2024.10.17

継続的なデータ分析推進に向けたAIマネジメントの取り組み

押さえるべきAIマネジメントフレームワークと小売企業におけるAIマネジメント導入事例

雨谷 幸郎 

近年、多くの企業がデータサイエンティストを中心にAIを活用したデータ分析活動に取り組んでいる。その一方でさまざまな課題に直面し、取り組みが滞ってしまう、または活用が一部の部署・業務に留まってしまうケースも見受けられる。
本稿ではAI活用に関する課題を解決し、全社的・継続的なデータ分析推進に向けて意識するべきAIマネジメントフレームワークをはじめ、現状のAI活用成熟度に応じた対応手法、小売企業におけるAIマネジメント導入事例などを紹介する。

企業でのデータ分析・AI活用の現状

近年、機械学習や深層学習に加え、生成AIといったAI技術の進展に伴い、企業におけるAI活用のハードルは着実に低下している。これにより、データ分析の民主化に向けた取り組みが企業内で進展しており、実際にAI活用によって成果を上げている企業も増えてきている。
一方で、コストをかけてデータ分析環境を構築したにもかかわらず、データ取得機能がブラックボックス化してメンテナンスが困難になる、ビジネス環境の変化によりAIモデルの精度が低下するといった問題が発生し、結果としてデータ分析環境が活用されなくなるケースも見受けられる。また、業務部門のビジネス要件に柔軟に対応できないことや、AI分析ができる人材の不足など、AI活用を進める上での課題に直面し、思うように導入が進まない企業も散見される状況だ。
AIの民主化の実現に向けてAI活用に関わる課題を解決するためには、環境構築だけに留まらず、運用・管理にも対応する必要がある。本稿では課題解決の取り組みとして、AIマネジメントの導入について提案する。

AI活用において直面する課題と対策

AI活用において直面する課題は、その成熟度により異なってくる。各成熟度レベルでのAI活用の状況と直面する主な課題と対策を示す。

担当者レベル
データサイエンティストが主体となり、一部業務にてAI分析を実行している状況。担当者にて属人的にAI分析が行われているため、そのノウハウが形式知化されておらず、担当者が交代した際に引き継ぎが難しい。また、全社的にAI活用のリテラシーが低く人材も不足しているため、AI活用の普及が思うように進まない。この対策としては、会社としてのAI活用のリテラシー向上に向けた取り組みを検討したい。AI活用に対する理解不足のために、そもそもどのように進めればよいかがわからないことが原因と考えられるため、社内外の事例紹介等を参照しつつ理解を促進するとともに、小さい規模から活用を進めて早期に効果を見出す取り組み(スモールスタートクイックウィン)が有効な手立てである。また、研修等を通じて社員のAIへの理解を深めていくことも求められてる。

部門レベル
各部門でAI活用に取り組んでおり、一部の部門(マーケティングや営業など)においては高度なAI分析が実行されている状況。担当者ごとに活用方法がバラバラだと、担当者が代わると引き継げずに活用が滞ってしまう。またAI基盤を構築後、何も手を入れずにAIモデルの精度低下やデータ抽出・連携などの機能の陳腐化・ブラックボックス化が進んでしまい、結果として構築したAI基盤が使われなくなってしまうリスクがある。この対策としては、AI活用を整備するだけでなく、維持するための取り組みが必要であると考える。AI活用における業務プロセスの標準化のみならず、AIモデルやプログラムの運用・管理プロセスも整備することで、継続的にAI活用を推進できるようになる。

全社レベル
全社でAI分析を推進。経営・事業施策の中でAI活用に取り組んでいる状況。AI基盤への投資も大きくなっており、投資対効果(経営・事業方針への寄与)が求められるが、活用テーマが業務改善程度など限定的な成果に留まってしまっていることが多い。また、全社での運用ルールなどが明確でなく、組織横断的な活動になっていない(場当たり的になっている)。これに対する対策としては、全社でのAI活用の運営方法確立が必要であると考える。経営・事業活動の施策にAI活用を考慮することで効果創出を図るべく、会社全体でAI活用を統制していくことが求められる。また、会社全体でのAI活用を推進・統制するための組織を設立することが望ましい。

図1:AI活用の成熟度ごとに直面する課題レベル

 

AIマネジメントによるデータ分析の推進

こうしたレベルごとに直面する課題を解決し、企業全体でAIを活用したデータ分析を推進するためには、その仕組みを整備して定着化させることが必要である。仕組み化により、属人的でなく組織としてAI活用を推進し、最終的に企業全体のAI活用の浸透、経営・事業に資するAI活用への取り組みが期待できる。このAI活用の管理・運用の仕組み化の活動をAIマネジメントと定義する。
AIマネジメントの実行に向けて、データサイエンティスト協会の定義するスキル3要素(ビジネス知識、データサイエンス、システムエンジニアリング)[1]に加え、統制としてプログラムマネジメントを加えた要素で構成されるフレームワークを提唱する。本フレームワークを利用することで、AI活用のプロセス・ルールといった仕組みを網羅的、効果的に検討できるようになる。各要素において必要な能力は次の通りだ(図2)。

図2:AIマネジメントフレームワーク

 

ビジネス知識
ビジネス価値を創出するためのユースケースを実装するスキル。事業・業務への価値創出を図るべく、ビジネス要求を踏まえて精度の高いAIモデルの開発につなげていく。その取り組みとして、AI活用の効果的な事業・業務シーンを明確にした上で、AI活用の要望・要件を定義する。また、開発したAIモデルの精度測定・改善、ビジネス要求の変化への対応など、運用変更にも都度対応していくことになる。

データサイエンス
データの価値を高め守るためのプロセス・ルールを整備するスキル。要件に応じたAIモデルの構築・運用とあわせて、データガバナンスや品質管理、メタデータ管理といったデータマネジメントに取り組んでいく。また、データ入手元からデータ活用基盤までのデータ流通整備といった維持管理を継続的に実行する。

システムエンジニアリング
堅牢で柔軟なデータ活用基盤の整備・運用をするスキル。AIモデルを実行する環境(データ収集・蓄積・分析)の構築・運用を実行する技術が求められる。AIを活用する基盤を構築するだけでなく、データ連携元の変更やユーザー要求に応じてデータ抽出・加工のプログラムやデータベースの見直し・改修といったAI基盤の運用を行っていく。

プログラムマネジメント
組織横断的なAI活用に向けた会社全体のプロジェクトを運営するスキル。AI基盤の継続的な改善を実行するための運営体制と運用プロセス・統制方法を定義し、PDCAサイクルによる運用を可能にする。また、業務部門・IT部門・分析担当部門等の連携をサポートし、関係者間のコミュニケーションを図りながらAI活用を推進していく。

成熟度ごとのAI活用ステップ

次にAIマネジメントのフレームワークを考慮して、AI活用の成熟度ごとの課題への対応に向けた取り組みを示す(図3)。AI活用の成熟度が低いうちは担当者ごとに個別対応していけばよいが、成熟度が高くなるにつれ、部門・全社的に取り組んでいく必要がある。

図3:成熟度ごとのAIマネジメントへの取り組み

 
担当者レベル
成熟度が担当者レベルのときは、業務担当者の作業の生産性向上・効率化に向けてAI活用を進めていくことになる。この段階での取り組みにおいては「ビジネス知識」の習得に重みづけをしてAIとビジネスの親和性を理解することが重要であり、これが全社普及への土台となる。そのため、業務におけるAI活用のユースケースを明確にし、AI活用テーマを導出していくことが必要不可欠だ。あわせて社内のAIリテラシー向上を進めていき、啓蒙活動により業務担当から経営層まで幅広く社内へのAI活用の意識付けを行う。また、コミュニティ形成や人材育成・教育を進めていき、AI活用の社内風土を醸成させていく。

部門レベル
部門レベルに上がれば、各部門でAI活用の仕組みを確立すべく「データサイエンス」の重要度を上げていく。AIモデルの業務プロセス・ルールを整備することで効果的に活用できるようにするだけでなく、担当者が交代した際にも継続してAI活用を実行できるようにする。また、ビジネス環境・業務要求の変化に伴いAIモデル精度を定期的に評価し、必要に応じて改善を行っていく。成熟度が上がるに従いAI活用の範囲が拡大すると、AI基盤の本格導入が進められることになるため「システムエンジニアリング」も重視していく。AI基盤は構築するだけでなく、ビジネス要求に応じて機能を変更するなど、その運用も適切に行っていく。AI基盤導入においては、業務担当者・データサイエンティスト・IT担当者の3者が関わることになるが、それぞれの立場で要望があるため、3者間で調整して導入を進めていくことが必要である。

全社レベル
全社で統制したAI活用が求められることになり、 「ビジネス知識」、「データサイエンス」、「システムエンジニアリング」 に加え、「プログラムマネジメント」にも重きを置いて取り組んでいく。経営・事業戦略に基づいた全社的な方針に従い、継続的に経営・事業に資するAI活用を促進していく。この段階においては投資対効果を見出すべく、経営・事業方針との関連性を明確化し、AI活用を施策に取り込んだ形で実行する。そのために中長期的な取り組み方針を設定し、計画を立案して実行していくことが重要である。企業全体での取り組みとなるため、全社的(場合によっては、海外拠点やグループ会社を含めて)に一貫したプロセス・ルールを整備する。また、継続的に活動していくために、AIガバナンスの確立や組織横断・全社的な推進組織の設立といったAI活用施策の推進・統制に向けて取り組んでいくことも有効な手段となる。

なおAIマネジメントの取り組みにおいては、各部門でAI活用の必要性が異なることを考慮したい。例えばマーケティングや営業といった組織は顧客分析などで高度なデータ分析が必要になる一方で、経営管理部門などKPI評価を主体で行う組織の場合には、高度な分析ツールや高いスキルのデータサイエンティストは不要である。各部門で同様のAI活用を進めてしまうと、無駄な投資が発生するリスクがある。それぞれの部門でどのようにAIを活用するのかを明確にした上で、その活用に見合ったAI活用の仕組みを整備していくことが重要だ。

AIマネジメントの事例

AIマネジメントによるAI活用の事例として、小売業における部門レベルでの取り組みを紹介する。小売業界は需要予測、在庫管理等のサプライチェーン最適化や、ターゲティング広告、パーソナライズドリコメンデーション等のマーケティング強化などの領域でAI活用に取り組んでおり、事業推進において不可欠なものとなっている。ここでは、AIマネジメントにより予測値を分析するAIモデルの継続的な改善・効果創出を実施した事例を、AIモデルの開発・運用・管理の観点で説明する。

AIモデル開発
AI基盤開発時にAIモデル開発も並行して実施。業務部門・SCMシステム等の対向先システム担当と協議してAIモデルの要件定義を行うことで、業務要求を適切に組み入れるようにした。AIモデルの業務要件、および分析結果のシステム連携基準のKPI(連携可とする誤差率の定義とその値)を業務部門と協議して設定。分析結果のシステム連携の要件についても、システム担当と検討のうえ定義。要件定義後、AIモデル構築を実施。また、構築時にAIモデルの運用(精度改善)タスクについても整備し、AIモデルの利用開始から担当者に依らず、その運用を行えるようにした。

AIモデル運用
構築したAIモデルを用いて、予測値を分析。予測値は週次で連携システムに送信するとともに、その精度モニタリングを実施。精度モニタリングは、BIツールを用いて精度や推移の可視化を行う。あわせて業務からのフィードバックを受ける仕組みも整備し、都度フィードバックに対応。また、構築時に整理した精度改善タスクに従い、AIモデル運用を実行。新しい特徴量追加や特徴量改善について検証し、その結果を踏まえた改善施策を日次で1時間検討して、AIモデルの精度向上を図る。これらの対応により、時間経過によるAIモデルの劣化を防ぎ、常に精度の高い分析を可能とした。

AIモデル管理
需要予測チームとAIチームからなる専門組織を立ち上げてAIモデル管理を実行することで、統制の取れた管理を実行できるようにした。管理の仕組みとして、開発時にデータサイエンティストにて設計書を作成し、モデルの仕様を共有・管理できるようにする。これにより仕様のブラックボックス化を防ぎつつ、システム実装する際に開発担当者が参照できるため適切に構築・テストが実行できるようになった。また、SQLなどの関連するプログラムについては、管理ツールを用いて、適宜更新を行えるようにした。

おわりに

上記事例のようにAIマネジメントを導入することにより、AI活用による効果が一時的ではなく、継続的に創出されることが期待できる。今後、企業においてさらなるAI活用を進めていくためには全社的な仕組みづくりが求められており、本稿で述べたAIマネジメントだけでなく、それを推進する組織・体制づくり[2]や、データ管理やガバナンス、人材育成といった取り組みも重要である。本稿が企業のAI活用を押し進め、成長の一助となれば幸いだ。

  1. [1] 一般社団法人データサイエンティスト協会(2019), “データサイエンティスト スキルチェックリスト ver3.01”,
    https://www.datascientist.or.jp/common/docs/skillcheck_ver3.00.pdf(参照2024年10月7日)
  2. [2] ZDNET(2024), “AI活用の業務改善を成功に導く、「AIマネジメント人材」と求められる要素とは”,
    https://japan.zdnet.com/article/35214412/(参照2024年10月7日)

雨谷 幸郎

デジタルトランスフォーメーション担当

シニアマネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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