2023.01.20

目覚ましい発展を遂げるモロッコを拠点としたグローバルビジネスの薦め

製造業のハブとしてのモロッコ、先端産業の拠点としてのモロッコ

途上国ビジネス支援担当 

Summary

  • ・ヨーロッパおよび西アフリカへの進出・ビジネス展開を目指す日本企業にとって、モロッコは重要な拠点(ハブ)となる可能性がある
  • ・行政改革、貿易協定、グリーンエネルギー、世界水準のインフラによって、モロッコは競争力を強化している。外国企業にとって魅力的な環境が整いつつあり、外国直接投資(FDI)の流入を後押ししている
  • ・モロッコ政府と日本政府は、長年にわたる貿易・外交関係を有している
  • ・モロッコ政府は日本企業を信頼しており、技術・ソリューションの導入において日本企業の継続的な参画を期待。日本企業の貢献の余地は大きい
  • ・遠隔医療やeヘルス、スマートシティやスマートモビリティは、日本企業が価値を提供し、モロッコの喫緊の課題を解決できる事業分野と考えられる

モロッコの文化的・地理的特徴

筆者の生まれ故郷であるモロッコ王国は、北アフリカ最西端の国で、大西洋と地中海の両方に面している。南部にはアトラス山脈が広がり、4,000mを超える山岳地帯を有している。文化的には、ベルベル人、アラブ人、アフリカ人のそれぞれの文化があり、さらにヨーロッパの影響を受けて、多様な文化が融合している。観光地としては、マラケシュやフェスの伝統的なスーク(市場)、あるいは鮮やかな青い街シェフシャウエン、さらにはサハラ砂漠に位置するメルズーガのラグジュアリーキャンプなどが有名だろう。

2022年にカタールで開催されたサッカーの国際大会で、アフリカ勢やアラブ諸国がこれまで達成したことのない世界ベスト4入りを果たしたことで、初めてその名を知ったという人もいるかもしれないが、実際のところ、モロッコが日本企業に知られているのは、観光資源やサッカーの活躍だけではない。近年、アフリカやヨーロッパに進出しようとする多くの日本企業にとって、モロッコはますます理想的なビジネス拠点となっている。

ビジネス環境の改善を通じた外国直接投資の誘致

ヨーロッパからわずか14km、サブサハラ・アフリカ、ヨーロッパ、中東の3つの地域の合流点に位置するモロッコは、地理的な戦略性の高さ、政治的安定性、世界水準のインフラを活かし、特に国際企業の製造・輸出拠点としての成長・拡大を目指している。

国連貿易開発会議(UNCTAD)の統計によると、モロッコへのFDI流入額は2021年に前年比52%増の22億ドルとなった[1]。その中では自動車・航空宇宙・繊維などの製造業に対するグローバル大手企業の投資が目立つが、これら以外にもさまざまな分野が含まれる。

図1:Noorの集光型太陽光発電プラント[2]

 

再生可能エネルギーやエネルギー効率化の分野は特に重要である。モロッコのワルザザート市には世界最大の集光型太陽光発電(CSP)プラントであるNoor(ヌール)[3]があり、毎年886,539トンのCO2を削減している[4]。

このプロジェクトが関心を集め、英国の再生可能エネルギー新興企業Xlinksによる大規模な投資が決まった。2021年のFDI増加分のほとんどを占めているこの新しい投資は、「Xlinks海底送電ケーブル」プロジェクト[5]に対するものである。これはサハラ砂漠の太陽光発電と大西洋沖の風力発電による電力を英国に送るため、3.6GWの電力を送る3,800kmの送電線を建設するもので、推定事業規模は200億ドルとされている。モロッコ政府関係者は、規制改革の推進とビジネス環境の向上により、今後もFDIの流入を増やしていきたいと考えているようだ。

モロッコは、ヨーロッパに近いという利点を活かしながら、インフラ整備を進めてきた。例えば、ヨーロッパから15km以内に位置するタンジェメッド港は、アフリカで最大のコンテナ取り扱い数を誇る。この港は鉄道や高速道路でフリーゾーンや工業団地と接続されており、モロッコからの輸出を行う製造業において特に重要な役割を果たしている。

さらに、日本、米国、EU、アジアなど計62カ国と特恵貿易協定を結んでいる[6]ことによって、大手企業にとって魅力的な投資先になっており、ボーイングやルノー、デルといったグローバル大手企業がモロッコ国内での製造および近隣諸国への販売を目指した大規模な投資を行っている[7]。

モロッコにおける日本企業

自動車、航空宇宙、農業ビジネス、再生可能エネルギーなど、国の主要な経済分野において、モロッコは日本の大手企業の誘致に成功している。現在、モロッコには少なくとも75社の日本企業が進出しており、自動車関連分野、エレクトロニクス分野等で高いプレゼンスを発揮している[8]。また、日本企業はモロッコにおける最大の外国人雇用者となっている。

2021年には、矢崎総業と住友電装が、モロッコでの自動車部品工場新設のため、総額1億300万ドル、計8,300人の雇用創出を見込む投資計画を発表した[9]。2022年3月には、住友電工はモロッコへの長期投資のコミットメントを再度更新し、ロシア・ウクライナ問題による欧州圏のリスク上昇が引き起こすサプライチェーンの混乱を避けるため、自動車用ワイヤーハーネスの生産をウクライナからモロッコに移す計画を発表した[10]。

さらに、ビジネス拠点としてのモロッコの認知度を高める試みとして、モロッコ投資輸出振興庁(AMDIE)が推進する経済推進ブランド「Morocco NOW(モロッコ・ナウ)」が日本語化されたことにも注目したい。ドバイのブルジュ・ハリファやニューヨークのタイムズ・スクエアに登場したモロッコ・ナウのプロモーションムービーが、2022年1月に渋谷のスクランブル交差点にも映し出された。日本の戦略的重要性の象徴として、またモロッコと日本の長い協力関係と両国にもたらされるであろう将来性を祝したものと言えるだろう。筆者は信号を待っているときに偶然目にして、とても心が温まったことを記憶している。

図2:渋谷での「モロッコ・ナウ」のプロモーションムービー[11]

 

ICT分野における日本企業の動向

これまで述べたことからモロッコは製造業・輸出産業向けの進出先という印象が強まったかもしれない。しかし、ここ数年はICT分野も同様に盛んで、多くのテック系大手企業がモロッコのハイテク産業、特にアウトソーシングビジネスへの投資の強化に魅力を感じている。しかし日本企業はまだモロッコのICT分野への投資を敬遠しているようだ。

IBM、アマゾン、DXCテクノロジー、アクセンチュアなどのグローバル大手企業[12]にとって、モロッコは地域のオフショア開発、アウトソーシングのハブであり、ヨーロッパやアジアの顧客向けにアプリケーション開発やデータセンターなどを提供している[13]。

インターネット環境のさらなる強化は必要だが、モロッコ政府は、「誰一人取り残すことなく」国中にインターネットアクセスを拡げること、デジタルデバイドを縮小すること、ブロードバンドの普及を促進することなどの通信インフラの整備を政策および開発計画として定めている。また政府はAIやIoTなどの先端技術を公共部門に活用することで、公共サービスの向上やセキュリティの確保を図り、さらなる経済発展を目指すとしている。

ICTインフラとクラウド技術への投資にも注力しており、モロッコ観光の中心地であるマラケシュから車でわずか1時間のところにある、モハメド6世工科大学に設置された世界水準のデータセンターの構築はその頂点と言えよう。このデータセンターは、科学研究とイノベーションのためのアフリカで最も強力なスーパーコンピューターで、毎秒3億回の演算で315PFLOPS(毎秒31京5,000兆回)[14]の能力を備えている。責任者へのインタビューによると、これはデジタルイノベーションにおけるモロッコの存在感を高め、データ主権とデータのローカライゼーションを確保するための長期ビジョンの第一歩であるという。このデータセンターは、アップタイム協会からTier3およびTier4の認定を受けており[15]、英国ケンブリッジ大学と研究協力のパートナーシップを確立している。これらの取り組みにより、モロッコのコンピューティングパワーは、オーストリアや香港を抑えて世界26位、アフリカでは1位となっている[16]。

日本企業にとって大きな期待と可能性を秘めた事業分野、eヘルスとスマートシティ

ここからは、モロッコの社会課題の解決に日本企業の技術やソリューションが貢献する可能性について述べたい。

eヘルスは、日本企業が大きな価値を提供できる分野の一つと考える。モロッコ保健省は、既存の分断されたeヘルスシステムに終止符を打ち、国民が平等に医療データやその他のオンラインサービスにアクセスできるようにするためのeヘルスシステムを構築するプロジェクトを発表した。

モロッコには、eヘルスシステムの分断だけでなく、閉鎖的な農村部の医療体制、医療アクセス格差などさまざまな課題があり、これらは政府が今も解決に苦慮している緊急課題である。政府はモロッコ遠隔医療協会(SMT)を設立し、医療キャラバンを積極的に行いながら、医療システムの課題解決に貢献する可能性のある技術を特定・検証するためのPoCを実施するなど、国家遠隔医療プログラムを展開している。SMTの責任者へのインタビューによると、優先的に取り組むべき対象地域は270地域、推定人口は300万人ということである。また、複数のステークホルダーとの数多くの議論から、これらの課題解決に貢献する潜在的な技術やソリューションを持つ日本企業の参画が強く求められていることが明らかになった。

日本の民間企業が潜在的に関心を持つ可能性がある分野として、モビリティが挙げられる。特にカサブランカやマラケシュなどの大都市では、急激な都市の成長と渋滞がモビリティに深刻な問題をもたらし、モロッコの競争力の発展を脅かしている。モロッコは今、転換期にあり、重厚長大な不可逆的インフラプロジェクトに着手する前に、モビリティ管理の方法を見直し、インテリジェント交通システム(ITS)に基づくスマートモビリティの導入によって、都市の成長に対応した既存インフラの最適利用を図る必要がある。

モロッコはビッグデータとAIに着目し、交通渋滞解消のためのプロジェクトを進めることを計画している。筆者が複数の関係者に行ったインタビューやミーティングによると、日本政府や日本企業の信頼度が高いことが明らかとなっており、潜在的に有効な技術やソリューションを持つ日本企業が、都市の成長に合わせた適切なソリューションを提案し、継続的に参画することが強く期待されている。

おわりに

モロッコは、大きなビジネスの可能性を秘め、転換期を迎えている国だが、残念ながらその成長を阻む長年の課題を抱えている。

日本企業は、製造や輸出の拠点としてモロッコに戦略的に進出することに加え、IoT、AI、eヘルス、交通、セキュリティの分野に特に注目し、より多様なポートフォリオを視野に入れモロッコで事業を展開できる可能性があると筆者は考えている。

  1. [1] 国際連合貿易開発会議(2022), “World Investment Report 2022”, https://unctad.org/system/files/official-document/wir2022_en.pdf(参照2023年1月16日)
  2. [2] Masen(2019), “NOOR MIDELT I : LE MAROC CONSTRUIT UNE CENTRALE SOLAIRE HYBRIDE HORS NORME”, https://www.masen.ma/fr/actualites-masen/noor-midelt-i-le-maroc-construit-une-centrale-solaire-hybride-hors-norme(参照2023年1月16日)
  3. [3] Masen(2020), “Noor Ouarzazate Solar Complex”, https://www.masen.ma/fr/projets(参照2023年1月16日)
  4. [4] Masen, “CARTE DES PROJETS ENR”, https://www.power-technology.com/projects/noor-ouarzazate-solar-complex/(参照2023年1月16日)
  5. [5] Xlinks, “The Morocco - UK Power Project”, https://xlinks.co/morocco-uk-power-project/(参照2023年1月16日)
  6. [6] アメリカ合衆国商務省国際貿易局(2022), “Trade Agreements”, https://www.trade.gov/country-commercial-guides/morocco-trade-agreements(参照2023年1月16日)
  7. [7] モロッコ投資輸出振興庁(2021), “サクセスストーリー”, https://www.morocconow.com/ja/success-stories-jp/(参照2023年1月16日)
  8. [8] The North Africa Post(2022), “Morocco poised to attract more Japanese investments”, https://northafricapost.com/60439-morocco-poised-to-attract-more-japanese-investments.html(参照2023年1月16日)
  9. [9] REUTERS(2021), “Japanese firms plan $103 million investment in Morocco car parts sector”, https://jp.reuters.com/article/morocco-industry-idCNL8N2JN3KX
    (参照2023年1月16日)
  10. [10] NIKKEI Asia(2022), “Sumitomo Electric to start auto parts production outside Ukraine”,
    https://asia.nikkei.com/Business/Automobiles/Sumitomo-Electric-to-start-auto-parts-production-outside-Ukraine(参照2023年1月16日)
  11. [11] モロッコ王国大使館(2022), “MOROCCO NOW 渋谷スクランブル交差点で広告展開”, https://morocco-emba.jp/ja/2022/morocco-now-%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9%E3%81%A7%E5%BA%83%E5%91%8A%E5%B1%95%E9%96%8B.html(参照2023年1月16日)
  12. [12] モロッコ投資輸出振興庁(2021), “THEY TRUST MOROCCO”, https://www.morocconow.com/outsourcing/(参照2023年1月16日)
  13. [13] Morocco Expo 2020 Dubai(2021), “Morocco Tech, a Digital Innovative Nation and Technology Producer (English)”, https://www.youtube.com/watch?v=5EPA1WUb1Z0&t=79s(参照2023年1月16日)
  14. [14] PFLOPS:フロップスは、コンピュータの計算能力を現す指標の1つ。1ペタフロップスは、毎秒1,000兆の浮動小数点演算が実行できる計算能力を意味する。
  15. [15] Uptime Institute, “Tire Certification List”, https://uptimeinstitute.com/tier-certification/tier-certification-list(参照2023年1月16日)
  16. [16] MOHAMMED Ⅵ POLYTECHNIC UNIVERSITY(2021),“UM6P launches the Data Center and Africa's most powerful SuperCalculator for scientific research and innovation”, https://um6p.ma/en/node/713(参照2023年1月16日)

途上国ビジネス支援担当

新興・途上国への事業展開に向けたビジネスコンサルティングを実施。日本企業が持つ技術や知見を世界につなぐコーディネーターとして、各国独自の慣習にあわせた戦略立案・現地体制構築等を伴走支援。

  • facebook
  • はてなブックマーク
QUNIE