2024.05.21

M&Aでシナジーを生み出すための人事PMIとは

人事PMIの全体像と基幹人事制度統合の進め方

原口 夏美  

近年、業界や規模を問わずM&Aが1つの経営手法として定着している。M&Aは、売上増加、コスト削減、新規事業への参入や技術、人手の獲得等によるシナジーを期待して行われるが、M&A後に当初想定していた効果を得られないという企業も少なくない。それでは、M&Aを成功させるために人事は何をすべきなのか。
本稿では、まずM&A実行時に人事がすべき人事PMIの全体像を示し、その上で人事PMIの中の「人事制度の統合」について解説する。

人事PMIとは

PMIとはPost Merger Integrationの略で、M&A成立後の統合プロセスである。その中でも、人事PMIは文字通り人事領域の統合プロセスを指す。いずれの検討項目に重点を置くかはM&Aの内容により異なるが、人事PMIでは、最終合意前に実施される人事デュー・デリジェンス(企業の買収や吸収の際に対象企業に対して行う詳細調査、以下DD)の結果を基に人事戦略、制度、就労条件等の下記内容を検討することとなる(図1)。

図1:人事PMIの主な検討内容

 

人事PMIでは、まず新会社における人事戦略を明確にし、その人事戦略に基づき人事制度をはじめとした各種施策を実行する。人事戦略がないままに人事PMIを実行すると、組織文化を融合できず社員のモチベーションが低下する、両社の人材交流や連携がうまくいかず想定していたシナジーを発揮できない、人材をうまく活用できずM&Aの効果が思ったように上がらない、人事制度に一貫性がなくなり会社としてのメッセージを社員に伝えられないなどの問題が生じる可能性があるため、注意が必要だ。

図1の通り人事PMIの検討範囲は非常に広いため、本稿では人事PMIの「人事制度の統合」に焦点をあて、進め方やポイントを解説する。なお、M&Aには合併、会社分割、株式譲渡、事業譲渡等の手法があるが、本稿では合併(中でも吸収合併)を前提とする。

人事制度の統合の必要性

企業の合併時に人事制度を必ず統合しなければならないのかと言われるとそうではない。一部制度を除き、合併後に両社の異なる制度を併存させることは可能である。
しかし人事制度を統合しない場合、コスト・社員のモチベーション・人材活用の3つの観点でさまざまな問題が生じる可能性がある。システムの併存によるコストの増加や、報酬への不公平感、異動のしづらさなどが例に挙げられる(図2)。
下記はあくまで一例であるが、M&Aの目的であるシナジーを創出していくためには、これら3つの観点から考えても人事制度の統合は必須と言えるだろう。

図2:人事制度を統合しない場合に生じる問題(例)

 

人事制度統合のパターンと進め方

人事制度を統合する場合のパターンは、一般的に、①片寄せ型 ②ミックス型 ③新制度策定型 の3つとなる(図3)。いずれのパターンとするかは、M&Aの内容・目的や人事制度統合に要する負荷等から総合的に判断することとなるが、筆者のこれまでの支援経験上、統合前の企業規模に圧倒的な差がある場合は①片寄せ型、両社の企業規模に大きな差がない場合は③新制度策定型を採る企業が多い。ただし、③新制度策定型としても、大半はゼロベースで新制度を構築するのではなく、両社の制度を参考としながら、検討を進めていくことが多い。

図3:制度統合のパターン

 

次に、人事制度統合の進め方を解説する。人事制度統合では、いずれのパターンにおいても、まず両社の制度の比較表を作成する。比較表を作成することで、「両社の制度のどこに差があるのか」、「一方の制度に片寄せした場合、もう一方の社員にどの程度の不利益が生じるのか」を把握することができる。

この比較表を作成する際に陥りがちな失敗が、制度上の言葉だけを見て「両社制度に差異がないので検討は不要である」と判断してしまうことだ。例えば、両社ともに実力主義で「成果」を評価しており、新会社においても「成果」を評価することが妥当であるため、よりシンプルであった片方の企業(以下、A社。もう一方の企業はB社とする)の制度を採用したとする。しかし、検討が進んでいくうちに、A社は成果を出すまでの過程も含めて成果と定義しており、B社は最終的なアウトプットのみを成果と定義していることが判明した。そうした認識の相違に気づかず、評価制度には触れずにPMIを進めてしまったため、結果として合併時に十分な議論がなされていない評価制度を導入することとなってしまう。
これは極端な例ではあるが、単に制度を比較するだけではなく、その制度の背景、定義の意味合い、運用実態等を正しく把握しておく必要がある。なお、制度比較はDD時点で実施している場合も多く、既に実施している場合はその内容を継承し、制度内容を検討するのがよいだろう。いずれのパターンを採る場合においても、既存の制度と両社の制度の差異を把握することで、新会社における制度および移行措置が検討しやすくなる。

次に比較表を見ながら、「どちらの制度を採るか」、「新制度とするか(どちらかの制度をベースに新制度とする場合も含む)」、「制度を廃止するか」を分類していく。分類を行う際には、コストの観点からも単に条件の良い方に合わせていくのではなく、新会社の人事戦略・人材マネジメント方針に基づきどのような制度とすることが妥当かを検討していくようにする。その後、「新制度とする」とした項目については制度の詳細を設計していくこととなる。

制度統合では、コストの観点から、すべての制度を条件の良い方に合わせることは現実でない。そのため、制度設計時には不利益変更による法的リスクを考慮しながら、代償措置や緩和措置も検討していく必要がある。本稿では詳細な解説を割愛するが、制度変更時に社員に個別に合意を得ることは前提としても、制度の不利益変更については注意が必要だ。

等級制度の統合

ここからは、図3の③新制度策定型とした場合の基幹人事制度の統合のポイントを解説する。実際の制度統合時の論点は多岐に渡るため、本稿では制度統合時に特に重要となる点や注意が必要な点に絞って解説する。

等級制度は、組織における人材を分類・格付けるための仕組みであり、評価・報酬を決定するための基盤となる重要な制度のため、制度統合時でも最初に検討を進めたい。
等級制度では、まず等級基準を検討することとなる。近年、役割等級を導入する企業が増加しているが、役割等級の場合、職能寄りの制度なのか、職務寄りの制度なのかで大きな違いがある。前章「人事制度統合のパターンと進め方」で、「単に制度を比較するだけではなく、その制度の背景、定義の意味合い、運用実態等を正しく把握しておく必要がある」と述べたが、両社同じ役割等級であるため、新会社でも同様としてしまうのではなく、会社として何で処遇を決めるべきか、その基準が意味することは何かをしっかりと議論したい。

等級基準が決定したら次に職種と等級段階を検討する。これらは、新会社の業務の質、組織階層やレベルの違いから人材の区分をどのようにすべきかを議論する必要があるが、制度統合時には既存の制度に引きずられてしまうケースが多々ある。制度移行のしやすさばかりに捉われ、両社の等級区分を比較して近そうなところで等級を区切ったり、大胆に大括りの等級にして現制度と対応しやすいようにしたりすることは極力避けたい。また、同じ役職名であっても実際の役割や責任範囲に大きな違いがあることも多い。そのため、役職の実態を確認した上で、両社の役職を新会社でも同等の役職として扱うべきかを議論する。等級制度は制度移行時の対応を考えることも重要だが、あるべき論で検討を進めることを推奨する。

評価制度の統合

評価制度は、等級制度・報酬制度と比較すると、社員の処遇に直結する制度ではないため、限られた時間で進めなければならない人事PMIにおいて十分に検討時間を確保できていないケースが見受けられる。しかし、評価制度は人材の成長・組織目標の達成を支えるための仕組みであり、重要な人事制度であると筆者は考える。また、十分な検討がされないまま制度を導入した場合、運用時に問題が生じることも多い。そのため、評価制度に関してもしっかりと議論の時間を確保したい。

評価制度では、主に評価対象(能力・行動・成果等の何を評価するのか)、評価方法(どのように評価するのか)、処遇との紐づき(評価結果を昇給・昇格・賞与等の処遇にどのように紐づけるか)を検討することとなる。特に評価対象については、新会社の人事戦略・人材マネジメント方針に基づき何を評価すべきなのかを検討し、その言葉の意味を具体的にイメージできるレベルで定義することが望ましい。

また、両社の評価者の評価スキルにレベル差が見られることもあるため、余力があれば制度のみでなく運用を見据えて評価者を育成する仕組みも検討したい。

報酬制度の統合

報酬制度は多くの社員の関心が高い制度であり、モチベーションにも影響を与えやすい。加えて、制度変更により社員の個々の報酬が下がる場合、不利益変更の問題が生じるため、慎重に検討を進めたい。一方で、すべての制度を水準の高い企業側の制度に合わせることはコストの観点から現実的ではない。報酬制度では、両社の既存の制度の水準のみでなく、同業他社や業界水準をベンチマークとするとよいだろう。ただし、あくまで同業他社や業界水準は参考値とし、新会社の人事戦略・人材マネジメント方針に基づき、あるべき報酬構成や水準を検討したい。また、福利厚生の側面の強い家族手当や住宅手当についても忘れずに検討項目に入れ込み、報酬制度全体を総合的に見ていくことが重要となる。前述したが、報酬制度では、制度そのもののみでなく、移行時の代償措置や緩和措置の検討も重要となる。

おわりに

人事PMIは、「ヒト」を最大限に活かし、M&Aを成功に導くためには必要不可欠な取り組みとなる。一方で、その検討事項は多岐に渡り、合併までの時間が限られていることやさまざまな関係者との調整が必要となることから非常に難度の高いテーマと言えるだろう。本稿は、人事PMIのごく一部についての解説に留まるが、これから人事PMIに関係する方の一助となれば幸いである。

原口 夏美

人材マネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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