2023.09.26
インフレは小売業を淘汰するのか?
Data Drivenがもたらす従来モデル脱却シナリオ
足立 玄
日本の小売業は未曽有のコスト上昇という課題に直面している。その背景には、コロナ禍における需給変動や日米金利差による為替変動、ウクライナ戦争等の影響が重なったことで、原材料費やエネルギー価格が上昇していることが挙げられる。こうした状況下で製造業は思い切った値上げに踏み切る一方、生活者*の節約志向は根強く、間に挟まれる小売業はコスト上昇分を販売価格に転嫁出来ず、利益が逼迫する厳しい状況となっている。昨今の賃上げ機運の高まりや世界的な地政学リスクの上昇等によって今後更なるコスト増加・収益逼迫が懸念される中、小売業は今こそ従来の薄利多売モデルを脱却し、変革に取り組むべきである。
本稿では先進事例やクニエの知見を基に、様々なコスト上昇に直面する小売業が目指すべき方向性を概説する。
*クニエではエンドユーザーを「消費者」ではなく、消費したうえで生活する「生活者」と呼んでいる。
持続可能な小売りモデルへの変革
従来、小売業は競合より安値を付けることで来店客を増やし、薄利多売のビジネスモデルで発展してきた。しかし、人口減少に伴い売上が低迷する一方、原材料価格が高騰し、更にエネルギー価格や人件費といった経費も増加しており、従来モデルでは利益を確保することが困難となっている。また、コロナ禍において、人々の生活や価値観は大きく変化し、消費行動に影響を与えている。こうした変化に対応せず、従来通りの安売りだけを繰り返しても結果的に将来の投資が確保できずに事業継続が困難となってしまう。
ここで小売業の目指すべき方向性として、顧客のニーズをつかんで提供価値を高め、その対価として利益を確保出来る価値提供モデルへの転換を提言したい(図1に全体像を記載)。
図1:小売モデル転換
では、具体的にどのように価値提供モデルに転換すれば良いのか?そのポイントは大きく以下の3つである。
1. 顧客の生活/価値観の変化に着目する
2. 顧客の買い物に至る行動全体をジャーニーとして捉える
3. 自社が提供出来る「価値ある体験」を設計する
そして、Data Drivenであることが求められる。ここからそれぞれについて詳しく述べる。
1. 顧客の生活/価値観の変化に着目する
Withコロナと言われる環境で人々は巣籠りを強いられる中、自宅に配達してくれるECへの需要がより高まり、従来ECを利用しなかった層も含め大きく利用が拡大した。例えばコロナ前は買い物をするために出かけるという行為を当たり前と考えていたが、Afterコロナでは、買い物する前に店舗に行くかECにするかという選択肢が当たり前になった。またECの利便性(検索のしやすさ・レコメンドによる選びやすさ)を一度覚えると、店内で欲しい商品があるかどうかを探すという行為自体も煩わしいものと感じられるようになった。こうした変化は顧客にとってこれまで感じることのなかった「コスト」が顕在化されたことを意味する。Afterコロナにおいてデジタルが当たり前になった今、商品やサービス単品の「価格」にのみ注目するのではなく、こうした「顧客が感じるコスト」をトータルで引き下げる必要がある。
図2:スーパーマーケットでの買い物例
例えば、ホームセンターの株式会社カインズは自社アプリで「顧客が感じるコスト」を低減している。アプリを使うと、事前に店舗に買いたいものがあるかどうかを確かめることが出来る。また来店時には店内のどこに何があるかが分かる為、商品を探し回る負担がなく、店内に留まる時間も短縮できる。さらにチラシもアプリ内で見られるため、自分が買いたいと思った商品やお得な商品を円滑に購買することが出来る。
この事例から得られる示唆は、コロナによってデジタルが前提となった社会では、従来感じられなかった心理的なコストが顕在化しており、このコストを特定し、デジタルの力によって解消またはプラスの体験に昇華することで、顧客から選ばれる企業になるということだ。
2. 顧客の買い物に至る行動全体をジャーニーとして捉える
前項で説明した変化やそこから生じるニーズは、商品や店舗などの売り手を起点とした“点”でとらえるのではなく、顧客の買い物に至る“行動全体”でいかに解像度高くとらえられるかが重要となってくる。例えば、買う物があらかじめ決まっている「計画購買」は、顧客自身のニーズが顕在化しており、前項で説明した顧客の感じるトータルコストの引き下げや買い物サイクルをとらえたリマインドが有効になる。小売業にとって計画購買をとらえることは、固定客を獲得することと同義で非常に重要だ。その為には計画購買を便利に出来る環境を提供する必要がある。
一方で買い物の内、実は5~9割は事前に買うものが決まっていない「非計画購買」と言われている。非計画購買を促す為には様々なタイミングで、複合的なチャネルから一貫した行動を促すよう仕掛けを作ることが必要となる。重要なのは、こうした購買行動全体をジャーニーでとらえ、従来は細切れで打ち出していた広告やプロモーションを、最適なタイミングで一貫した方針のもと打ち出すということである。
図3:買い物行動全体の施策
例えば株式会社トライアルカンパニーは、ショッピングカートにタブレット端末とスキャナーを搭載し、通常のレジに並ぶことなく買い物を済ませることができるスマートショッピングカート(通称レジカート)を導入している。これは決済に使用するプリペイドカードと買い物時のセルフスキャンを連携することにより、会員情報と購買情報とを紐づけて、顧客の購買行動全体の情報を捉えている。さらに店内の非計画購買に着目し、搭載のタブレット端末にクーポンを配信するなど買い物中に顧客属性に応じた提案を促す仕組みを構築している。これは自宅でチラシを見るのとはリアルタイム性が圧倒的に異なり、体験として「純粋衝動(これ、欲しい)」「想起衝動(思い出した)」「提案受け入れ衝動(提案されるなら買ってみよう)」が促される。従来の小売業は陳列の工夫やPOP等で不特定多数に向けて提案することが多かった中で、買い物中に顧客1人1人にとって必要な情報が提供されるからこそ、顧客の非計画購買を効果的に引き出している。さらにパーソナライズされた販促とID-POS実績を紐づけて分析することで、販促効果の検証も可能となる。
この事例から得られる示唆は、細切れに分散した販促を企業側から一方的に行うのではなく、データに基づいて顧客の買い物行動のジャーニーを捉え、適切なタイミング・場所でその人に合わせた提案を行うことで、買い物体験価値を高めることが出来るということだ。
3. 自社が提供出来る「価値ある体験」を設計する
これまで見てきた事例からも、単品の価格だけが自社の提供出来る価値でないことが分かるだろう。顧客が買い物行動全体で感じるコストを下げ、プラス体験を増やすことで自社が提供する価値全体を高める設計が必要になる。ではどのように体験を設計すればよいのか?まずは自社が顧客に対して提供したい価値の言語化・明確化が必要となる。そして、提供価値が実現されたとき、顧客にどのような消費行動の変化が起きるかを整理する。次に小さく始められるところから行動変化を促す施策を実行し、消費行動が現れたデータを特定する。そのデータを蓄積し、何を実施すれば行動の改善につながるかを分析・行動を繰り返すことでノウハウが蓄積し、更なる改善を実施することが可能となる。
図4:提供価値の定義と検証・改善
上記のように、自社の提供価値を生み出す価値あるデータの特定と、それを使った改善の循環を作ることによって、激しく変化する環境下においても顧客へ提供する価値を持続的に高めることが可能であり、従来の薄利多売モデルからの脱却、すなわち企業の変革につなげることになる。
クニエでは小売・流通企業におけるデータを活用したビジネス改善のアプローチをData Driven Retail(DDR)というコンセプトで定義している。DDR適用でビジネス改善の循環を定着させることが企業変革にも繋がる事例が出てきている(図5)。
図5:DDRのアプローチ
おわりに
未曽有の価格高騰が続く中、小売業は今こそ従来の事業モデルを変革し、自社ならではの価値を継続的に改善・提供していける体制を構築すべきだ。その為には環境の変化/顧客の行動変化に迅速に対応出来るデータドリブンな経営が求められる。小売業は社会のインフラであり、小売業の提供価値が向上することは社会全体の活性化につながる。
本稿が社会を支える小売業の変革の一助になれば望外の喜びである。
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