2024.11.06
事業環境の変化によって求められる“戦略的調達組織”の実現に向けた対応
経営に貢献する調達・購買組織の役割・機能とは
二見 達哉
これまで多くの企業は調達コスト削減を調達・購買組織の最重要ミッションと位置付けていたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によるグローバルサプライチェーンの混乱やウクライナ侵攻による地政学リスクの顕在化などにより、主たるミッションが調達コスト削減だけではなく、資材の安定調達、サプライチェーンネットワーク強靭化、サステナビリティ対応といった多岐に渡る要素を求められるようになった。加えて、供給の不確実性の高まりやインフレ下において、調達・購買組織がこれまで以上に経営に貢献するための役割・機能も必要とされている。
本稿では事業環境の変化、すなわち資材確保リスクの高まりや需給逼迫、調達価格高騰の中で、経営に貢献するために調達・購買組織が担うべき役割・取り組みについて解説する。
近年のサプライチェーンを取り巻く状況
昨今、グローバルサプライチェーンの混乱や原材料などの世界的供給不足に起因したサプライチェーンにおける資材調達難や、為替の変動、人件費などによる調達価格の高騰が生じている。また、サプライチェーンリスク管理におけるチョークポイント(要諦)の重要性の高まりは、企業の生産拠点配置や調達先の検討を含むグローバルにおける対応方針や日々の資材調達に影響を及ぼしている。
さらに、欧州を中心とした人権・環境デューデリジェンスの規制、サプライチェーン全体でのGHG排出量の削減、および人権デューデリジェンスなどのサステナビリティを意識したソーシャルバリューの創出が求められるようになるなど、調達・購買組織のミッションが変化しつつある。
調達・購買組織に求められる対応
今までは調達コスト削減が調達・購買組織の主たるミッションであったが、現在では安定調達のためのサプライチェーンネットワーク強靭化・再構築といったレジリエンス観点や、ESG/BCPといったサステナビリティ観点もミッションとして求められるようになった。これらの必要性や取り組みについてはさまざまな媒体・書籍で取りあげられているが、調達・購買組織はさらに経営への貢献に直結する要素として、経営の意思決定の質向上への対応や、自社の利益確保の観点での対応のための機能・役割も求められている。以下、具体的なポイントを二点挙げる。
①利益達成に向けた意思決定のための調達予算の精度向上
企業は利益を追求して活動しており、この利益を実現するための一手段がS&OP(Sales & Operation Planning)である。S&OPとは、事業計画と販売・在庫・生産・調達計画とのギャップを埋めて需要と供給をバランスさせるプロセスであり、サプライチェーンの数量計画に売価、原価をかけて金額換算し、予算額や事業計画と金額を対比することで、オペレーション層と経営層をつなぐための管理手法である。すなわち数量だけではなく単価も含めた計画により、金額ベースで中長期の予算と着地見込みのギャップを捉えることで経営視点での意思決定に貢献し、利益を達成するための手法である。
企業/業種によってS&OPで扱う利益は異なる。多くの製造業の場合は粗利ベースで利益の着地見通しを設定・算出し意思決定を行う。一方で、例えば消費財の場合は営業利益が重要となっており、これは広告宣伝費や小売・販売店へのリベートといった販売管理費がコストに占める割合・影響が大きいといった特性に起因するものである。ただし、いずれの場合でも製造原価に鑑みて利益の着地見通しを設定・追求することは変わらず、資材調達コストの影響は避けては通れないこととなるため、将来の調達コストの変動や高騰が大きいリスクがある資材を扱う場合には、この変動を捉えて調達予算に反映することが重要となる。
一方で、これまでS&OPの検討・構築においては、デマンド(需要予測・販売計画)の将来変動や、製品のアロケーション(製品をどの需要に分配するか)などの対応検討に重点が置かれることが多く、利益を構成する資材調達コストの将来変動への対応はさほど重視されてこなかった。これは一般に、SCM/S&OPの起点がデマンドであること、また、調達・購買業務においては、長納期品の先行発注や、契約に基づくMOQ(Minimum Order Quantity, 最小発注ロット数量)の考慮の必要はありつつも、多くの場合は、デマンドを起点に需給調整の結果として立案された生産計画とBOM(Bill of Materials, 部品表)に基づき、MRP (Material Requirements Planning, 所要量計算)展開されて発注量が決まるという点で調達・購買業務が従属的な位置付けとなっていることによるものと考えられる。ただし、これはあくまで調達の「数量」の話であり、「価格(単価)」は生産計画に従属するものではなく、サプライヤーとの交渉・契約内容やパワーバランス、経済環境といった要因に影響を受けるものである。そのため、特に現在の不確実性の高い環境下では、調達・購買組織が主導して市況などさまざまな外部要因を考慮して調達予算の精度を向上させる、すなわち単価の将来変動を適切に中長期計画・予算に取り込み経営に提示することが、経営の意思決定の質向上において重要となる。
②価格転嫁による自社利益確保に向けた調達コスト分析
加えてインフレ環境下においては、調達コスト上昇をいかに適切に自社製品の販売価格に転嫁することができるかが自社の利益確保には重要となる。
例えばIRにおいては投資家に向け、原材料費や人件費といった原価の上昇に対して、これまでいかに売価アップしてきたか、将来も実現する見通しかを提示する企業も存在している。
また、政府は取引先の売価への価格転嫁を大企業が率先して対応することで、構造的な賃上げ・デフレ脱却を進めるべく、2020年から「パートナーシップ構築宣言」として取り組みを始めている[1]。経団連も2024年5月に「企業行動憲章」を改訂し、下請け企業からの価格転嫁に応じることで「パートナーシップ構築宣言に基づき、サプライチェーン全体の共存共栄を図る」と明記している[2]。
一方で、2021年以降は中小企業のみならず、大企業/製造業において仕入価格の上昇に販売価格が追い付いておらず、特に川上(素材業種)よりも川下(加工業種)の方が大きい差があることを示すデータも存在している(図1)。
図1:販売価格DIおよび仕入価格DIの推移
自社製品への価格転嫁を進めるためには、単なる営業サイドの努力だけでは実現できない。鉄鋼メーカーによる自動車メーカーに対するトップ交渉に代表されるような、経営マターのアジェンダとして扱うことが必要である。その中で調達・購買組織として求められることは、自社製品の販売単価への価格転嫁の妥当性を示す根拠として、調達コスト上昇に関する定量データを経営や営業サイドに示すことである。鉄鋼メーカー・自動車メーカーの例においても、鋼材の主原料である鉱石・石炭の市況見通しを踏まえてコスト算出し、鋼材トン当たり販売単価を3割近く上昇させるという価格転嫁に繋げている。この例に留まらず、レアアースなどの価格変動が大きい原材料を必要とする製品や、その製品を部材として調達する企業においては特に必要な取り組みと考える。
また、こうした取り組みに向けては、調達・購買組織としてコスト削減に注力するのではなく、価格転嫁を進めていくという考え方とするためのチェンジマネジメント(意識改革)から必要であり、これは調達・購買組織単体で遂行できるものではなく、経営サイドから変えていく必要がある。また、このチェンジマネジメントは単なる利益目的のものではない。供給の不確実性が高まっている環境下においては、サプライヤーとの強固な関係性を構築することが安定調達のための重要な要素である。短期的な自社のコスト削減によってサプライヤー側の利益を損なうことは、長期的には自社にとって安定調達が崩れるデメリットとなる可能性を秘めており、この観点からも重要なものである。
戦略的調達・購買組織の実現
このように調達・購買組織に求められるミッションが多岐に渡る中で、業務の実態としては日々のオペレーション、特にサプライヤーや自社の生産管理部門との納期調整案件に追われていることが大半となっており、根本的な施策の検討やアクションにリソースを投下できていない企業が多く見られる。一方で、付加価値を創出する調達・購買組織となるには、全社戦略・事業戦略を踏まえたMission/Vision/Valueの策定や、組織/プロセス/KPI/システム、調達・購買の主要テーマに対する全体方針があって、それと整合する形での品目カテゴリ別の施策を立案する必要があるため、これらの立案と推進役を担う戦略的機能が必要である(図2)。
図2:調達・購買戦略の考え方
戦略的調達・購買組織の実現に向けて多くの企業に特に不足している機能として、サプライチェーンネットワーク強靭化・再構築を調達サイドから推進する機能や、ESG/BCPといったサステナビリティへの対応機能といった調達戦略の立案・旗振りを行う機能に加えて、①データ分析・施策立案機能、②業務ルール・プロセスなどを定期的に見直す推進役としてのガバナンス機能が挙がる。
前述の調達予算の質向上や自社製品への価格転嫁に向けた調達コスト分析に向けては①のデータ分析・施策立案機能、そのための仕組みとしてのデータ基盤、データの質を担保するためには業務やデータを統制するための②のガバナンス機能が必要である。
詳述すると、調達コスト分析や調達予算策定においては原材料費や人件費、電力費、輸送費における市況や、為替、各国の物価指数などの外部データを用いた分析を行うことが有効であると同時に、そもそものサプライヤーからの価格見積の確からしさが重要であり、日々の見積査定を明細項目の単価内訳など根拠となる必要なデータを揃えて行うこと、またサプライヤーからの見積変更の確からしさを検証・判断する業務や仕組みの構築が必要である。この点は以前より言われていることではあるが、筆者が関与した企業においては近年、サプライヤーとのパワーバランスから見積明細のフォーマットを揃えられていないケースにおいて、AIを活用して複数社分の見積明細項目を横並びで対比できるようにするといった省力化の対応も行われている。このように、デジタルを活用したデータ収集・分析基盤を構築することが望ましい。
また、分析に必要なデータとなる自社の契約単価に関して、筆者の支援経験では、ERP導入前の段階においてそもそも自社の契約単価の履歴をデータとして利用可能な状態で管理できておらず、過去の単価履歴を分析・活用に繋げられるようデータとして管理するといった基本的なことから整備が必要となるケースも存在した。
ガバナンス機能においては、ビジネス状況の変化のスピードが速くなっている中で、業務のルールやプロセス、マスターデータ設定を見直すことを現場任せではなく、統制を利かせて定期的に行えるようにすること、そのための役割や統制プロセスを整備することが肝要である。例えばマスターデータにおいては資材の在庫基準やサプライヤーからの納入リードタイム、契約単価などをシステム上に適切に設定しておく必要があるが、一度設定したマスター値のメンテナンスが行えておらず、特に実態の納入リードタイムとマスター上のリードタイムの不一致により、計画に対して実態の納入が遅延しているといったことが散見される。これは発注・納入といったオペレーション実行上の影響もさることながら、ソーシングにおけるサプライヤー評価に対しても影響が生じ得るものである。
おわりに
急速に変化する昨今の環境下、調達・購買組織においては強靭性(レジリエンス)、持続可能性の確保に向けた対応ができているかが重要だ。サプライヤーにとって良い買い手となることで関係性の強化ができれば、サプライチェーンの強靭性・持続可能性のために必要な安定調達の維持に繋がる。また、調達コスト上昇を自社製品の販売価格への価格転嫁に適切に繋げられれば、自社の利益確保という経営への貢献にも繋がる。このように、供給の不確実性の高まりや価格高騰という一見ネガティブに見える状況でも、適切な対応が取れれば企業の競争力強化・優位性確保に繋がるきっかけとなる。
そのためには、調達予算の蓋然性や見積の妥当性を担保するためのデータ収集・分析業務やシステム基盤の整備、また、調達主要テーマに対する方針や施策を定め、旗振りを行う組織・人を配置し機能させることが今後ますます重要となっていく。
ぜひ本稿を参考に、戦略的調達・購買組織の実現に向けた取り組みを実践していってほしい。
関連情報
株式会社クニエ SCMチーム『ダイナミック・サプライチェーン・マネジメント』
https://www.qunie.com/news/books06/
- [1] 内閣府(2020), “パートナーシップ構築宣言とは”, https://www.biz-partnership.jp/outline.html (参照2024年10月29日)
- [2] 一般社団法人日本経済団体連合会(2024), “企業行動憲章 実行の手引き[第10版]第2章(抜粋)2024年5月31日改訂”, https://www.keidanren.or.jp/policy/cgcb/tebiki10bassui.pdf (参照2024年10月29日)
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