2023.01.05

人事×メタバース

【後編】メタバース導入がタレントマネジメントに与える影響

岩佐 真人 

3次元仮想空間“メタバース”を利用したビジネスやコミュニケーションは、近年急速に市場への広がりを加速し、ネットワークにアクセスできる人であれば誰でも体験できるようになってきている。メタバース上でビジネス・コミュニケーションが確立すれば、リモートワークの加速につながり、同時翻訳・通訳の技術も重なれば、多国籍化する職場でのダイバーシティへの対応が進み、世界はより身近に感じることができる。となれば、グローバルにおけるダイバーシティを推進するESGの流れともリンクし、メタバースの活用がますます広がることは間違いない。
メタバース上で繰り広げられるビジネスやコミュニケーションの背後には、“人”の活動があることは明らかであり、“人”の活動である以上は、人事にもインパクトをもたらす。当然一部にはAIによるNPC(Non-Player Character)によるものも含まれるが。
本稿では、メタバース上でビジネスやコミュニケーションを行うことが人事に与える影響と事前検討事項を前編・後編にわたって考察していきたい。後編では、タレントマネジメントにフォーカスし、メタバース導入が与える影響を考察する。

タレントマネジメントにおける影響

採用 × メタバース

従来採用は、オフラインによる説明会や面接が一般的であった。候補者はオフラインの採用イベントに参加することで、実際の空気感や雰囲気を感じ取ることが容易だった。一方で、移動時間を要する、説明会参加へのハードルが高いなどの理由で参加に制限がかかり、企業がアプローチできる候補者の幅は狭まっていた。

採用領域にメタバースを活用することで、企業は海外も含めた多くの候補者にアプローチしやすくなるだろう。また、メタバースの活用方法によっては、候補者目線でも移動に時間をかけずに、会社の雰囲気を感じながら、説明会や面接に参加できるようになるメリットがある。

すでに、説明会や面接、またオンボーディング(新人研修)をメタバース上で包括的に実施している例もある。ただし、採用領域でのメタバースの活用が増加すると、候補者数は増えても内定承諾率は減少する、面接の負荷が増加するといった懸念もある。そのため、メタバースを活用するにあたっては、自社のブランディング強化施策や採用プロセスおよび採用基準の見直しも同時に検討することが必要だ。

配置 × メタバース

適材適所の実現は、「配置」の理想の1つであり、会社と社員の双方に恩恵をもたらす。しかし、国内のハイパフォーマーを海外キーポジションに抜擢しても国内同様のパフォーマンスを発揮できないことや、新卒社員配属や社員ローテーションのアンマッチが退職の引き金になることもしばしばみられる。これまで人事は経験やスキルに加え、面談やアセスメント結果等により適材適所の実現を目指してきた。

ここにメタバースが加わることで、下記の効果を得られる可能性がある。
(1)異動先のメンバーとのメタバース上での事前コミュニケーションによる円滑な業務引継ぎと早期チーミングの実現
(2) 採用後配属先業務の「体験型配置シミュレーション」による適性の見極めと早期立ち上がり

もちろんこれを実現するには、従来の採用・異動計画から発令までの一連の業務プロセスおよび決定基準等の見直しも必要であり、従来と比較して、人事・配置先部門・社員に掛かる配置に必要な工数は大きくなる。また、すべてのポジションに対して有効かというとそうとは言い切れない面もある。しかし今後は新たな配置先がメタバース上というケースも出てくるだろうし、営業や窓口業務、特殊技術が必要な配置先には有効であり、「配置」にメタバースを取り入れる意義は十分にあると考える。

育成 × メタバース

育成は、人材のパフォーマンスを向上させる直接的な手段だが、育成を行う人材・時間の不足に悩む企業は多い。こうした状況の中、メタバースを活用すると次の3点から学習の費用対効果を向上できると考えられる。

まずは、リモート環境での共同学習の活性化だ。コロナ禍で普及したビデオ会議に比べ、メタバース上では臨場感のあるコミュニケーションがとれることが明らかになっている。
次に多様な状況への没入の実現による学習の体験化・効率化がある。実際には再現できない状況(例:危険な状況)や、準備するコストが高い状況(例:高価な機器の操作、遠隔地訪問)の疑似体験が可能になることは画期的で、既にさまざまな業種で活用事例がある。
そして、行動データの活用による学びの個別化・改善も期待できる。メタバース上での社員の行動データと評価結果等のデータの関係を分析することで、各社員の特性を踏まえた指導方法の実現や、社内の研修プログラム全体の改善も実施可能だろう。

ただし、実地での学びが不可欠なテーマに対しては、メタバースを活用しても学習効果が不十分になる場合がある。例えば、飲食業でスタッフ一人ひとりが接客スキルを身に着けることはできても、複数のスタッフでのチームプレーは店舗内で起こる事象を認知し、実際に行動してこそ成り立つものであり、実地訓練のほうが効果的と言える。導入を検討する際には、その学習のテーマ・目的がメタバース活用に即しているか見極める必要がある。

評価 × メタバース

従来の人事評価、特に被評価者の能力・行動を評価する場合、「評価者によるバイアス」をいかに排除するかが重要な課題であった。
評価者向けのマニュアルには、「中心化傾向」「寛大化傾向」等の評価者が陥りがちなバイアスとその対処法が必ずといっていいほど記載されている。また、バイアスを排除した公平な評価をするための「評価者研修」という研修も存在するほどだ。

メタバースを用いると、仮想オフィス上で人々は勤務することができる。このとき、勤怠時間や業務中の実施事項などの被評価者の業務に関するデータを細かく収集することができる。これによって、評価に必要な情報をファクトベースで収集することができる。
また、実際の評価業務もメタバース上で実施することができる。判断の基準を予めプログラムしておくことで、客観的・機械的な評価が可能になるのだ。実際に米国の小売大手のウォルマート社では、中堅クラスの管理職1万人以上に対しメタバース上でのケーススタディ評価を実施している。同社によれば、評価におけるバイアスを取り除き、優秀なマネージャーを選出することが狙いだという。

このように、人事評価にメタバースを活用することは、評価者によるバイアスを取り除くことにつながる。人事としては社員に対して評価結果の説明責任を果たしやすくなるし、社員としても納得感のある評価を受けられる。また経営的な観点では、評価者の恣意的な判断で人材が評価されることがなくなり、真に優秀な社員を選抜・登用することが容易になろう。
一方、評価にメタバースを用いる社員とそうでない社員がいる場合、両者の公平感が損なわれる恐れがある。そのため人事には、真にメタバースを用いるべき評価を選定し、社員に対して丁寧な説明をすることが求められるであろう。

おわりに

これまで人事制度・人事施策は、法制度等の事業環境や事業戦略によって方向性が定められてきた。これからはメタバースのように新たな技術・プラットフォームの登場が人事の領域にも変革を促すドライブとなり、有効な措置を的確に講じる必要性は高まってくる。
慌てる必要はなく、逆に拙速な技術利用が思わぬところで人事上の問題になる可能性もある。社員・ビジネス・文化に与える影響を十分に仮説検証しながら取り込んでいく必要があるだろう。

岩佐 真人

人材マネジメント担当

マネージングディレクター

共著:百瀬 俊一郎、萩野 亮、原口 夏美、野口 直道、小林 紗代子、富岡 俊行、内河 浩希、伊藤 寛将
※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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