチャリングすることが重要だ。

図3:サプライチェーンファイナンス導入の効果例

 

このようにサプライチェーンファイナンスの仕組みをうまく活用することで、資金の調達側にとっては企業の本業である売買取引に基づいて新たな調達先から運転資金を調達するという「守り」の観点、さらに資金の出し手側にとっては自社の余剰資金を活用した資金供与のみならず、新規顧客の開拓や新たな事業の創造という「攻め」の観点でも高い効果を得られる。

おわりに

ここまで、サプライチェーンファイナンス普及の背景や、導入効果などを説明してきた。
第2回では、サプライチェーンファイナンスを導入する際の対応事項、またどのような業種にサプライチェーンファイナンスのニーズが高いのか、当社の知見に基づき「守り」と「攻め」の観点から具体的に説明したい。

井戸 謙人

ファイナンシャルマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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