2021.12.02
企業の経営再建時に求められる雇用調整の基本を理解するために
雇用調整の位置付け、および各施策の特徴とは
藤井 良章
ここ最近、「雇用調整」という言葉をよく見聞きするようになった。
雇用調整については後述するが、一言で言うと、外部環境や自社の経営状況の変化に合わせ、①人員数の調整や②一人当たりの人件費の調整をすることを意味する。
雇用調整の施策の1つである希望・早期退職の募集が近年増加しており、実施に至る背景も多様化している中で、筆者の肌感覚ではあるが、実際に「雇用調整」という言葉がニュース・新聞などで取り上げられる機会が増えているように思う。そうした状況から、各企業の経営陣・人事部門の中でも雇用調整への関心が高まっているのではないだろうか。
一方、多くの企業にとって雇用調整は平時の施策ではないがゆえに、また、雇用調整に関する知見やノウハウがそれほど多くは公開されていないがゆえに、雇用調整が必要な場面であるものの、経営陣・人事部門の中で「いつ」、「何を」、「どのように」実施すればよいのかが分からず、二の足を踏んでしまう場合が少なくないのではないだろうか。
そこで本稿では、「企業の経営再建時に求められる雇用調整の基本を理解する」ことをテーマに、雇用調整を巡る近年の状況に始まり、雇用調整の位置付け、各施策の特徴、各施策の選択方法と実施順序について、筆者のこれまでの経験をもとに紹介したい。
はじめに ~雇用調整を巡る近年の状況~
「雇用調整とは何か?」、「雇用調整にはどのような施策があるのか?」という話の前に、まずは雇用調整を巡る近年の状況として、希望・早期退職に焦点を当て、主な上場企業でのその募集状況を確認したい。
直近約10年間の東京商工リサーチの調査(図1)[1]によると、リーマンショック後(2009年)や東日本大震災後(2012年)に、景気後退や自然災害などに伴う企業の業績悪化に起因すると考えられる希望・早期退職の社数・人数の増加が見られた。
図1:主な上場企業の希望・早期退職の募集状況(社数・人数)
2013年以降は、アベノミクスによる好況などに伴い、希望・早期退職の募集は社数・人数ともに数年間低い値で推移した。その後2017、2018年頃から上場企業を中心に、業績悪化だけを原因とせず、業績は良いにも関わらず人員構成の偏り/歪みの是正を企図して行われる希望・早期退職(いわゆる黒字リストラ)や、事業構造の転換に伴う希望・早期退職が見られるようになってきた。
さらに、2020年以降には、新型コロナウイルス感染症の流行に伴う企業の業績悪化が目立つようになり、希望・早期退職の募集はさらに増加している。
最近では、希望・早期退職を恒常施策化する企業や、その対象年齢を30歳以上とするなど、従来よりも低年齢化する企業も一部で見られるようになってきている。また、日本を代表する企業の著名な経営者による、「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」、「45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ」などの発言も話題となっている。日本の場合、労働関連法規により解雇が厳しく制限されているが、そうした中でも「“終身雇用の終わり”の始まりが近付いているのではないか?」といった議論が一部で起こっている。前述の主な上場企業の希望・早期退職の募集の社数・人数も、増加こそあれ、再び大幅な減少に転じる可能性は低いのではないかと筆者は見ている。
以上、簡単ではあるが、希望・早期退職の募集状況から、雇用調整を巡る近年の状況を解説した。
雇用調整の位置付け
図2にて、企業の経営再建の一般的な流れとその中での雇用調整を含む「人事領域の変革」の位置付けを示した。
図2:企業の経営再建の流れ
さまざまな要因で外部環境や自社の経営状況に変化が生じ、このままでは事業継続が立ち行かなくなりそうな場合、まず、Step1として「経営戦略(経営目標/経営計画)の再構築」が必要になってくる。
その後、Step2として、個々の領域における各種施策を立案し、実行していくことになる。その際、自社が置かれている状況や経営戦略などに応じ、図2に挙げた①~④までの各領域の施策を取捨選択したり、時には同時並行で一気に実行したりする。④までの施策の実行にある程度の目途が立った段階になって初めて、「⑤人事領域の変革」で何をどの程度実施すべきかが見えてくる。
ここで強調したい点は、雇用調整を含む「⑤人事領域の変革」は、企業の経営再建を目指した一連の取り組みの中で最後の手段に位置付けられるということだ。一見当たり前のことと思われるかもしれないが、さまざまな企業の経営陣や人事部門と話をする中で、必ずしもこの点を押さえられていない場合が見受けられるため、留意されたい。
極端な例だが、「この先数年間にわたり、売上が現状より10%程度低くなる(見込みの)年が続きそうだ」という場合に、「それなら、売上の低下に合わせて社員数を10%削減しなくては」といった具合に、人事領域の変革のみを単独、また、場当たり的に考えるべきではない。
拙速に雇用調整を進めることで、質(社内の士気低下、労使間トラブルなど)・量(想定以上の人員の流出など)の両面において好ましくない状況を招き、結果として、経営目標の達成が遠のいてしまうという本末転倒の事態になりかねないと筆者は考える。
また、余談ではあるが、自社で雇用調整を検討する状況にある際、図2の流れで検討がなされているか、経営陣・人事部門の各々の立場から確認したい。図2の流れに沿って、各領域でやるべき施策をやった上での雇用調整かどうかをしっかり検証することが、社内外に対して、「外部環境や自社は最悪な状況で、やるべき施策は全てやった。それでも経営再建の実現には不十分なため、雇用調整を実施せざるを得ないのである。」といった形で、雇用調整実施にあたっての大義名分や明確な理由付けとなる。
雇用調整の各施策の特徴
前述の通り、雇用調整とは、外部環境や自社の経営状況の変化に合わせ、以下2つを実施することを意味する。
①人員数の調整
②一人当たりの人件費の調整
図3のように、①と②の両方(①and②)、または①か②のいずれか(①or②)の実施により、人件費総額を適正化すると同時に、経営目標/経営計画の達成に必要十分な質・量の人員体制を再構築することが雇用調整のゴールとなる。
図3:雇用調整とは
さらに、①と②のそれぞれを分けて考えると、図4のように、①人員数の調整の場合は、「採用人数の削減による人員数の調整」、「退職などによる人員数の調整」の2パターン、②一人当たりの人件費の調整の場合は、「労働時間の短縮による人件費の調整」、「賃金の変更による人件費の調整」の2パターンに分かれ、パターン別にさまざまな種類の施策が存在する。
図4:雇用調整のパターンと施策の種類
図5にてパターン別の雇用調整施策の以下の項目につき、筆者の目線で3段階にて評価した。
- 人件費総額を減少させる効果
- 効果が出るまでの所要期間
- 実施の難易度
図5:雇用調整のパターン別の評価
①人員数の調整
「採用人数の削減による人員数の調整」は、既存の社員にマイナスの影響がないため、実施しやすく、難易度は低いといえる。しかし、やり方によっては、将来の人員構成が歪になり得る点に留意が必要だ。
一方、「退職などによる人員数の調整」は、“短期間”かつ“抜本的”な対策となり、効果は大きいものの、社内だけでなく、社外(取引先、将来の採用候補者など)に対してもネガティブな影響が大きい場合がある。
②一人当たりの人件費の調整
「労働時間短縮による人件費の調整」の中で、「残業時間の抑制」については、通常の指揮命令範囲内で実施が可能なため、短期間で効果を出すことができるだろう。他方、「休日・休暇の増加」や「一時帰休」は、社員への丁寧な説明が必要となる。
「賃金変更による人件費の調整」は、中長期的な施策となり、人事制度改定の一環で実施することがある。順序としては、役員・管理職、一般社員の順に実施すると受け入れられやすくなる。特に、「賞与の減額/支給停止」については、自社の賞与が何年もの間、慣例的に固定的に支払われているか、それとも各年の業績に応じて大きく変動させてきたかによって、減額/支給停止に対する難易度が大きく変わる。前者に該当する企業が賞与を減額/支給停止する際には、社員から反感を買ったり、不満を抱かせたりすることになる恐れがあるため、減額/停止時のコミュニケーションに留意したい。
以上である。雇用調整の検討を開始する前に、各施策の特徴をしっかりと押さえたい。
雇用調整の各施策の選択方法と実施の順序
パターン別の雇用調整施策の種類や特徴について解説したが、ここでは各施策の選択方法と実施の順序について解説したい。
まず、施策の選択方法については、求める効果(人件費総額を減少させる効果)の度合い、緊急度(効果が出るまでの所要期間)、実施の難易度などの要素を考慮することになるが、特に、自社にとって①人員数の調整、②一人当たりの人件費の調整のどちらが必要に迫られているか(あるいは、①②ともに同程度か)の見極めが重要となる。現在の人員数・人件費の算出と併せて、自社なりのやり方で適正な人員数・人件費を算出されたい。
選択した施策の実施順序については、自社の状況などによっても変わってくるが、一般的には、効果は小さいが手を付けやすいパターンの施策から実施する場合が多い。すなわち、実施の難易度が「易」のパターンの施策から実施し、得られた効果などを踏まえ、実施の難易度が「中」~「難」のパターンの施策に移行するといった具合だ。
具体的には、第1段階として、「休日・休暇の増加」、「残業時間の抑制」、「一時帰休」などの「労働時間の短縮による人件費の調整」と、「採用人数の縮小」や「採用の中止」を含む「採用人数の削減による人員数の調整」を進める。
人件費総額減少の効果が不十分な場合には、第2段階として、「賞与の減額/支給停止」や「昇給の抑制」などの「賃金の変更による人件費の調整」を実施する。基本給や手当については、中長期的な時間軸を視野に入れ、人事制度の改定も検討する。
第2段階まででなお不十分な場合には、第3段階として、「出向・転籍の促進」や「希望退職」、「退職勧奨」などの「退職などによる人員数の調整」に踏み込み、大幅な人件費の削減と自社の人員構成の転換を図る。なお、「整理解雇」は、第3段階の中でも最後の一手となる。ここでは詳細を割愛するが、「整理解雇」は、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当であること(解雇権濫用法理)などの厳格な法的要件のもと、実施の有効性が認められる場合がある。
また、雇用調整と並行して、過去記事「70歳までの就業機会確保と人材戦略 ~変革促進と長期雇用を同時に求められる時代に、人事が取るべき施策とは~」で述べているように、中長期的な観点から「代謝施策」を検討してもよいかもしれない。
以上、雇用調整の各施策の選択方法と実施の順序について解説した。繰り返しの言及になるが、雇用調整そのものや各施策を単独、また、場当たり的に考えるべきではない。「経営目標/経営計画の達成に必要十分な質・量の人員体制を再構築する」というゴールに一直線に向かうよう、雇用調整の各施策を戦略的に選択・実施することが非常に重要である。
おわりに
本稿では、多くの企業にとって関心や必要性が高まっていると思われる雇用調整をテーマに、雇用調整を巡る近年の状況に始まり、雇用調整の位置付け、各施策の特徴、各施策の選択方法と実施順序について、解説した。
雇用調整は、企業の経営再建や変革に必要な各種取り組みの中でも「人」を対象とする分、ネガティブなイメージがつきまとい、平時においては目を背けがちな取り組みの一つである。また、前述の通り、雇用調整に関する知見やノウハウがそれほど多く公開されていないこともあり、何から着手すればよいか分からず、本来実施すべきタイミングで実施できない、という状況が往々にしてあるように思う。
いざ必要になるその時に備え、有識者とのディスカッションや社外のセミナー/勉強会への参加などを通じて、まずは雇用調整に関する知識の習得や整理から行ってはいかがだろうか。
本稿が、読者の雇用調整に関する知識の習得や整理における最初のステップとなれば幸いである。
- [1] 東京商工リサーチ(2021), “ 早期・希望退職、1000人以上の募集が5社 実施規模の“二極化”進む 2021年1-10月上場企業「早期・希望退職」実施状況”, https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20211112_02.html,(参照2021年11月12日)